見出し画像

イスタンブールHamam旅①浴場のタイプと、現代人のハマム利用法

導入編の予告で、まずはトルコ式ハマムの歴史を紐解きます!と意気込んでいたのですが…ハマムやイスラム文化に関する面白そうな書物をあれこれ漁って買い込んでいたら、そもそもそれらがフィンランドに到着するにも日数が掛かりそうで、文献ベースの記事を書くのにはまだしばらく時間を要しそうなのです(苦笑)
というわけで初回は、私たちが実際に現地で体験してきたハマム浴場のタイプと、それぞれの基本的な動線や作法、楽しみ方について、ご紹介します。


市民も通う公衆浴場か、観光客向けのプライベート浴場か

市民が気軽に利用する公衆浴場ハマムでも、なかの造りはかなり立派で格調を感じる

イスタンブール現存最古のハマムのひとつ、1454年創立Ağa Hamamのウェブサイトによれば、歴史的にハマム浴場は大きく4つのカテゴリーに分類できたそうです。

①公衆浴場…男女別で市民が利用するための巨大な浴場
②家族浴場…スルタンやその家族が、自邸(宮殿)外の市街や休暇地(狩場など)で個人利用していたのに端を発するプライベート用小型浴場
③宮殿浴場…スルタンや権力者一族が利用していた、宮殿の中にある浴場。現在は見学のみ(例えばトプカプ宮殿内など)
④軍隊浴場…軍学校、軍務地域で利用される男性専用の巨大浴場。関係者以外は使用不可

導入編でも軽く触れましたが、このうち今日の都市部でも運営が続いていて、一般人が入るチャンスがある浴場の業態は、①と②の流れを継ぐもの。すなわち、主に市民が通う営業時間がありリーズナブルな公衆浴場型ハマムと、完全予約制で貸切の浴室に専属の洗体・あかすり師がついて細やかなパッケージサービスを提供してくれるプライベート用ハマムです(*一部、飛び入りも可能なプライベートハマムや、予約制で専属のあかすり師は付くものの、同性の別の客と浴室をシェアする施設などもある)。

そしてこれも前回述べたように、イスタンブールに関して言えば、東のアジア側に公衆浴場型が、西のヨーロッパ側にプライベート型が集中している傾向がありました。

1454年から残り続けるAğa Hamamはもともと、オスマン帝国第7代スルタンのメフメト2世が趣味の狩猟の拠点に築かせた別邸で使っていた家族浴場で、オスマン帝国末期まで歴代の皇帝家族が利用していた。現在は予約制で一般客の入れるプライベート用ハマムに

両者の価格はまったく異なり、概して、後者は現代では本場トルコでハマム体験をしたい観光客がメインターゲットとなっているようです(一回の利用料金が2000-3000トルコリラ〈1万円前後〉=公衆浴場の平均利用価格の4-5倍なので、市民の普段遣いには明らかに高額すぎます…)。「ハマム=トルコ風呂」の世界的な知名度向上の歴史については別記事に回しますが、ハマム体験は今も昔もイスタンブール(トルコ)の一大観光資源として、とりわけウェルネスに感度の高い欧米からの観光客を中心に年々人気が高まっているのだそう。

オスマン帝国君主の御用達ハマムさえ、今日では貸し切ってくつろげる!

スレイマン大帝の妻フレム・スルタンの要望により、観光名所のブルーモスクとアヤソフィアの間の、かつて古代公衆浴場があった場所に建てられたHurrem Sultan Hamam。今日は予約者用プライベート浴場として利用されるが、かつては男女浴室がきっちり対象的に造られた、希少な男女同権の公衆浴場だった

プライベートハマムは、他者の目を気にせずにエキゾチックな歴史的浴場空間を堪能しつつ、スパを利用する感覚でゆったりと入浴やボディケアを楽しみたい人におすすめです。プライベート系は英語のウェブサイトも充実しており、ネットでの事前予約が可能なのもありがたい!
現場でも、公衆浴場ではほとんど英語が通じず、見様見真似で飛び込んでいくしかないけれど、観光客をターゲットに掲げる貸切型なら、どのスタッフも最低限は話せる安心感も。支払いもドルやユーロで可能な施設が多そうです。

ちなみに、公衆浴場で男女が一緒に入れることはありえませんが、貸し切りなら、専用ビキニなども貸してもらえて男女カップルで同じ空間で楽しめる選択肢も増えます(※ただし、駐在あかすり師が男性のみという施設もあり、その場合はウェブサイトできちんと忠告してあるので、気になる人は要事前確認)。

オスマン帝国を最盛期に導いたスレイマン大帝が1550年代に造らせ、歴代スルタンの定宿として機能していたSuleymaniye Hamamも、今日では完全予約制のプライベートハマムとして入浴可能!

でもこのようなラグジュアリーな浴場だと、本来の土着的なハマムの雰囲気はもはや薄れてしまっているのでは…?と懸念する人もいるかもしれません。ですが、そもそもハマム文化自体が、上に述べたように大衆向けだけでなく、かつて帝国の皇帝・大宰相やその一族など権力者たちが個人用に利用していた奢侈な浴室を源流のひとつとしています。

そして実際、今日ヨーロッパ側で運営されている、贅沢時間を売りにした予約制ハマムのほとんどは1400-1600年代に有力者の命で造られた歴史的浴場ばかりで、往時の権力者の家族風呂をリメイクして一般開放している施設も多いのです。建築はいずれも、歴史的保護建築として古い図面をきちんと検証し丁寧に修復を重ねており、内装や設備も過度に現代的に作り替えされることなく、往時の浴場の威風や情緒を今に留め伝えるよう慎重に改修されているのがわかります。

歴史的保存建築としての役割も担うプライベート型ハマムでは、往時の調度品やアイテムなどもさりげなく展示して、ミュージアム的役割も果たしているのが良かった(写真:村瀬健一)

それぞれのプライベート型ハマムのヒストリーを読んでいると、1922年のオスマン帝国解体を期に、こうした権力者御用達のハマムは一度は温められなくなったものの、その後どこかのタイミングで改修され、再び息を吹き返すことになった…というエピソードで括られています。このように、ただ歴史建築を保存するだけでなくアッパー向けの営業施設として再オープンさせ、結果的に500年もの時を経た今でも、かつての君主御用達ハマムがいくつも現役稼働している…という流れが素晴らしいですよね。

公衆浴場も、建築美や体験内容はプライベート型と大差ない!?

大衆的な老舗ハマムÇinili Hamamıの女性側の浴室天井。モスクを思わせる大きなドーム屋根を持ったビザンチン建築で、散りばめられた小さな天窓から、太陽の光が粒子となって空間内に降り注ぐ

では、歴史ロマンと贅沢なサービスパッケージに支えられたプライベート型ハマムと、誰もが安価で利用できる公衆浴場型ハマムで、入浴としての体験価値に大きな差があるかといえば、実は大同小異であるというのが私たちの総意です。

どちらに行っても、床は総大理石で立派なドーム屋根を持った、神聖さすら感じるビザンチン建築の浴室が迎えてくれましたし、トルコ式ハマムの一つの特色とも言える、大きな吹き抜けの下にずらりと並ぶ2階建て式の木造個室更衣室と休憩所が一体化した空間(Soyunma yerleri)も、細かな彫細工や艶やかな彩色タイル、大理石の噴水などに彩られ、格調高さや優美な雰囲気が保たれていて驚きました。設備自体は年季が入っても、清潔度に関しても、私たちが行ったところで取り立てて不衛生と感じる場所はなかったです。

洗体は、各所に壁付けされた大理石製のミニ浴槽を使って行なう。冷水と温水または熱湯の出る蛇口があり、湯温を自身でコントロール可能。タシと呼ばれるフリスビー状の浅い洗面器でかけ湯をする

入浴法としても、しっかり熱々のお湯の出る洗体室と、大理石の台座の上で寝そべりも可能な熱気浴室、合間にのんびり休憩できるベッド付き個室が自由に利用できる流れはまったく同じ。
さらに、貸し切りのときのように専属というわけには行きませんが、なぜか入浴料よりも安い追加料金を払うことで、スタッフが順次、一人当たり10-20分ほどケセ(洗体&あかすり)と整体マッサージ(注:総じてかなり手荒い系)を行ってくれるサービスも公衆浴場での定番です。というか、利用客はハマムに来るならケセサービスを頼むのが当然といった雰囲気で、私が、何件もハシゴしたゆえ洗体やあかすりはもう良いですと番台で拒んだら、ポカンとされたり、それでも強制的にやられたりしました笑。

最後に体を拭く用の厚手のバスタオルと、恥部を隠すために浴室や休憩室に巻いていくペシュテマルという薄手のタオルの2種類が借りられた(写真:村瀬健一)

ちなみに、基本入浴料には貸しタオル&サンダルが(男性は洗体時に履くよう促されるパンツも)含まれていているところが多いので、ふらっと手ぶらで行っても大丈夫!プライベート型では、これらの一連の入浴時間やサービス、必需アイテムがすべて一律料金に含まれ、パッケージ化されているというわけです(オプションでボディケアや美容マッサージなどもある)。あとは入浴後にドリンクがつく、などかしら。

正直に言えば、洗体やマッサージのクオリティもプライベートと公衆浴場とでそんなに大差はなかったし、公衆浴場なら利用時間が無制限で自分のペースでのんびり入浴と休憩とを繰り返していられます。それから、時間帯に寄るかもしれないので調べきれてはいませんが、午前から夕方、夜までいろいろな時間に出没したけれど、ハマムが混雑しているということはほとんどありません。とくに女性側は、オープン直後などを狙えば貸し切り状態であることも珍しくありません。

というわけで、「ここはかつてあのスルタンが利用してた…」というような歴史ロマンの価値に浸りたい人以外は、安価で庶民的な公衆浴場のほうでも十分ハマムのルーティーンを体験できて、特有の雰囲気を味わえますよ!とご報告しておきます。

ヨーロッパ側にある公衆浴場のTarihi Gedikpaşa Hamamıは、観光客で賑わうグランドバザールの近くで1475年から稼働を続ける。歴史遺産的なドームの造りを俯瞰したくて、お向かいのホテルに頼んで屋上テラスに昇らせていただいた!

ところで、公衆浴場型ハマムが、君主のプライベートに負けず劣らずこれだけ立派な風格を有しているのは、どこも最初はスルタン(君主)やその土地の権力者が造らせた公共施設であることが関係しているのでしょうか。いやきっとそれだけでなく、建築的にも設備的にも、庶民の利用施設だからと手を抜かれず非常に立派な浴場が造られ維持されてきた、なんらかの理由や社会的背景があるはずです。

さらに、男尊女卑の風潮が強かったであろう数百年前のイスラム社会において、ちゃんと女性側の浴室も造られていた事実も興味深いです。どこの浴室に行っても、あとで夫と答え合わせする限りでは男性側のほうがより華美だったり営業時間自体も長かったりするのですが、その差は想像していたよりずっと些細でした。

空港で見つけたハマム柄のミニ皿。現代の公衆ハマムの様式や設備とまったく変わらない。今はもうこんなに人で溢れてはいないけれど

つまりは、ヒエラルキーもそれなりに強かったはずのイスラム社会において、ハマムという施設の利用習慣は、庶民を含む万人の権利として重要視されてきたと言えるはずです。ならば、オスマン帝国におけるハマムの歴史的な役割や重要性を深堀りすることが、今回の私のトルコハマム考察の中心議題となりそうです!

次回予告。

次の記事では、今回詳細まで解説しきれなかったトルコ式ハマムの入浴作法や体の温め方、洗体サービスの内容、現地バザールでも買えるマストアイテムなどを紹介してゆきます!

いいなと思ったら応援しよう!