ステラおばさんじゃねーよっ‼️⑤あの日、あの時、あの世界〜 一連の儀式
👆ステラおばさんじゃねーよっ‼️ ④羽はあるが、飛べない夢 は、こちら。
️🍪 超・救急車
貝のようにぱっくりと開いた口元から無意識にこぼれ出した涎(よだれ)の、酸っぱい臭いと冷んやりとした粘着感の不快さで、カイワレは目を開けた。
はあ、今日もさっぱり何の夢を見ていたのか覚えていない。
カイワレは涎を手の甲でこすり、バッと布団を蹴って、腹筋に力を込めて勢いよく身体を起き上がらせた。
寝室の窓から差し込む光は弱く、部屋が仄暗いせいか外は曇天か雨を予感させる。
無意識に壁掛け時計を見ると、陰影の弱い輪郭が浮かび上がり、針は9時を指していた。
今日のスケジュールは、Z誌の編集者と14時より打合せが入っている。
だがその前に、神也町駅近くにあるカレー屋でブランチを取りたい。
平日の開店は11時。人気店だけに混雑が予想される。
並んで待ってから食べるのを想定すると、遅くても10時半に自宅を出なければ、打合せには間に合わない。
カイワレは、さっさとよそ行きの身支度をした。
それから保温されつづけて香ばしさが完全に抜け切ったコーヒーをカップに注ぎ、口に含んだ。
カイワレは編集者に原稿を渡す前にはいつも、独自の《一連の儀式》を行った。
まったく別人格の読者になりすまし、客観的に読み返すのである。
どのような文章でも、ライターの手から離れた瞬間、その解釈は読者に委ねられる。すると読者によっては、ライターとは解釈が異なってしまう事が多々ある。
誤解、曲解もあるが、それは論外。個々の読者の言語理解、経験値による知見、感受性や想像力、さらに読むタイミングや気分により、解釈はいかようにも歪む可能性がある。
しかし実際、どこまでいってもライターは主観的な書き手でしかない。
だからこそこの儀式は、表現者としての戒めや矜持を再確認し、少しでも想いや情景が届くようにと祈りを捧げるひとときでもあった。
より短時間で、より集中して読み返す。
追いつめられて、何かに試されているかのようなこの儀式は、カイワレには執筆以上に愛すべき時間だった。
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