「我らただただ道を行く」第二話
ナレーション「大図書館 この世界における知の宝物庫。この世界の情報すべての集積を目指しており、大図書館に務める司書の姿は、世界のどこでも見ることができる」
ヴィルマと同じ格好をした男女が、本を手に四方八方に散らばる光景。
至るところに野営が見える山を、軍勢が包囲している。雨がしとしとと降り、厚い雲が空を覆っている。
麓の軍勢。最前線にいる二人の兵士が会話している。
敵兵士A「雨が冷たくてたまんねえな。ここ最近、ずっとだ」
敵兵士B「包囲されて数ヶ月。雨のおかげで水はあっても、メシがない」
敵兵士A「いい加減、降伏してくんねえかなあ」
ぼやく兵士をかき分けるようにして、ライデンとヴィルマがあらわれる。
ライデン「(気安く)悪いな。ちょっと通してもらうぜ」
徒歩で山に入ろうとするライデンとヴィルマ。ポカンとしている兵士を背景とし、二人にナレーションがかぶさる。
ナレーション「それがたとえ、絶海の孤島や前人未到の山脈、戦場のど真ん中だとしても、本ある限り、大図書館の司書はそこに居る――」
タイトル「我らただただ道を行く」
◇
山の軍営に建てられたテント。立派な西洋風の鎧を着た指揮官たちに囲まれ、ヴィルマは机の上に積み上げられた本を片っ端から読んでいる。本の山は、数冊の小さな山と十数冊の大きな山の二つがある。
机を挟んでヴィルマの向かい側に座る小太りの一際豪華な鎧を着た男が、将軍である。将軍は若く、軍人というより学者のような面持ちをしており、どことなく神経質そうに見える。
ヴィルマは、パタンと本を閉じる。
ヴィルマ「こちらの本は大図書館に収蔵する価値があるので、ありがたく引き取らせていただきます。ご連絡、ありがとうございます」
二つの本の山、小さな山の方を手元に持ってくるヴィルマ。
将軍「いえいえ。国の方に置いておけば、もっと楽だったのでしょうが、どうにも本が手放せぬ性分でして」
ヴィルマ「わたしも同じです。この山に来るにあたって、少し離れたところに本をあずけてきましたが、無事かどうか今でも気になって仕方ありません」
将軍「お気持ちわかります。ですが、とりあえず私は、あなたに本を預けることで、死後この本がどうなってしまうのか。その懸念が無くなりましたよ」
大きな本の山に注目しつつ、将軍がたずねる。
将軍「ところで、そちらの本は……」
ヴィルマ「大図書館はすべての知識の収集を目的としてますが、既に所蔵されているもの、収蔵するに至らないものは足切りしてます。ましてや今回は、戦場ですし」
将軍「そちらの山には、わたしの書いた兵法書もあるのですが」
ヴィルマ「次がありましたら、また読ませてください」
にべもないヴィルマの対応に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする将軍。
収蔵が決まった本を手にし、テントを出ようとするヴィルマ。山の高い位置にある軍営からは、山を取り囲む包囲網がよく見える。
ヴィルマ「包囲はもう長いんですか?」
将軍「ええ。この山に布陣して数ヶ月。救援ももう待てません。近いうちに、降伏するか打って出るかの判断を迫られるでしょう」
ヴィルマ「降伏は無理でしょうね。包囲側の指揮官は、本も大図書館の価値もわからない、愚かな人間でしたから」
将軍「なるほど。よくわかってらっしゃる。ですが、あの指揮官相手に、よく交渉できましたね」
ヴィルマ「交渉?」
ヴィルマは首をひねる。
将軍「交渉して、この山への一時立ち入りを認めさせたのでは?」
ヴィルマ「いえ。話にならなかったので、軍勢を無視して山に入りました」
わけがわからないといった様子を見せる、将軍や指揮官たち。
彼らのそんな様子に気づいたヴィルマは、開いた本に目を移しつつ答える。
ヴィルマ「堂々としていれば、あんがい平気なものですよ?」
◇
ヴィルマとは別行動を取り、兵舎にいるライデン。眉をひそめ、辺りを見回している。
ライデン「ひどいな、こりゃ」
やせ細った兵士。包帯まみれで横たわる兵士。馬の頭蓋骨と骨。苦戦、飢餓を連想させる人やアイテムを描写する。
ライデン(料理人としても、力士としてもやることなさそうだな)
そんなことを考えるライデンの耳に、兵士たちの諍いの声が聞こえてくる。
兵士C「あいつら、なんて無茶なことを……」
兵士D「止められるわけねえよ。俺だって、身体が動けば行きたかったくらいだ」
声を上げている兵士たちの元に向かうライデン。兵士たちは将軍や指揮官たちとは比べ物にならないくらい痩せこけており、装備もあちこち壊れている。
ライデン「おいおい、何があった」
兵士C「ん? なんだ、変な格好してるなアンタ。何もんだ?」
ライデン「ま。ここに堂々といる以上、敵じゃねえよ」
兵士D「(吐き捨てるように)仲間がメシを捕まえてこようって森に行っちまったんだよ!」
ライデン「森? もしかして、動物がまだいるのか。だったら……」
兵士D「馬を食うより先に、鹿だの鳥だの捕まえてこいってんだろ?」
兵士C「鹿や鳥なんてもうとっくに食っちまったよ。森に残ってるのは、バケモノだけだ」
兵士C&Dの発言に合わせて、森の中をおっかなびっくりで進む兵士たちとそんな兵士たちに襲いかかる巨大な影のシーンを挿入する。
ライデン「バケモノって、なんだ? どこのモンスターだ?」
兵士D「知らねえよ! 奴を狩ろうとした仲間は、みんな大怪我だ! まともに姿かたちを見たやつもいねえ!」
兵士D「こうなったのも、全部あの将軍のせいだ! 高いところが有利だからって、まともにメシも水も持たずバケモノがいる山に登るやつが居るか!」
兵士C「(シッ!と人差し指を立てて)おい、聞こえるぞ!」
兵士D「かまうもんか! メシだってあいつらが独占してんだ! いざとなったら、あのブクブク太った連中を食ってやる!」
二人の話を聞いていたライデンが、柏手を打つ。パン!という小気味良い音が、二人の会話を遮る。
ライデン「よし! 俺が森に行った連中を見てきてやるよ」
兵士C「いいのか?」
ライデン「どうせここにいたってやることないしな。軍隊すらビビらせるバケモノってのを見てみたい」
兵士D「へっ。観光気分かよ。怪我して帰ってきても、薬はねえからな!」
ライデン「ケガなんて、唾つけりゃ治るってもんよ。そう、ひねた顔すんな。上手くいけば、バケモノの鍋が食えるぞ」
ライデン「上手く行かなかった時は俺のやっちまったって顔が見れるぞ」
兵士C&D((いらねえ……))
にこにことしているライデンと、微妙な顔をしている二人の兵士。
◇
茂みをかき分け、森に入っていくライデン。鬱蒼とした森は、木と茂みにより先が見難くなっており、空も殆ど見えない。
がさがさと先の茂みから音がし、ライデンは身構える。
モブ兵士たち「ば、バケモンだー!」
バケモノに追われているであろう兵士たち。ライデンの方に走ってきた兵士たちは、ライデンを見て叫ぶ。
モブ兵士たち「こっちにもバケモンだー!」
ライデン「落ち着け馬鹿野郎! こちとら一応人間だ!」
前に進んだライデンは、モブ兵士一人の背を叩き行くよう促す。
そのままライデンが来た方に逃げていくモブ兵士たち。
彼らを負って、茂みから大きな影が飛び出してきた。
影の正体はわからないが、巨躯のライデンよりも一回り大きい。
ライデン「よっしゃ来い!」
突っ込んでくる影に胸を貸すライデン。ライデンは影を受け止めるが、その踵がわずかに動く。
ライデン「コイツは……中々!」
ライデンは影をあしらうように軽く投げ飛ばす。
ごろごろと転がった影は、その勢いのまま起きる。
ライデン「おいおい。人様のことは言えないが、こんなデケえの始めて見たぞ!?」
大きな影、バケモノの正体は巨大な熊だった。身体のいたるところに切り傷や引っかき傷があり、右目は潰れている。全身黒毛(塗り潰し)ではあるが、頭頂部の毛のみ白く(色無し)逆立っている。
四足歩行から立ち上がり、二足歩行となる熊。自分より背が高い熊を、ライデンは不敵な顔で見上げる。
ライデン「見下ろすのには慣れてるが、見上げるのは久々だ」
そんなライデンめがけ、熊の爪が振り下ろされた。
◇
軍営のテントにて、将軍と指揮官たちが会話をしている。
将軍「不運にも包囲されているこの状況、打破するには、イレギュラーを利用するしか無い」
指揮官A「イレギュラーとは、あの大図書館の司書のことですか?」
将軍「そうだ。あの女は、この包囲網を突破しなければならない。交渉か、隠密か。成功しようがしまいが、包囲網に僅かなゆらぎができるはず。そこを突く」
指揮官B「そのタイミングで軍を動かすと? ですが、我が軍の兵士たちは、気力体力共に尽きています」
将軍「……撤退とは難しいものだ。全軍撤退となれば、相当の犠牲が出るだろう。ならば、次善を考えるしか無い」
指揮官A「まさか、我々だけ脱出を?」
将軍「兵士を作るより、指揮官を作る方が遥かに難しい。後のことと、成功率を考えれば、最少人数での脱出が最適解だ」
不敵に笑う将軍を見て、指揮官たちも後ろめたい笑みを浮かべる。
突如、ドスンと思わず立っている人間がよろめくほどに地面が揺れた。
指揮官B「地震か!?」
将軍「やれやれ、これ以上のイレギュラーは御免被りたいのだがね」
◇
蹲踞の姿勢を取っているライデン。目の前には一直線の長い道ができており、その先には大樹にぶつかり動かなくなった熊がいる。
散った茂みやなぎ倒された木で、熊が吹き飛ばされたことを表現する。
ライデン「熊鍋、ごっつあんです!」
第二話~完~