ステラおばさんじゃねーよっ‼️84.海洋散骨旅〜人魚の泪
👆ステラおばさんじゃねーよっ‼️84.海洋散骨旅〜人魚伝説② 白鳥居 は、こちら。
🍪 超・救急車
翌朝、障子戸から強く刺し込む陽の光でカイワレは目醒めた。
年季の入った柱に掛かる古時計の短針は、6の数字を指している。
まだ6時か…二度寝しよう。
寝惚けたカイワレは布団をかぶり、もうひと眠りしようと試みた。
隣りの布団には、深く寝入っている知波がいる。
ギシ…ギシ…
宿泊部屋のわきにある廊下が、鈍く軋んだ音を立てる。
それは、玄関に誰かが向かっている証拠だ。
こんな朝っぱらから誰なんだ?
そう思うと気になり寝入れず、目も脳も冴えてしまった。
玄関の横引きガラス戸は、カラカラカラと音を響かせ、ピシャリと閉められた。
すぐさま布団からぬけ出し、カイワレは宿を出て行った主(ぬし)の正体を暴こうと、急いで浴衣に丹前を羽織り、来客用の草履を突っかけ一目散に外へ出た。
民宿から一歩外に出れば、朝日にきらめく大海が目の前に拡がる。
遠くには漁船がちらほら点在し、錨を下ろし漁をしている。
視界を遮るものはなく、追跡者は誰が宿から出て行ったのか一目瞭然だった。
ゆっくりとどこかに向かい歩を進める小柄な男の肢体が、少し離れた前を歩く。
夏男さんだ。
追いかける前からそんな気はしていた。
あれから体調は良くなったのかな?
こんな朝っぱらから何の用があるんだろう?
気づかれぬよう距離をとり、見失わぬようカイワレは夏男の背中を追った。
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老いた男の歩幅はせまく、容易に前へ進めなかった。
やきもきしながらもカイワレは夏男の尾行を止めない。
昨夜の雰囲気から察するに、夏男には隠しておきたい秘密があると感じた。
夏男にどうしても訊いておきたい事がカイワレにはあった。
そして願わくばそれに向き合った回答が欲しかった。
今こうして夏男の後を尾けているのはその糸口を見つけるためなのだと、カイワレは尾行そのものを正当化しようとした。
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一瞬、防波堤から浜辺につながる石段で夏男を見失いかけた。
しかし夏男は背後を振り返る事もなく、自身のおぼつかない足どりに全集中を傾けている。
カイワレは目を離さぬように、夏男の足どりをたどった。
すると石段を降りた海辺の先には、白鳥居が悠然と立ちはだかっていた。
船着場から小さく見えたそれは、石段を下りるごとに巨大さが間近に迫ってきて圧倒された。
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先に浜辺に降りた夏男は、両手に握っていた浄塩(きよめじお)を鳥居にぶつけるように撒いた。
カイワレは砂で滑り足ずらないようにし岩場の蔭に隠れた。
「すまんかった、喜久榮…。俺があん子を認知せんかったばっかりにあんな事になっちまい…」
そう言うと、夏男の頬に光るものが流れた。
「悠一朗にも淋しい想いをさせちまった。てて無し子のひとりぼっちに、な。喜久榮、あん時俺もお前とおっ死んでしまったら良かったんよな。死ぬに死に切れんかった俺を赦してくれ…」
沿岸にうずくまり嗚咽する夏男は、白鳥居に向かい独白している。
白鳥居の両脇には、人魚の銅像が鎮座していた。
寄せては返す波が岩に大きく打ちつけられるたび、人魚の銅像は頭部から潮水を被り、顔面に海水が容赦なく流れ落ちてくる。
そこに居坐り続ける限り、人魚らの泪(なみだ)が止まる事はなかった。