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ステラおばさんじゃねーよっ‼️㊵昼空の星
👆ステラおばさんじゃねーよっ‼️㊴相関図〜入院の理由 は、こちら。
🍪 超・救急車
三日間降り続いた氷雨は、明け方にはすっかり止んだ。
朝露に射した陽光がキラキラ乱反射し、空気は色づき鮮やかさがさらに増した。
病室の窓の外には、連なる山々の向こうにすっかり冬化粧した富士の頂(いただき)が鎮座する。
あの日担当医は、聖の身体中に癌が転移し、手のほどこしようがない状態だと告げた。
そして余命3ヶ月を宣告された時、聖は絶望と同時に解放を味わっていた。
突如降りかかった、死への絶望。
そしてもたらされる死により、数十年背負ってきた罪からの解放。
生き延びたいという気持はもう、なかった。
だから終末・緩和ケア医療を受けられるこの病院で、来たる死を待つ事にした。
肉親も、家族も、友人もいない。
人生の最期にやっと、本当の自由をつかめるのね。
今日も外は、寒いだろう。
点滴が終わったら屋上へ行って、真昼の星でも見上げよう。
⭐︎
リムジンは高速道路を駆け抜けて、ようやく八雄市の市道に入ろうとしていた。
その頃カイワレは、目を閉じたまま眠気に襲われ、数日ぶりの夢を見ていた。
⭐︎
異空管から放り出されたそこは、小さな惑星だった。
バタリと地面に落ち顔を上げた瞬間、聖によく似た女性がこちらを見た。
「いつになったら、わたしのものになってくれるの?」
意味が分からず、何か言おうとしても声にならない。
「わたしのものになってくれないの?」
すがるような眼差しから、あきらめの表情へ変わる。
「もうすぐ星になるの。昼も夜もまたたき続けるの、わたし」
やっぱり口が利けない。
「星になってずっとあなたを守るから、許して」
突如女性は発光し始め、それは熱くて眩し過ぎて目を開けられないほどだったが、その光を見失ってはいけない気がした。
光の向こうにもう1人、誰かがいるように感じたから。
そしてその光は一瞬で激しい炎へ変わり、燃え尽き、真っ白な光の粒だけが宙に舞っていた。
⭐︎
悪夢にうなされていると気づく時、なぜかその悪夢が現実に起こりそうな気がしていつまでも目が開けられない。
本当は抜け出したいのに。
どうにかして夢の世界から脱出しようとしたが、夢の終わらせ方がわからない。
そうこうしていると、ぬっと大きな手のひらが現れて、
「たいちゃーん!たいちゃーん!!」
と呼ぶ声がする。
ポーちゃん?
その声に安心して、カイワレはやっと目を開けることができた。
「たいちゃん、汗びっしょりだよ」
ポーちゃんとひかりが心配そうにカイワレをのぞき込む。
「ごめん、何か気持ち悪い」
するとひかりは、備え付けの小型冷蔵庫から《ひかりの水辺》というペットボトルを取り出し、
「窓からの陽射しでほてったのかも。これ飲んでみて」
とカイワレの手に持たせた。
朦朧(もうろう)とする中、よく冷えたペットボトルを頬に当て、
「冷てぇ〜」
と声をもらした。
それからカイワレはその水をゴクゴクと一気に身体へ流し込んだ。
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聖は息を荒げながら、一歩一歩階段を踏みしめ屋上を目指した。
屋上には寒さのせいか誰もおらず、大きな丸い鉢と木製ベンチが、雨ざらしのまま不規則に置かれている。
丸鉢には雑草すらなく、ふちには強い雨が土を跳ね上げた跡が付いていて、春まではこのままなのだろう。
「花を待つ心 是れ 春を待つ心なり」
ふと、大好きな森鴎外の漢詩が浮かんだ。
きっとわたしはこの鉢に花が咲くのを見られない。
富士山が真正面に見えるベンチを選び、聖は空の星を見上げた。
薄水色の空に、爪型の白い月がぷかりと浮かんでいる。
当然、昼間の空に星は見えない。
だが瞼の奥ではいつでも、あの丘で見た星々を蘇らせることができる。
満天に輝く、あの光を。
目を閉じ、耳元で北風がゴウッと鳴ったかと思うと、屋上の出入口から看護師の声が聞こえた。
「河愛さーん、面会の方々がお見えですよー!」
目を開け、声の方向に振り向くと、何人かの人影がこちらに近づいて来るところだった。