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癌の発見から告知までを語る。地獄の入り口へようこそ。

◆前回からの続き◆

 リハビリをしつつ、家を暇な時間をつい癒した。リハビリの失敗を学び、焦らずじっくり骨が元通りになるのを懐の(お金)心配をしながら精神をすり減らして過ごしていた。

ー思い返せば兆候は何度もあったー

「十年後の私へ」

その日私は思い出した
ヤツらに支配されていた恐怖を…
鳥籠の中に囚われていた屈辱を……

THAT DAY 
ーあの日ー

© 講談社 諫山創 / 進撃の巨人

「ついにたどり着いた景色」を終焉の先に何があるのか。

唐突に病魔は三度襲いかかる。
地獄の一丁目にたどり着いたのです。

備忘録として残します。


2022年☓月○日 午前9:30ごろ

 リハビリも順調に月日を重ねてほぼほぼ歩行ができる状態になり、時折神経痛的な落ち着いた腰痛程度になった頃に、更なる不幸は畳み掛けてきた。午前中、業務依頼を受けていたRPAのコードチェック作業をしてる時に事態は起こりました。

「ズッキーん」

熱く何かが破裂する突き刺すような痛み

骨折の痛み→ ◎ー腰、骨盤ーとは違う痛みが起こった。違和感ではなく単純に腹部が熱く激痛が間隔を空けて襲いかかった

 私は椅子に鎮座しているので可動部分がない上、腰痛にならないようにコルセットをしている。骨の異常ではない。内蔵、下腹部から痛みが発する。

「ズッキーーーん」

©さいとう・たかをさいとう・プロダクション 小学館 / ゴルゴ13

私が知ってる痛みだ。
以前に経験した事のある痛み。
瞬時に思い返すことができたのです。

私の場合は、
正しく焼けるように鋭利な痛みでした。
この痛さをイメージしてもらうには、
診察後の結果論ですが、きっと銃弾で打たれたと同じなのではと今でも同じと思っています。とにかく、熱くて痛い。

この痛みがでたらジエンド! 
この記事を読んだ皆様に知ってもらいたい。

熱くて痛い、この痛みはアカン。 

時間を一旦、巻戻します。


TimeLine

1回目は9年ほど前ー

 私は慢性盲腸として上司と約束した仕事のアポイントがあった日。突然に腹痛に見舞われた。当時の妻は心配し狼狽しつつも、急いで病院に運んでくれました。今でも心の底から感謝しかない。夫婦と家族の絆が存在していた時期で懐かしい淡い思い出です。備忘録ついでに余談を書き残します。アポイントは中止欠席となり元上司には偉い迷惑をかけた。この事態を今でもきちんと元上司に謝罪できてないままですので、いつか謝罪をしたい心残りがあります。それ以来疎遠になっています。また、入院中に妻が私の仕事で陳謝した事を知った時はなんだが申し訳無い気持ちでいっぱいになった。予期せぬ病気などで積み重ねた信用はいとも簡単に崩壊していく。

2度目は5年前ほどの前にー

 仕事中に虫垂炎に襲われ、会社を急遽早退し帰路の途中で駅で倒れ救急車で運ばれてスッタもんだあり、そのまま内視鏡手術に突入して入院した。

 ここでは救急車搬送でもう一つ小話エピソードがありますが今回は割愛します。

スナフキン(私)の病歴タイムライン

いずれれも内視鏡手術を施し完治し、過ごしてきたのです。
痛みは耐えつつ思考を巡らす。


落ち着く対処方法は例の有名なセリフから


「落ち着け、痛みは偶(タマタマ)だ。時期に収まる。」

スッキューーーーん

熱い
腹部が完全に焼かれてるように熱く、痛い

「落ちつくんだ…『素数』を数えて落ちつくんだ…『素数』は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字…わたしに勇気を与えてくれる。2…3…5…7…11…13…17…19」 by プッチ神父 

 ジョジョの奇妙な冒険 /©集英社 荒木飛呂彦

咄嗟に思い出した落ちつく術を漫画のワンシーンから思い出した。

私は素数を数える手段を用いず、
昨日の食べた夕飯のメニューを思い返す事にしました。

「白米」「味噌汁「砂肝」「サバの塩焼き」いづれもセブンイレブンの出来合いでお手軽レンジシリーズだ。独身中年オヤジの夕飯は彩られてオシャレな食卓とは縁遠い。

記憶を巡らせて回答が導きだされた。
病院に行くしかない。それだけが回答だ。

Go to the hospital.

これ。
どこの病院かは重要だった。
手術ができる医療チームが組める規模の病院かつ緊急患者を受け入れる病院だ。町医者ーかかりつけ医ーでは対処はできない事はこの痛みから推測ができた。


話は戻ります。ーー
まさか、病気療養中に虫垂炎、。盲腸炎になるわけが無い。そう自分に言い聞かせて深呼吸を何度もした。

骨折療養中だ、今の病気ー骨が内臓を突き破るなんてまず考えれない

この目で自分の骨折したレントゲン写真は見てる。

何かが起こってる、痛みと不安感は増して行く。
焦ってトイレで転ぶようなヘマも避けつつ、
慎重に迅速に急いで病院に向かった。

まずは、這ってでも病院に行くべし!

 病院について、急患である事を告げた。
慌しく大雑把な事務手続きは後回しで良いみたいだった。直ぐに急患受付に回されて精密検査を受ける事になりました。顔面蒼白で腹痛、急患受付の医師は、最初盲腸扱いのような感じでしたが、盲腸とは違うと瞬時に触診でわかり、鎮静剤の注射を打ちました。そして内科へ移動した。手際が良いのに関心したことを思い返します。

コロナ禍なので相変わらず病院は厳重な体制でしたが、手続きの煩わしさは幾分マシになっていました。医療体制は改善されつつあるのだと感じることができました。本当に医療従事者の皆様には頭が下がります。

腹痛は焼けるような鋭利な痛みは落ち着き、初回に起こった痛みは顕現しなかったので注射が効いたのでしょうか。内科での待ち時間もさほど苦痛なく診察を待ちました。

先生には直前に起こった尿管結石、骨盤骨折とは関係ないと直ぐに診断と説明をしてくれた。まずは採血やDNA検査のような様々な薬品チェックをし、MRIを3つほど入ったのをOK覚えています。

その日は帰宅して次の予約を入れて帰ったのでした。
検査だけで丸々1日かかったのでさらに不安が増し、日数が空くほど 不安ば気持ちが増していったのでした。

尿管結石→骨盤骨折→リハビリ振り出し→まだあるのか! まだあるのかって感じで再訪を指折り数えて過ごしました。


THAT'S DAY

数日後。。。
神妙な面持ちで私は先生の報告を待つ形となり、検査後数日後にしては先生の顔は忘れることはない。

そして、カルテや診断結果の用紙が複数あったのです。

先生:
「落ち着いて聞いてください。」
この一言から始まった。

別室に移動を促されました。
これから話す事は必要ならご家族にも伝えてください。

移動した射影装置とパソコンや様々な医療保険の資料など山積みでした。
閲覧予定の箇所には付箋がはられていました。

以前の病歴や以前した手術の内容も取り寄せていたみたいでした。

先生:
「今から話すことは大事なことです、順番に説明しますね。」
別室に移動を促されます。

何かのボタンを押す音を一緒に目視した。視線誘導で緊張感が伝わった。

先生:
「これから話す事は録画もしますが、法的解釈と思ってください。」

まんま、ドラマや映画で何度も聞くセリフって本当に言うんだーって事です。まじです。

先生:
「あなたはステージ0からステージ1にある大腸癌です」と申告された。

私:
「え、??癌、がん、ガン、GANですか。。。」

もう、頭が真っ白になった。
貧血したような間隔が襲う。

真っ先に思うのは
俺死んじゃうのか。。。

これのみ。
告知を受けると本当に動揺する。

一方の先生はそこまで神妙な面持ちはしてない。
こうも続けた。

先生や病院によって癌の告知は様々です。
癌の種類によっては死刑宣告でもある。
命のやり取りを感じる緊張する瞬間です。

先生:
「恐らく、治る可能性は高いです。」っと言ってくれた。

この時点では、決して(完治)治るって言うことはありませんでした。

生存率の資料や映写スライドが映し出された。
この部屋は録画もされてるのか監視カメラが気になったを覚えています。癌告知は病院によって対応は恐らく違うのだろう。

私はこの”恐らく”という付随する一言が多少気になり、安堵する事ができませんでした。心も気持ちも深く沈んでいく。

シルクスクリーンに映し出された資料に釘付けになった。

大腸癌は早期発見で治療ができる病気ですと説明をして、そもそも、癌とは説明なんぞやから始まる。急ぎばやにステージとはなんぞやと続いた。

大腸癌の特性、種類を終えてまるでチュートリアルが終わった。

もう、医学知識とは縁遠い生活してる身としては覚えきれない。ここからが肝心な説明に移るのが先生の口調でわかる。

顔が真剣になり、死ぬ時期を説明が始まる。
生存率の説明が資料に記されていました。
転移するリスクやステージ末期の説明が始まった。

がんが不治の病と呼ばれていた時代から今日まで、その病名を患者に告げる行為である“告知”は、その是非や方法論が常に議論されてきた古くて新しいテーマです。このテーマを描いた医療漫画作品『ブラックジャックによろしく』のエピソードを思い出した。


生存率


生存率とは、
がんと診断された患者さんのうち、ある時点まで生存されている割合のことです。大腸がんのステージ別の生存率をみると、ステージ0やⅠのような初期の段階では、90%以上の確率で治ります。

ただし、ここで示されている生存率は、多くのがん患者さんの平均的な値です。患者さん一人ひとりの余命を決定づけるものではありません。

大腸がんの5年相対生存率


私は生きれるのです

私の場合、癌は完全に無くなることはない。
それでも、人間は不思議なもので癌細胞をもったまま人生を全うできる。
この病気を理解して付き合えばいいだけ。

リンパに転移しなければ問題なではないか。
説明をうけたかぎり。。。

この時代に生きた自分はラッキーでしかない。


大腸がんの治療方針を決めるうえで、がんがどれくらい進行しているか(進行度)を精密検査で調べ、正しく把握することは、とても重要です。
進行度を把握するためのポイントとなるのは、次の3つです。

ほかの臓器への転移

  • 1. 大腸の壁にどれだけ深く入り込んでいるか

    大腸がんは、大腸の壁のもっとも内側にある粘膜から発生します。
    初めは粘膜の中にとどまっていたがんが、大腸の壁のどのあたりまで入り込んでいるかということが、進行度を判断する基準のひとつとなります。
    この基準は深達度(しんたつど)と呼ばれています。

  • 2. リンパ節へ転移しているか

    リンパ液(体内より排泄された物質を運ぶ液体)が通る管を、リンパ管と呼びます。このリンパ管どうしがつながっているリンパ節に、大腸がんが転移することがあります。リンパ節のがん細胞はリンパ液によって運ばれ、さらに離れたリンパ節へと転移していきます。

  • 3. ほかの臓器へ転移しているか

    大腸がんは、肺や肝臓、腹膜などに転移することがあります。

    これら3つの状態によって進行度を表す「ステージ」が決定されます。
    ステージは、ステージ0からステージⅣまでの5段階に分類されます。
    ステージ0に近ければ、まだそれほど進行していない初期の大腸がんだといえ、反対に、ステージⅣに近づくほど進行しているといえます


もう、私は真剣に聞いてるんだけど、
一向に頭に入らない。それほど癌と向き合うというのは苦痛を伴う。
命の時間を理解するのに苦労するのです。整理がいるのです。

癌は進行を止めない

今回の痛みはSIMを突破したわけだ。
進行癌のステージにはいりつつある。
切除で切り抜けるか否か。。

私の胆力、運、遺伝子、医者の技量すべてが試される結果となった。

開けてみなければわからないという時代ではないそうです。

癌の受容には時間がかかるが、
治療をするのが優先なので、先生はオススメの治療法を説明し選択を迫る。


このようにして
すぐに手術をする日取りを決める運びとなった。

私は幾度も腹痛で2回も内視鏡手術したわけだ。
加齢とともに私は内蔵から既にやられていたのが表面化したのでした。

すっきりモヤモヤが溶けたのはいいのか悪いのか。。。


■留意事項として
 医療情報なので誤解や解釈があってはいけませんので、医者ではありませんが私の理解におよぶ範囲で調べた内容です。また、何より私自身の感じた事、病理と向き合うための備忘録として記載したものです。

※誤字脱字は暇な時に修正します。



ただのオッサンの備忘録ですが、応援コメントなど頂ければ励みになります。