4本立て STORY0〜4
STORY0: クヨクヨ
小学生の頃、通信簿に保護者からの所見を書く欄があり「小さなことにクヨクヨする」とお母さんが書いているのを横でぼうっとみていた。たぶんおそらくそれが、小さなことにクヨクヨする人間がこの世に誕生した瞬間だった。たしかに「できないこと」「わからないこと」に、クヨクヨしている時間が多々あった。今もあるかもしれない。しかしここ数年はクヨクヨすることにも飽きてきて、最近はクヨクヨしてるともう一人の自分が空からふと飛んできて、「まーたクヨクヨしてる!」と指差してケラケラと笑えるようになった気がする。
STORY1: 20秒
時間の管理ができないのでストップウォッチが欲しいなと思ってApple Watchを買った。使い慣れたiPhoneと同じインターフェースのストップウォッチは、自分にとってとても使いやすい。それに、ふと時計を見ると高解像度でミニーマウスが踊っているのがなによりも可愛くて、愛おしい。Apple Watchの機能で、手洗いを検知して20秒カウントしてくれるモードがある。感染症対策で「よく」手を洗うことが推奨されている故の機能だったはずと思う。しかしながらどんなに頑張っても私の手洗いは10秒でいつも終わってしまう。でもそこで手洗いを辞めると、Apple Watchは「もう終わりですか?」みたいな表示がでてきて自分が手もまともに洗えないことに落ち込んだ。なかなか20秒手を洗うことは自分には難しくて「できない」ことにクヨクヨしていた。そして思いついたのが、ひとつの指を2秒ずつ洗うことである。指は10本あるから、2秒洗ったら、Apple Watchが数えてくれる20秒を1秒を無駄にしないで済むんだ。なんだ、時間の管理ってこういうことか。
STORY2: お風呂掃除
掃除の中でもお風呂掃除が好きだ。生々しい水回りの汚れが苦手なのでお風呂がきれいだと気持ちがよい。いまから少し前の話だが「どうして綺麗に洗えないの?」とお風呂掃除をするたびに家族に文句を言われていた。何回も何回も丁寧に洗っても絶対に洗い残しがあって、家族にお風呂掃除が苦手な子呼ばわりされていつも不満だった。そして時間をかけて洗ってるのに、きれいに洗うことが「できない」から言われるたびにクヨクヨした。ある日、浴室に足を踏み入れて、普段気にしていなかったものが目に入った。台所用のスポンジが置いてある。なぜお風呂場に台所のスポンジがあるのか理由がすぐにはわからなかったが、言われてみればずっとあったのだと思う。少し考えてようやく気付いた。その台所用の小さいスポンジはお風呂掃除用だ。わたしがそれまでお風呂掃除に使っていたのは、長い柄付きのスポンジ。柄が長いから、姿勢も高く浴槽の外側からゴシゴシしていた。でも台所用の小さいスポンジならば、浴槽の内側に入って、低姿勢になって細かいところをゴシゴシ洗えることに気づいた。
STORY3: 人間A
ふいに自分の書いた文章というものを公にすることに否定的な気持ちになった。あまりにも「できないこと」が多くて、異常なことで、それを恥ずかしいと感じてしまったからだ。だから、あくまでもわたしの物語ではなく、架空の人間Aのフィクションとして公開することにした。きっと言語化した時点でフィクションになっているし、とっても素敵なアイデアだと思った。