男視点不妊治療日記【第1回】 自己紹介+1人目不妊治療①
こんにちは、サンサンと申します。現在アメリカで働くサラリーマンです。
2人目の不妊治療をアメリカにて開始するにあたり経験を記録に残していきたいと思い筆をとります。
男視点の不妊治療体験記としてお読みいただければ幸いですし、アメリカと日本での手順・思想の違い等書ければと思っています。
まずは私と家族の紹介と一人目の時の不妊治療の内容を記載していきます。現在の年齢は、私38歳、妻36歳、息子4歳の家族で、息子は日本での不妊治療の末、顕微授精により生まれています。
【不妊治療開始までの経緯】
20台で妻とは結婚し、しばらくは夫婦二人での生活を楽しんでいましたが、子供を欲しいと思ってからも2~3年子供を授からない状態が続き、一度検査を受けた上で妊活を行おうということになりました。
私が3歳頃に停留睾丸の手術を受けていたこともあり、まずは私が病院で検査を受けたところ私の精子に問題があることが判明。1回目の診断結果をご参考に記載すると下記の様な数値で「造精機能障害」と診断され、サプリメント服用とレディースクリニックを紹介されそこでの不妊治療をスタートすることになります。
・精子濃度:5.6百万/ml(最低15M以上、通常40M以上)
・精子運動率:39.3%(最低40%以上、通常50%以上)
※()内は当時のメモ参照の為、正確なものは別途お調べ頂ければ幸いです
レディースクリニックに行き、妻も検査を受信するも彼女側には明確な不妊の要因は発見されませんでした。また私も再度精子特性分析を行ったところ同じような結果で先生からは改めて自然妊娠は非情に難しいという結論でした。
通常であれば①タイミング法⇒②人工授精(AIH)⇒③体外受精(IVF)⇒④顕微授精(ICSI)と徐々にステップアップしていくものとのことですが、私側の精子の状態が非常に悪いため、いきなり④にて進もうという結論になりました。
【当時の気持・感想】
■自分の精子の状態が自然妊娠が難しいと知ったときは正直ショックも有りましたが、その後医者からの説明により可能性があることを知り全く悲観的にはならず、治療に進むことができました。医療技術の進歩に感謝です。
一方、幼児時の停留睾丸と不妊があまり結びついておりませんでしたが、過去に私の母親からその手術を受けていたから一度検査をするよう言われていたこと・また依頼に対して思春期の私は聞く耳を持たず反発を行っていたことを思い出しました。心が未熟ではありましたが、ちゃんと検査を早めに受けていればという気持ちです。
■後々多くの方の体験記やブログを見ると、上記ステップアップの①や②で何カ月も浪費してその後③や④に行くという流れも多いようです。女性側の不妊の要因というのはなかなか明確に発見されにくい為、まずはということでそのような順番になるようですが、当方が通っていたクリニックが明確な指針を出してくれたことと要因が明確であった為余計な時間とお金をかけずに済んだのは非常にありがたかったです。
ー第2回に続くー