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建国記念の日。


建国記念の日を迎えると思い出すことがある。
今から17年前の出来事だが、フランス人から「日本は建国して何年か」と訊かれたことがあった。
悲しいことに、その場で「わからない」としか答えることしか出来ず、「なんで知らないの?」と呆れた顔で見られたのを今でも覚えている。

テレビのニュースで建国記念の日の話題を取り上げるはずだから、それを観ればわかるのではと、その日帰宅してからNHKと民放の計3チャンネルをはしごして確認してみたが、日本は建国から何年目を迎えたのかについてはどの局も触れていなかった。
「どういうこと?」と思いながらネット検索でいくつか記事を探してみた。
『神武天皇が即位した紀元前660年1月1日(旧暦)を建国としている』という回答を得られたのだが、「諸説あり」と但し書きをしている記事もあった。
文献が残っていない紀元前のことであれば、論争が続いていることも容易に想像できるので、テレビが触れなかった理由がわかったような気がした。

この出来事が未だに忘れられないでいるのは、自分が生まれた国に対して関心がなかったというより、どこか神話的に捉えていた自分に気づいたことだと思う。
地に足のついた生活を送り、日々現実的なことばかり口走っている私が、今生きているこの国については、なぜか疑いもなくファンタジックに捉えていることが自分のことながらアンバランスで面白い。

近年では紀元前660年の建国説が定着しているようで、今日読んだネット記事にも「今年で建国2684年」と書かれていた。
今の私なら、海外の方に同じ質問をされてもすらすらと答えることが出来るのだが、自分が生まれたこの国をどこか神秘的なイメージで捉えることはあえて止めないことにしている。
独立記念日などはっきりとした建国の歴史がない日本ならではの神話性。
日々現実の中で格闘しながら、母国に対して神秘的に捉えるこのアンバランスな感覚はあえて捨てないことにしている。

日の丸ご飯











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