「我らただただ道を行く」第一話

※世界観、アイテムなどの雰囲気はオーソドックスなファンタジーをベースとする。
ナレーション「アインツ領辺境――」
少し雲が残る青空に、両脇に生い茂っている草。のどかな街道を歩く、オーガ族の青年ライデン。身長は2メートル近い巨躯であり、全盛時の千代の富士のような適度な太さと筋骨隆々とした身体を持っている。顔つきは精悍であるが、どことなく緩みがあり、大物らしさを感じさせる。
上半身は裸で、大きな浴衣を両肩に引っ掛けている。下は、柔道や空手着の下履きのようなゆったりとしたズボンを履いており、足は裸足である。髪の毛は肩まで伸びている、ざんばら髪。額には、元より生えていた角を折った痕が残っている。
歩くライデンに並走するように、ゆっくりと走っている幌馬車。一頭の痩せた馬により引っ張られている。
ライデンは空を仰ぎつつ、体を伸ばす。

タイトル「我らただただ道を行く」

ライデンは歩みを止めぬまま、幌馬車の御者であるヴィルマに話しかける。ヴィルマはレンズの厚い眼鏡をかけ、ブレザーの制服に似た衣装を着ている。髪の毛も編み込んだ上で垂らしており、インドア派の学生や図書委員のように見える。尖っている耳が、エルフであることを示唆している。
ライデン「こんだけ晴れてるとよお、つい居眠りしたくなるよな」
ヴィルマ「そこの茂みで寝ていきますか? もう時間ギリギリなんで、あまりおすすめはできませんけど」
ライデン「あんな藪蚊がここからでも見えるとこで寝れるかよ。寝るなら、幌が日陰になって、寝てる内に勝手に進んでくれるような場所。幌馬車の荷台なんかがいい」
ヴィルマ「ああ、無理です。満車なんで」
そっけなく断るヴィルマ。幌馬車の中は、巻物や本が隙間なくみっちり詰まっている。
ライデン「(幌馬車の中を覗き込んで)俺が本が布団でも文句ないぞ」
ヴィルマ「わたしは文句しかないです。それにだいたい、あなたを乗せたら馬がダメになります。重量過多です」
ライデン「(馬に話しかける)そんなことないよなー?」
馬は目を細くし、嫌そうにいななく。
ヴィルマ「それにもう着きますよ」
幌馬車の行く先、街道の先に目をやるライデン。
街道の先には、入り口以外を土塁で固めた物々しい雰囲気の村があった。入り口では、槍を手にした二人の村人が門番をしている。
村の入口にたどり着くライデンと幌馬車。ずいっと前に出たライデンに、村人の槍が突きつけられる。村人の腰はへっぴり腰であり、明らかに槍の扱いに慣れていない。
村人「誰だ! 今この村は大変なんだ。よそもんの立入は禁止だ!」
ライデンは顎に手をやり、少しだけ悩んだような仕草を見せた後、大声で叫ぶ。
ライデン「俺の名はライデン! この馬車の女はヴィルマ! ギルドからやって来た、オーガ族とエルフだ!」

                  ◇

舞台は上述の村近くの森林。
ツギハギの毛皮を身にまとった大きく凶暴そうなオークが、真っ二つになるシーンから始まる。豚の顔と肥満体の体を持つのがオークである。
振り終えた両手持ちの長柄の斧に手をかけたまま、息を吐くオーガ族の戦士ラヌイ。ライデンと同族ではあり立派な体格であるものの、ライデンよりは小さい。角にフォーカスする。
自信に満ち溢れた傲岸不遜な顔をしており、額には一本の太く鋭い角が生えている。重装備であり、頭部以外を金属の鎧で固めている。
大きなオークが倒されたのを見て、周りに居た雑魚オークが一斉に逃げ出す。
戦士「あのデカいリーダー個体を一撃で! さすが、オーガ族のラヌイさん!」
散らばって雑魚オークと戦っていた革鎧の男の戦士と眼鏡をかけた女の魔術師と修道服を着た女の僧侶が、ラヌイの元に駆け寄ってくる。三人とも、種族は一般的な人間である。
ラヌイ「(得意げな顔で)俺様にかかりゃあ、こんなもんよ。村を襲うオークの退治なんぞ、軽い軽い」
魔術師「一度起きれば、山を砕いて寝床とし、川をせき止め喉を潤し、魔物を屠り食事とする。噂通りですね」
身長ほどもある斧を容易く肩に乗せるラヌイに、ナレーションが被さる。
ナレーション「オーガ族 凶暴な魔獣が住む極寒の地で鍛え上げられた恵まれた体躯は、雄々しく生えた角と共に敬意と畏怖の対象となっている」
ラヌイ「褒め言葉と受け取っておくぜ。高い金で雇われてんだ。相応の働きをしねえとな!(ガハハと笑う)」
ラヌイは仲間たちに背を向け、大股で歩きはじめる
戦士「ええもう、それはそれは」
へりくだった様子を見せつつ、ラヌイについていく戦士。女魔術師は眼鏡をいじり不承不承、女僧侶は愛想笑いを浮かべていると、ついて行きつつもどことなくラヌイへの不服と距離感を感じさせる。
森を抜ける一行。
ラヌイ「(振り向かぬまま話す)これで村の周りをうろつくオークはだいたい片付いただろ」
戦士「そうですね。残るは、ボス格のオークぐらいです。そいつを倒せば村からのオーク退治の依頼は完了です」
ラヌイ「頭をやられりゃ、雑魚は逃げてくからな!」
僧侶「ですが、問題はそのボスオークです。なんでも、今までのセオリーが通じない個体だとか」
一際大きいボスオークのカットを差し込む。ボスオークはボロい柔道着を着ているが、読者にはシルエットで隠されよく見えない。
ラヌイ「そのために、俺を雇ったんだろ? だが」
ラヌイは突如、肩に乗せていた斧を頭上で回す。背後に居た戦士たちが反応するより先に、斧の刃と長柄が彼らの頭上を通過した。
ラヌイ「常識外は俺様も同じよ。村の自警団や、前に依頼を受けた連中が全滅したからって、そうビビるな」
僧侶「(引きつった笑みで)は、はい……」
村の入口にたどり着いたところで、ラヌイが鼻をひくつかせる。
ラヌイ「なんだあ? いい匂いがすんなあ?」

                  ◇

村に入るラヌイたち一行。村のあちこちで、お椀を手にしている村人たち。全員、上機嫌な様子でお椀の中のスープをすすっている。
スープのイメージはちゃんこ鍋。
戦士「祭り……か?」
魔術師「そんなことは聞いてませんが」
僧侶「(腹を鳴らす)おいしそうですねえ」
ラヌイは、無言のままズカズカと近くでスープを楽しんでいた村人の元へ行く。その村人は先程ライデンに槍を突きつけた門番だが、その顔からは険が取れている。
ラヌイ「そいつはなんだ?」
村人「(震えながら答える)す、スープです。おいしいです」
ラヌイ「何処で売ってんだ」
村人は、ラヌイの方を見たまま、震えた指で真横を指差す。
そちらの方に顔を向けるラヌイ。視線の先の広場では、火の付いた薪の上に大鍋がぶら下がっており、大鍋の前にはライデンがいた。

しゃがんだまま、大鍋をかき混ぜているライデン。その後ろ、少し離れたところでは、ヴィルマが黙々と本を読んでいる。
ライデン「さあさあ、食ってけ食ってけ!」
ライデンはぶつ切りの具材が目立つスープを次々とお椀によそい、近くにいた村人たちに渡していく。 
ライデン「おかわりもあるぞ! ハッハッハ!」
そんなライデンの元に、杖を突きつつやってくる老人こと村長。片手には空のお椀を持っている。
ライデン「(老人を見て)お! 村長! おかわりか?」
村長「いえいえ。もうお腹いっぱいです。どうしてもお礼を言いたくて。ありがとうございます」
ライデン「なんだい? そんなに俺の鍋が美味かったってか」
村長「それもそうですが……あなたの料理のおかげで、皆、笑顔となりました。ここ最近、どうしても荒んでおりましたので」
振り返る村長。村長の言う通り、村人たちは皆笑顔で食事を楽しんでいる。
ライデン「腹いっぱい美味いもんを食えば、大抵の悩みは忘れられるもんよ」
村長「少し予定は狂いましたが、調理師ギルドに料理人の派遣を頼んだかいがありましたわい。いやもう、変な格好のオーガ族が来た時は、詐欺かと思ってしまいました」
ライデン「そんな犯行目的がわからん詐欺あるかよ。しかし、予定ねえ。そういや俺は、オーク退治完了の祝いの宴のために呼ばれたんだったな。まだ片付いてないって?」
村長「はい。当初の聞いていた予定だと数日前には完了しているはずだったのですが。そう言えば、パーティーにはあなたと同じオーガ族の方が」
村長のセリフを遮るように、ラヌイがあらわれる。押しのけられる村長。ラヌイを見たライデンは、その場で立ち上がる。
ライデン「おお、村以外で同胞と会うのは珍しいな」
立ち上がったライデンは、ラヌイより大きい。
ラヌイの背後に居る戦士が小さな声で呟く。
戦士「ラヌイさんよりでかい」
僧侶「(口の前に人差し指を立て)シッ!」
見下される形となったラヌイだが、ここでライデンの角が折れているのに気がつく。
ラヌイ「お前、角折れか?」
そう言われ、苦笑するライデン。戦士たちや村長、周りの人々が「角折れ」とは何かと騒ぎ始める。
角が折れている、または折れた瞬間の不特定多数のオーガたちを描いたコマにナレーションが被さる。
ナレーション「角折れ オーガ族の強さの象徴である角。その角が折れてしまった者は、戦士の資格無き者として扱われ、多くは一族の恥として村より追放されてしまう」
ナレーションが終わり、村人たちに何事かを説明しているヴィルマのシーンに移り変わる。
ヴィルマ「そういうわけで、角が折れているオーガ族は、たいていやってしまった人間か、世間に馴染めないろくでなしなのです」
ライデン「今の容赦ない説明、お前かよ!?」
ヴィルマにツッコむライデン。
ラヌイは眉を歪め、不快そうな顔をしている。
ライデンは手にしていたお椀を、ラヌイに向けて差し出す。
ライデン「まあなんだ。お前たちがゴブリン退治をやってるパーティーなんだろ? 遠慮せずに食ってけ食ってけ」
じっとお椀を見るラヌイ。そのままラヌイは、お椀をはねのける。
とばされたお椀が地面に転がり、中に入っている魚や肉のぶつ切りが溢れる。
ラヌイ「あいにく、角折れなんかのメシを食う気はねえんだよ」
ギロリと睨みつけ、ラヌイはライデンに背を向ける。
にぎやかな村の雰囲気に、水がかけられる。立ち去ったラヌイと村人たちの間であたふたとした様子を見せる戦士と僧侶。そんな中、魔術師だけは興奮した様子でヴィルマに話しかける。
魔術師「その制服と、常日頃、本を手放さない態度。もしかして……」
ラヌイ「行くぞテメエら! 明日にはオークをぶっ倒して、ケリをつける!」
ラヌイの怒声を聞き、慌てた様子で後についていく戦士たち。魔術師もヴィルマに一礼した後、遅れてついていく。
なんとなく、お開きの空気になっていく状況。村人が所在なさげに散らばっていく中、ライデンは地面に転がったお椀を拾う。
ヴィルマ「どうですか?」
ライデン「あの三人は微妙だが、あのラヌイとか言うのは相当だな。オーガの村にいたとしてもまず上澄み。オーガの中のオーガ。だが……」
何か考える様子を見せるライデン。
ライデン「いや。やめておこう。とにかく、並のモンスターじゃ相手にならないやつってことだ」
ライデンはお椀を手にしたまま、大鍋の中を覗き込む。中にはまだ、具もスープも残っている。まだまだ、十人前以上はありそう。
ライデンはお椀を置くと、両手で大鍋を軽く持ち上げ、そのままごくごくと中身を直に飲み干す。呆けたように、唖然とした様子で、ライデンを見る村人たち。空っぽになった大鍋を戻し、ライデンは腕で口をぬぐう。
ライデンの豪快な食いっぷりを見てた村人たちの中から出てくる拍手。拍手は声援となり、冷え切った村の空気が再び暖かくなる。
ライデン「(少し得意げな様子で)規格外の相手がいなけりゃ、明日には普通に片付くさ」
ヴィルマ「(僅かに眉をひそめ)わたし、まだその鍋、一口も食べてないんですけど」

                  ◇

 翌日の朝。宿の二階の一室。本の山に埋もれて寝ていたヴィルマが目を覚ます。
 まぶたをこすりつつ、手近な本を持ったまま部屋を出るヴィルマ。階段の下にある厨房からは、ドン! ガン! ズサッ!といった調理にしては派手な音が聞こえてくる。ヴィルマは階段を降り、厨房を覗く。
ヴィルマ「おはよう」
ライデン「もう昼だぜ?」
大きな包丁で、巨大な魚を骨ごと斬っているライデン。周りには乱切りにされた野菜や肉の山がある。ライデンは手を止めず、背を向けたままやって来たヴィルマと話す。
ライデン「いい本とは出会えたか?」
ヴィルマ「本との出会いに、貴賤はありません。初めて出会う本は、常にいい本なのです。この村にも、何冊かありました」
むふーと嬉しそうな息を吐き、ヴィルマは手にした本に頬ずりする。
ライデン「そりゃあよかった。幸せそうで何よりだ」
ライデンはぶつ切りになった魚を包丁の背で脇にどけると、小さな包丁に持ち替え、芋の皮を向き始める。手元から、薄く細い皮がしゅるしゅると伸びていく。
ヴィルマは、近くにおいてある四つの弁当箱の存在に気づく。弁当箱を開けると、中にはおにぎりとおかずがみっちり詰まっていた。
ヴィルマ「(弁当箱を見たまま)これはわたしのご飯ですか?」
ライデン「ちげえよ。お前、四つ全部一人で食う気かよ」
ヴィルマ「昨日、お鍋をいただけなかった身としては、それぐらいのわがままは許されると思ってました」
ライデン「悪かったよ。善処するよ。その四つ、ゴブリン退治に出かけた御一行に渡そうと思ってた弁当だ」
ヴィルマ「ああ。持ってってもらえなかったんですね」
弁当を手にしているライデン、背を向けたまま行ってしまうラヌイ一行の回想カットを挟む。
ライデン「早朝には出てったから、今頃は決戦の真っ最中じゃないか? ボスのオークがいる場所には、当たりをつけていたようだし。本当に優秀なヤツだよ」
ライデンは芋の皮を向きつつ、四つの弁当箱に意味ありげな視線を向ける。

                  ◇

岩壁にある洞窟の前。ラヌイの振るう斧が、周りのオークをまとめてなぎ倒す。辺りにはオークの死骸が散らばっており、激戦があったことを感じさせる。
荒い息で手にした杖にしなだれかかっている魔術師。片膝を着き、脇腹を押さえている戦士に、そんな戦士に回復魔法をかけている僧侶。ラヌイと比べ、実力不足であるのがわかる三人。
ラヌイは洞窟を睨みつけたまま、僧侶に命令する。
ラヌイ「そんなんいいから、俺様に回復魔法をかけろ。早く!」
そ、そんなという顔をする戦士。僧侶が反論する。
僧侶「ラヌイさん、ほとんど怪我をしてないのでは? だったら、こっちを優先しないと……」
ラヌイ「確かに怪我なんて、ほとんど負ってねえよ。でもな」
洞窟の奥から聞こえる重い足音が辺りを揺らす。
ラヌイ「まともに戦えそうなのが俺様だけなんだから、俺様以外に構ってるヒマねえだろ」
ブモーー!という嘶きを上げ、重々しくあらわれるボスオーク。
ボスオークの背丈はラヌイと同じくらいだが、横幅は遥かに大きい。ボスオークはところどころに穴の空いた、ボロい柔道着を着ており無手。豚耳は擦り切れた上で膨らんでいる状態、いわゆる柔道耳になっている。巻いている帯は、白(色無し)の帯。
戦士「オーク……にしても大きい!」
僧侶「大きさもそうですが、あんな変な耳も始めて見ます」(耳を大きく描写する
魔術師「それに、あの格好はいったい」(柔道着に注目した描写をする
ラヌイ「分析してる場合か! デカかろうが変だろうが、ぶっ殺す意外ねえだろ!」
ラヌイは悠長な三人を一喝しつつ、ダッシュ。ボスオークめがけ上段から斧を振るう。
まるでバリアにでも当たったかのように弾かれる斧。
ラヌイ「なっ……!?」
唖然とするラヌイの懐に潜り込むボスオーク。ボスオークは柔道の大外刈りでラヌイを倒す。地面に激しく打ち付けられたラヌイは、そのまま大の字となる。
フン!と鼻息を荒らげた後侮辱するような笑みを浮かべ、ボスオークは残りの三人の元に歩を進める。ラヌイは倒れたまま動かない。
僧侶「うそ、あれで終わり?」
魔術師「何が起こった……?」
ボスオークを見て、おののく三人。
戦士「(今までのこびた顔を捨てて)テメエ、動けよ! いったい、いくら払ったと思ってるんだよ!」
戦士に怒鳴られても、ラヌイは動かない。
そんな戦士の頭を何者かが後ろから小突く。
???(ライデン)「弁当持ってきてやったぞ」
戦士の元に弁当を置いた上で、その脇を通過するライデン。戦士を小突いたのは、弁当箱を持ったライデンであることがここでわかる。浴衣を羽織ったままではあるが、影になっていて特に下半身はよく見えない。
ライデン「たとえ人類最強でも魔王でも、受け身も取らず地面に頭をぶつけりゃ動けんだろ」
ボスオークの前に立ちはだかったライデンは、顎を鳴らしつつ、その品定めをする。
ライデン「その道着に、今の技。お前、”道の一端”に触れたな」
ライデンを見て、激昂するボスオーク。ボスオークはライデンが羽織っている浴衣めがけ掴みかかるが、帯も締めていない浴衣はふわふわとして上手く掴めない。
ライデン「こんなん掴んで投げられるか!」
ライデンが繰り出したビンタにより、ボスオークはライデンの浴衣を掴んだまま地面に倒れる。するりと脱げるライデンの浴衣。
ここで、ライデンの姿があらわになる。ライデンは下履きを履いておらず、代わりに黒色(塗りつぶし)のまわしを巻いている。
ライデン「技ぁ齧って、偉そうなツラしてるお前に教えてやる。図太い道、相撲道のど真ん中を歩いている力士の強さをなあ!」

まわしを巻いたライデンを見て、困惑する戦士たち。
戦士「なんだよアイツ、あの格好はなんなんだよ……」
???(ヴィルマ)「ああアレは、あの人の戦闘服ですね」
バッ!と振り返る三人。三人の背後には、石を椅子代わりにして腰掛ける、ヴィルマがいた。膝においた本を読みつつ、片手でおにぎりを食べている。その脇には、豪華な三段重が置いてある。
本から目を離さぬまま、ヴィルマは会話を続ける。
ヴィルマ「これはあげませんよ。これは、わび代わりの特製弁当です。長い付き合いのわたしでもなかなか作ってもらえない特製です」
僧侶「それはどうでもよくて。知りたいのは、あのオークと料理人さんの……道? とか相撲? とかなんとか」
ヴィルマ「知りたいですか? もっともコレは、大図書館の恥のようなものなので、あまり語りたくないのですが。まあ、わたしの恥ではないのでいいですけど」
魔術師「(ハッ!とした顔で)大図書館! やはり貴女は、大図書館の人間だったのか!」
ヴィルマ「魔術を使うなら、大図書館もご存知ですよね。この世界の情報や歴史を片っ端から記録している大図書館。彼の言う道とは、そんな大図書館から散逸した旧時代にあったものです。柔道、空手道、剣道、弓道、道を称するいろいろなものが盗まれました」
ヴィルマの発言に合わせ、背景に天にも届く大木をくり抜かれて作られた大図書館の図と、弓道家や空手家のシルエットが映る。
魔術師「旧時代……魔王の生誕よりも、神の時代よりも、旧き時代……そんな時代の遺物が、あの人の言う道や相撲道の正体と言うことですか」
ヴィルマ「道は、そうやって一言で言えるものではないです。でも、無理に型に当てはめるとしたら、技術系統を評するもの。たとえばあのオークが使っているのは、おそらく柔の道というやつですね」

勢いよく起き上がったボスオークは、そのままライデンに組み付き、無理に体重をかけてのSTO風の大外刈りをしかけようとする。
しかし、ライデンは全く微動だにしない。
ライデン「悪いが、倒れたら終わりの道を歩いてるんでね」
ボスオークを引き剥がしたライデンは、再びビンタをしようと手を振り上げる。
振り下ろされたライデンの手を、ボスオークは空手の回し受けで弾いた。

ライデンのビンタをさばいたボスオークの動きに反応して、ヴィルマは読んでいた本を閉じる。
ヴィルマ「どうやら、あのモンスターは欲張りさんなようですね」

ボスオークは、手刀や前蹴りといった空手の打撃をライデンに叩き込む。
すべての打撃をノーガードで受け止めるライデン。徐々に腰が沈んでいくが倒れない。その体勢は、腰の入った力士の姿勢である。
ライデンが弱ったと思ったボスオークは、ライデンの顔面めがけ右の正拳突きを放つ。
ライデン「この……身の程知らずがあ!」
全然平気な様子のライデン。怒りの突っ張りをボスオークの正拳にぶち当てる。ボスオークの拳が砕け、右腕も折れ曲がる。ライデンは悲鳴を上げるボスオークの帯を両手で取ると、さば折りの容量で引き寄せる。ボキボキと、ボスオークの腰骨が折れる音がする。
ライデンはボスオークを相撲版大外刈りとも言われる二丁投げでぶん投げる。払い腰にも似た豪快な投げ技で投げられたボスオークは、そのまま地面に突き刺さり、動かなくなった。
ライデン「ったく。投げより先に、受け身覚えろってんだ」
ライデンは天に片足を伸ばし、地面が揺れるような四股を踏む。
薄っすらと目を開け、ライデンの四股を見ているラヌイのカットで場面を終える。

                  ◇


 時刻は夜。オークたちが退治されたことを知り、村で開かれている宴。にぎやかな歓声をベッドで聞くラヌイ。寝ているのではなく、上半身だけは起こしている。鎧を脱いでおり、鍛えられた上半身が露出している。
ノックをせず、ラヌイのいる部屋に入ってくるライデン。浴衣も下履きもちゃんと着ている。ライデンの手には料理の乗ったおぼんがある。
ライデン「(おっと驚いた顔)悪い。寝てると思ってた」
ライデンはおぼんをベッド脇のナイトテーブルに置く。ナイトテーブルの近くには、大きな椅子がある。
ライデン「あの三人は、もう帰ったぞ。お前との契約は終わったってな。冷てえ話だよ」
ラヌイ「フン。アンタもオーガ族ならわかるだろうよ。オーガ族の根幹は強さ。その強さで役に立たなかった以上、俺様に価値なんてねえのさ」
うらぶれた様子のラヌイ。ライデンはどっかりと椅子に座り、ラヌイに視線を合わせる。
ライデン「いい加減、虚勢を張るな。乱暴で傲慢なオーガ族なんて、今どき流行らねえぞ」
ラヌイ「角折れにオーガ族のなんたるかなんて聞きたくねえわ」
ライデン「俺には角はねえが、間違いなくオーガ族の村で、オーガ族の両親から生まれてる」
ライデン「お前はおそらく、違うだろ」
ライデンにこう言われ、ラヌイは思わず目を伏せる。
ラヌイ「……いつ気がついた」
ライデン「鎧を着込んだオーガ族なんて、聞いたことがねえ。オーガ族にとって肉体は誉れだ。すべてを隠してしまうのは、誉れへの侮辱だ」
ライデン「それにお前は、あまりにもまともにオーガ族らしすぎたんだよ」
ラヌイの顔から、すっと険が抜けていき、口調も穏やかなものになる。
ラヌイ「俺はオーガ族から追放された父親と、人間の母の元で生まれた。親父は角折れだったんだ」
ライデン「そうか……」
それだけ言うと、ライデンはおぼんに乗っていたお椀を取り、箸と共にラヌイに渡す。
ライデン「とにかく食え。コイツは、相撲の道を知る者だけが作れるスープ。その名はチャンコだ」
ラヌイは、ライデンからチャンコ入りのお椀を受け取る。
ラヌイ「一つ聞かせてくれ、アンタほどの男が、なんで角折れになった?」
ライデン「相撲道の邪魔だから、自分で折ったんだよ」
ライデンの答えを聞き、ラヌイは信じられないと目を見開く。ライデンは、そんなラヌイを残し、そのまま部屋から出ていく。

ラヌイの部屋から出てきたライデン。
本を読みながら待っていたヴィルマが、本から目を離さぬまま声をかける。
ヴィルマ「あの後、オークたちがいた洞窟を調べてみましたが、何もありませんでした」
ライデン「そりゃああいつらは、本は読まないだろうしな」
ヴィルマ「文字も知らない、本も読まない。そんなオークにまがりなりにも柔道や空手道を仕込んだ者の痕跡は見つかりませんでした」
廊下を歩くライデン。ヴィルマもその後についていく。
ライデン「ただ大図書館から道のあれこれを盗んだだけでなく、それをあちこちにばら撒く。それでいて、尻尾は掴ませない。大した野郎だぜ」
ヴィルマ「散逸した道を集め、盗んでばら撒いている犯人を捕まえるのがわたしの仕事です。これからも、協力してくれますね」
ライデン「当たり前よ」
自分の腹を叩くライデン。パーン!と、小気味良い音がする。
ライデン「大図書館に最初から入っていなかった相撲道。長年継いで来た、その価値を確かめられる――最高じゃねえか」
不敵な笑みを浮かべるライデンの顔をアップにする。

第一話~完~

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