ステラおばさんじゃねーよっ‼️86.秘密のスパイスカレー 〜知波
👆ステラおばさんじゃねーよっ‼️86.秘密のスパイスカレー① あの感覚 は、こちら。
🍪 超・救急車
「ねえ、母さん」
「なあに?」
息子は、母に問いかける。
「母さんの今の名前、どうして《知波》になったの?」
息子からの思いがけぬ問いに、母はとまどう。
けれど愛した男の面影がある可愛い息子と向き合うべく、母は胸襟を開き話しだした。
「親からもらった、【さやか】って名前、漢字では《清》って書くのね。わたしと聖は、プロテスタント系クリスチャンの家庭に生まれたの。父は教会の牧師、母はミッションスクール卒の敬虔なクリスチャンだった。ご存じわたしら双子なんだけど、二卵性だし顔はまったく似ていない。両親はさ、双子の結びつきを示すのに漢字の音読みでは同じ《セイ》という字をわたしらに当てたの。きっと、《清らかなる》人生を歩ませたかったのかもしれない…まぁ、まったく程遠い人生になってしまったけれど」
母・知波は、自虐的に旧名を語った。
「でも悠一朗さんとのあの件があって、手紙にも書いた通り、わたしは改名し逃亡した。名前を変えるって第二の人生を生きるようなものだから、覚悟をもって新しい名前を四六時中考えていたわ。そしたらふとだれかに呼ばれた気がしたの…《ちなみ》…って。あれは、悠一朗さんだったと思う。で、漢字はね、彼が大好きだった海から《波》を連想し、《知》は辞書で調べたら、「心で感じる」、「認める」、「理解する」って書かれてた。わたしは悠一朗さんをいつまでも心で感じ、認め、理解していたい…つまり《忘れない》という意味もこめて、《知》という漢字を選んだの」
熱っぽくわが父を想う母は、はつ恋の少女のようだと、息子・カイワレは思った。
「そうだったんだね。歩ちゃんの父さんと結婚する時、僕の父さんの存在(こと)はちゃんと説明したの?」
「もちろんよ!」
知波は顔を突き出し答えた。
「わたし何度も、交際する事自体お断りしていたのよ。でもあの人、こう言ったの。”知波さんのすべてを受け容れるよ。あなたに忘れられない人がいても、僕はあなたを一生愛し抜く”って。実際にそうしてくれたけど、早くに亡くなってしまった。…あらやだこんな話、歩にもした事ないのに」
我に返った知波は、真っ赤に熟れた苺のようだ。
「ところで話変わるんだけど、今回の島での真相…」
と話しだすと背後から、
「おまたせしました!ご注文のお品です!!」
と店員が元気よく皿とスプーンをふたりのテーブルの前に置いた。
急に声をかけられビクリとし、話の腰も折られたふたりは、目の前のスパイスカレーを食べるのに専念した。
⭐︎
「はあ、美味かった〜」
「カツカレー、最高ね♡」
満ち足りた顔をお互いへ向ける。
「で、あの島での真相…が何?」
一度カイワレが飲み込んだフレーズを知波はふたたび問いただす。
カイワレは口の中のカレーの余韻をコップの水で流し込み答えた。
「今回わかった《人魚伝説》なんだけど、この真相も歩ちゃんには刺激が強すぎるかなって考えてたんだ」
「確かにそうよね。立ち会ったわたしですらお伽噺(おとぎばなし)を聞いているようだった。歩には、狭い島だから、偶然太士朗のお祖父ちゃんと会えて、一緒に散骨できましたって報告すればいいのかもね。それからわたしたちの家族がひとり増えたよ〜って感じで」
「俺もそれでいいのかなって、ずっと考えてた」
ふたりの意見は一致した。
そしてそれは若森、ひかり、ポーちゃんにすら伏せておいていい、ふたりだけの秘密にしようと合意した。
スパイスカレーの店を退出すると、搭乗手続開始時刻までコーヒー片手にふたりは、たわいない話で盛り上がった。