徒然物語122 物音
スマホを照らすと、時刻は午前1時を少し回ったところだった。
いつもなら爆睡している時間。
22時に就寝したのに、こんな中途半端な時間に目が覚めてしまった。
しかし、その理由ははっきりしている。
”尿意”だ。
ストレス発散に、2杯ほど缶ビールを飲んだのが祟ったようだ。
わざわざ土曜日に出勤して、おまけに19時過ぎまで残業させられた日には、何かにすがりたい気分にもなるだろう…
家に帰ると、妻と子供たちはもう眠っていた。
そういや、一日中虫取りしてたって、連絡が来てたっけ。
妻とのSNSを見返しながら、ビールを煽ったのだった。
そして今。
どうやら良い気分で布団に入ったツケが回ってきたようだ。
我が家は2階で寝ているから、用を足すには1階に降りる必要がある。
意を決して布団から這い出て階段を降りる。
コン…コン…
ん?
階段の中腹まで来た時、何か物音が聞こえた。
…ような気がした。
気のせいか?
1階へ降り、明かりのスイッチに手を伸ばした、その時だった。
コン…コン…
今度ははっきりと聞こえた。
伸ばした手を引っ込め、暗闇の中聞き耳を立てる。
何かがぶつかるような。
何かを叩いているかのような。
何だ?
鈍い頭で思考を巡らせる間も、物音は確かに響いていた。
泥棒か?鍵は掛けたはずだが…
それとも、誰かが玄関の扉をノックしているのか?
その考えが脳裏をよぎった瞬間、背筋に冷たいものが走る。
この時間に?
インターホンじゃなく、ノック?
誰が、何のために?
恐怖に全身が支配されるのを感じたが、確かめないわけにはいかなかった。
2階で家族が就寝中なんだ。
対処できるのは、オレしかいないんだ!
ガチャ!
意を決して、玄関への廊下を開け放った。
と同時に廊下の明かりを灯す。
誰かいるか?
素早く周囲を見渡すが、人の気配はない。
コン…コン…
しかし、その物音だけは確かに廊下中に響き渡っていた。
玄関か!?
瞬時に玄関を確認するが、そこから物音は一切していない。
どうやら玄関のドアをノックする音ではないらしい。
どこだ!?
もっと下?
恐る恐る視線を下へと下げる。
玄関には家族の靴が並べられている。
…その奥。
あっ!
男はついに物音の正体を発見した。
そう。
虫かご。
その中にクワガタムシが3匹ほど入っている。
どうやらこいつらが喧嘩をしているらしい。
虫かごにぶつかりながら、激しいバトルが勃発していた。
なんだ、発生源はここか…
思わず壁にもたれてクワガタを眺めてしまった。
夜行性だから今になって動き出したのかな?
別々に飼育したほうがいいよって、明日教えてやるか…
それにしても、驚かせないでくれよ~
などと安堵の吐息を漏らしつつ、漏らさないようにトイレに駆け込んだ。