イスタンブールHamam旅④トルコ人流ハマム浴の楽しみ方
ハマム体験編の前編として、まず前回の記事では、入店時の流れや料金体系、必須アイテムなどを一通りご紹介しました。今回はいよいよ入浴編。サウナともお風呂とも違うハマムの浴室を、トルコ人たちはどう堪能しているのか…これを最後まで読んでくださった方は、言葉の壁があってもローカルと一緒に大衆的なハマムを楽しめるはずです!
(今回も、男性側のハマム内の撮影は、各所で許可をもらって村瀬健一さんが行なっています。)
まずは自分で湯を浴び、清潔な肌での発汗モードに
メイン浴室の基本的な造りは、プライベート型ハマムでも公衆ハマムでもほぼ同じ。空間中央の、小さな天窓穴がいくつも空いた巨大ドーム屋根の真下に、スタッフに寄る洗体&垢すりサービス(ケセ)を行うための低めの大理石製の台座があります。そしてその周囲の、やや奥まったいくつもの小空間に、かけ湯や洗体を行えるスペースが設けられています。まずはここで、入浴者自身がかけ湯で体を温めます。
このかけ湯スペースにはシャワーはなく、壁付けされた2つの蛇口からそれぞれ冷水と温水が出ます。温水は前々回の記事で紹介した、バックヤードでの火炎で温め続けられるボイラーから直接引かれたものですね。私達日本人が慣れ親しんだ、40度以上の熱々の「お湯」をジャブジャブ使える環境にほっとできます。ロシアのバーニャなどでも、こうした壁付けの温冷2口蛇口はよく見かけますが、ハマムではさらに、それを受け止めて貯水できる大理石製のシンクが固定されているのが特徴的です。
このシンクに貯めたお湯は、タシと呼ばれるフリスビー状の浅い洗面器を使って浴びます。洗面器に慣れた我々には、最初はやや小さくてまどろっこしく感じるのですが、常連さんたちが手首のスナップを効かせながらこの軽量洗面器でバシャバシャとお湯を身体のあちこちに連投するのを真似ているうち、だんだんテンポよさが癖になってきます(笑)
ケセの順番が来るまでは、穏やかな熱気のなかでスロー発汗タイム
お湯をふんだんに浴びて、皮膚が温もり柔らかくなってきたら、洗体師のスタッフが自分の番を告げに来るまで、各々自由に発汗タイムを過ごします。ただしトルコ式ハマムの浴室には、こちらの記事でアドバイスしたように日本のサウナ愛好家が喜ぶ【灼熱】も、肌を刺激する【ロウリュやスチーム】も存在しません。石の壁や床から伝わる熱と浴室内の水気とが混じり合った、じっとりとした熱気空間です。刺激的な温度でクイックにととのうことに慣れてしまっている人は、ここでどうやって過ごせばよいのかと戸惑うかもしれません。
そんなときは、いったん私たちの慣れ親しんだ入浴の概念を捨てて、歴史ある空間そのものを慈しみながら、緩やかな熱気に身を任せてぼんやりと発汗することをおすすめします。ハマムはいわば、浴室と水風呂と休憩スペースがオールインワン化した入浴空間。実際、かつてのイスラム教徒たちや、ハマム入浴スタイルの礎を築いた古代ローマ人たちは、刺激性が少ないからこそ心地いい温熱環境のなかで、時間の許す限り、何時間でもくつろいだそうです。その空間ではきっと耐久時間に縛られないからこそ、白熱した哲学議論や問答、止めどない女性たちのお喋り、己との対話や祈りの精神的ゆとりが息づいていたのだろうと想像できます。
ちなみに、施設の新旧にかかわらず、ハマムの一角にいわゆるフィンランド式サウナ室が設置された施設もいくつかありました。このような(相対的に)熱々のサウナ空間で発汗に集中するのも、現代トルコ人はお好きなよう(ただし女性側では、入室してきて1分も絶たず退避している人も多かった)。セルフロウリュ用に桶と柄杓が置かれたサウナもありましたが、誰も手を出す様子はなかったです。
ケセ時間こそが、ハマム浴のハイライト
日本の老舗銭湯でも、とくに女性の常連さんたちの多くは、湯に浸かるよりむしろ体を丁寧に洗うことに心血注いでいる人が多いですよね。そのように、「入浴」という行為以上に洗体やボディケアに時間を割く人々は、実は世界さまざまな公衆浴場で当たり前に見られます。そしてトルコ・ハマムも、入浴料よりマッサージ料のほうが安いと既に触れましたが、ローカルのお客さんにとってはボディケアサービスを受けることが浴場に通う大きな動機になっているように思えます。
トルコ・ハマムでそのような付帯サービスをオーダーするためには、次の用語をインプットしておくと良いでしょう。
つまりボディケア・サービスは、垢すり・洗体・マッサージの3種に大別され、それぞれを別価格で承る施設もありますが、多くはパッケージ・サービスとしてまとめられています。
すべてを頼むと、順番としてはまず垢すりから開始。ちなみに施術してくれるスタッフは、大きなところでは専属の垢すり師が雇われていましたが、小さな老舗浴場では受付や火入れをしている人が兼任することが多いようですね。kesesiと呼ばれる垢すりグローブをはめて、ガシガシ全身をこすってもらいます。
垢すりで皮膚の汚れを一気に洗い流したあとは、施術師が石鹸水に目の細かい網の袋を通してぶわっと細かい泡の塊を発生させて、全身を羊のようにもこもこの泡まみれにしてから、素手で丁寧に洗体してくれます。ちょっとくすぐったくもあるけれど、きめ細やかな泡の膜に包まれる間は至福のひととき。シャンプーの有無は担当する人次第でした。体を洗うのと同じ石鹸で、洗体の延長でされるというパターンがほとんですが…。
マッサージのほうも、担当者によってかなり手順にも腕前にも差があり、ちょいちょいと皮膚をもんだり肩を叩く程度の人もいれば、「トルコハマム名物」として悪名高い、ボキボキ整体並みに関節を鳴らしにかかってくる涙目必至の手荒マッサージ師にも遭遇しました。。苦手な人は、垢すり&洗体オーダーまでにとどめておくのが良いかもしれません。
混雑具合などにもよるのでしょうが、たった数百円で、専属師がこれらを一人ひとりに対してトータル20-30分くらいかけてやってくれるので、クオリティの凹凸はさておいても相当にコスパがよく、贅沢でありがたい気分に浸れるサービスだなと思います。
トルコ人流アフターハマム&衝撃的なハマム版オロポ
トルコ人が、日本人のサウナ浴のように何セットか浴室と休憩場所を出入りするかといえば、概して答えはNO。垢すりや洗体を終えたあとは、そのまま浴室から出て、更衣&休憩用の個室で横になって休んだり、そばの吹き抜け休憩所でゆるゆるとくつろぐようです。ハマムの浴室では、知人同士の集団で来ていても意外と入浴や洗体に集中していてあまりおしゃべりしている人はいませんでしたが、この空間では、客同士や店員さんと雑談に花を咲かせている人が多かったです。
滞在に制限時間はとくにないので、休憩後にまた浴室に戻ることもできますが、そのような精力的な人はまず見かけませんでした。特に男性側は(貸し切りハマムでは女性も)、洗体後に休憩室での「タオルぐるぐる巻きサービス(写真参照)」も定番だそうです。
また、入浴後は飲み物を片手に体を休める人が多いのですが、ここでやたら人気なのが、真っ白いヨーグルトドリンク「アイラン」。飲んでびっくり、甘いどころか、なかなかの塩味なのです。決して万人受けする味ではないですが(苦笑)、飲むと喉元がきりっとして元気になれるエナジードリンク風ではあります。豆知識ですが、そもそも「ヨーグルト」って、トルコ語起源なんだそうですよ(Yuğurt)。
次回予告。
これまでの記事で、今日のトルコ・ハマムの特色や楽しみ方、体験記は一通り書き切れました。いよいよ最後は、文献を中心にトルコ・ハマムの歴史をひもとき、現代まで優美なオスマン建築とともにこの入浴文化が残り続けている意義について、考察したいと思います。