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イスタンブールHamam(ハマム)旅 導入編

少し前に、サウナ比較文化学旅シリーズ第4弾として、モロッコの蒸気浴ハマムの文化見聞録を書き始めていました。ところがお恥ずかしいことに、私はその時点ではまだ、イスラム圏ハマム文化史の総本山とも言える「トルコ式ハマム」についてまったくの不勉強だったのです。そもそもこれまでの自分は、モロッコ然り西アジア然り、世界の端々のユニークにローカライズされた地方ハマム文化ばかりを先に追いかけ面白がっていたに過ぎなかったことを、ここに自白し反省させてください…

トルコは、黒海南に横たわる日本の2倍の面積を持つ国。
イスタンブール市は、黒海とマルマラ海を繋ぐボスポラス海峡によって、
オクシデント(ヨーロッパ側)とオリエント(アジア側)に分け隔てられている

先日、数日ぽっかり休みができ、ちょうど良い格安航空券が見つかったので15年ぶりにイスタンブール行きが決まりました(トルコのLCC「ペガサス航空」、脅威の安さでヘルシンキや欧州からの往復にはオススメです!)。

15年前(大学時代)はまだ、旅先の過ごし方としてのローカル浴場めぐりなんて考えも湧かず、ハマムも当然未体験。でも今回はもちろん、夫と何よりもまず現地ハマム情報を調べまくり、Airbnbの家主さんにまで情報協力いただいて、観光や街歩きを楽しみながらも1日2軒は新旧様々なハマム浴場に足を運んできました。そして、ハマム文化お膝元の歴史と風格に圧倒されながら、結論「私は本流を何も知らなかった…」と、軽いショックを受けて帰ってきたのでした。

東ローマ帝国時代からオスマン帝国へと継承された
荘厳なビザンティン建築のドーム屋根の下に収まるハマムの浴室。
どんなハマムでもこれが基本様式で、質素そうな公衆浴場でも床や壁は必ず大理石の張石

どこの国や地域にもその土地独自の一期一会な入浴体験があるのだから、例えば「サウナ」を知るのに必ずしもまずフィンランドのサウナを目指さなくても良いいだろう…という考え方も、もちろん否定しません。
けど曲がりなりにもサウナ文化研究家を名乗り、世界中の入浴文化を体系的に理解してみたいと意気込んでいる自分が、定石トルコをスキップしてハマムに精通しようなんぞ、ちゃんちゃら甘かったです。やっぱり、まず歴史的な王道の風貌を知って学んでこそ、そこから枝分かれしローカライズされていった地方ハマムの独自性が、いっそう身にしみるものなのですよね。

というわけで、モロッコ・ハマム編をいったん休眠させ、急遽トルコ(今回はイスタンブールのみ)のハマム編を先に書き上げたいと思います!
これをベースに先日のジョージア編や今後のイスラム国編を読んでいただければ、時や地域や宗教を隔てた、浴場がつなぐ歴史文化の共通点と差異がさらに際立って、広いはずの世界もむしろなんだか狭まって感じられるのではないでしょうか。

誇らしげに、バックヤードの釜の火入れの様子を見せてくれたスタッフのおっちゃん。
彼は火入れの管理もしつつ、片手間で浴室での垢すり師も担当していた

言葉がほとんど伝わらない中、行く先々でDeepL翻訳を駆使し「私たちは世界の公衆浴場の研究家で、ハマムのことをもっと知りたくて…」と切り出すと、細かな質問にも一生懸命答えてくれたり、裏の釜を見せてくれたり、どうぞどうぞと詳細な写真を撮らせてくれたり…、トルコの皆さんはどこへ行っても親切・朗らかで本当にありがたかったです…Teşekkür ederim!!


アジアとヨーロッパが対峙する街、イスタンブール

ヨーロッパ側とアジア側を結ぶ橋やその距離感は、元神戸市民には明石海峡大橋にか見えない…

現在のトルコの首都はアンカラですが、経済や文化の中心であり、この世界的強大国の歴史を培ってきたトルコ最大の都市はやっぱりイスタンブール。人口も1500万人超えと、東京を上回っています。

この街が観光客を惹きつけるのはやはり、街自体が、黒海南のボスポラス海峡を隔てて「ヨーロッパ側」と「アジア側」にまたがっている…というロマンある立地。実際両岸からは目と鼻の先に対岸が見えていて、いくつかの橋で行き来ができるほか、市民の足としてフェリーが忙しく行き交っています。

約20分ほどのフェリー船旅中は、威勢のいい売り子さんが冷たいジュースを売りにやってくる

フェリーは、観光客に使い勝手が良い「イスタンブールカード(プリペイド式の市内交通網の共通カードで、改札をまたいで手渡せば複数人で同時に使い回せるユニークな特性もある)」でも乗船可能だし、各岸それぞれにいくつか港があり、それらを結ぶ複数の路線があるのでとても便利でした。何より航路からの眺望が抜群で、渋滞必至のバスや退屈な地下鉄より断然、移動時間を充実させてくれます。

欧州側とアジア側、雰囲気はどう違う?

観光客と地元民と客引きが入り乱れてカオス状態のバザール界隈

私たちは今回、発着空港自体が、欧州側に2019年に開港した主要空港のイスタンブール新空港ではなく、アジア側にあるサビハ・ギョクチェン空港のほうだったのもあり、アジア側に滞在拠点をとりました。

巨大バザール、ジャーミー(モスク)群、地下宮殿…と、一般的にイスタンブールの観光名所とされる場所のほとんどは、ヨーロッパ側に集中しています。建物や町並みも、かつて「世界の富の3分の2が集まる所」と称されたコンスタンティノープル時代の栄華を礎とする現ヨーロッパ側のほうが、圧倒的に荘厳で見応えはあります。

ヨーロッパ側の観光名所のひとつ、ブルーモスク(スルタンアフメト・モスク)。
いまだに入場無料でありがたいが、信者たちの礼拝優先時間は入れず、外の回廊で待たされる

ですから実際、そもそもアジア側は対岸から眺めるだけで、上陸せずに終わる観光客も多いのではないでしょうか。私自身も前回はそうでしたし、アジア側を歩いているうちは、観光客らしい人にもほとんど出会わず、本当にここは世界有数の観光都市なのか?と感じてしまうほどでした(もちろんヨーロッパ側の観光名所にいけば、どこも炎天下に人気テーマパーク級の長蛇の列ができていました)。

ケバブの仕込み風景はなかなか斬新で目を引いた。薄切り肉を貼り付けて塊にしてたとは!

いっぽう、アジア側を中心に動き回ってわかったのは、まず物価がぜんぜん違う!当然ながら、庶民たちの暮らす住宅街が並ぶアジア街のほうが、the地元価格という感じ。例えばトルコ料理レストランのメニュー内容って、正直およそどこも似たりよったりなのですが、料金はヨーロッパ側のいわゆる観光ストリートと比較しても、2/3〜半額近くは安く感じました。にも関わらず、アジア側のどんなローカル食堂でも、訊けば最低限の英語メニューが用意されていたのは心強かったし感心した!

トルコは言わずとしれた野良猫天国。レストランの廃棄はすべて街の野良猫に回されるから
この国にフードロスはないのさ!とトルコ人がドヤ顔で自慢してた(塩分大丈夫?)
奈良の鹿せんべいみたいな、野良猫用キャットフード販売所まであった

それ以外にも、トルコ人の飾らない日常風景やトレンドや生活水準がよくわかるのは、やはりアジアサイドでしょう。英語は得てして通じませんが、客引きに遭うこともなく、界隈によっては少し物珍しい目でじいっと眺められながら、地元民たちの現代生活をいろいろ垣間見られて楽しかったです。

両サイドに今日残る、ハマム文化の決定的な違い

アジアサイドには、庶民が気軽に通える敷居の低いローカルハマムがまだ残っている

とりわけハマム巡りという目的のもとでイスタンブール滞在するにあたって
は、断然アジア側のほうが面白かった、というのが私たちの総意です。
というのも、トルコ式ハマムは歴史的に、君主や富裕層がプライベート用に造らせたハマムと、大衆が利用していた公衆浴場としてのハマムに大別されます。その区別は今日にも受け継がれていて、ざっくり言えば、ヨーロッパ側にあるハマムは前者が多く、今も予約制のプライベート貸し切りハマムとして観光客向けに運営されているところが目立ちます。いっぽう、アジア側には入浴時間の設けられた庶民的な男女別公衆浴場型ハマムが今でも残り、地元客は主にこちらに通っているようです。

細やかな装飾タイルが敷き詰められた番台や待合室の壁は、
マジョリカタイルが彩る京都の老舗銭湯の風情を思い出させる

もちろん、せっかくなのでどちらにも足を運び、格式の違いを楽しみましたが、やはり公衆浴場オタクとして興味深かったのは、同じ空間で脱衣しながらローカルの日常や作法が垣間見れた後者のほうでしたね。そもそも、両者は利用料金にも5倍ほど差があります(笑)

次回予告。

本編の最初は、やはりトルコ式ハマムが成立、普及するにいたった最初のきっかけを作ったローマ帝国とイスラム社会との接点、そしてハマム建設が推し進められたオスマン帝国の社会的背景など、長大な歴史を紐解かないわけには行かないでしょう。
何を隠そう高校時代、世界史赤点の常習犯で、とりわけイスラム史にはトラウマ級の苦手意識から毛嫌いし続けていたこの私が、「浴場」という夢中になれるワードをきっかけに、20年以上の時を経てどこまで深く切り込むことができるか…自分自身でも、乞うご期待、です(笑)

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