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『忘れないように』の、忘れたくないこと

忘れたくないと思うことを連ねる、ごく個人的なZINEを作ることにした。その名も『忘れないように』。というのも、2023年に記憶にまつわる強烈な出来事を体験し、記録しておくことについてあらためて考え直したいと思っていたから。詳しい経緯はまた後ほど書きたい。

ZINEというかたちで生み出した荒削りの『忘れないように』は、購入してもらいお金をいただくこと以上に、はるかに嬉しい出来事で溢れている。これはまったくもって想定外。

ZINE作りは長年ずっとやってみたいと思っていて。でも仕事の制作物を優先してしまうがゆえに、なかなかつくる時間を生み出せずにいた。なので、今回のZINE作りは念願叶ったものづくり。とても小さな一歩だったけれど、色んな意味で勇気のいる一歩だった。

自分のZINEを読んでくれる人なんてどのくらいいるのだろう。誰も手に取ってくれないかもしれない。そもそも興味を持たれるテーマなのか。文章はまだまだよくなるのではないか。お金を払ってもらう価値のあるものになっているだろうか。手製本、壊れてしまうこととかもあるかもしれないなど、いろんな不安もありながら、えいと踏み出した。

このはじめての一冊がもたらしてくれた「うれしい感情」をずっと忘れたくなくて、『忘れないように』の忘れたくないことについて、ここに書き留めておくことにした。

初回は吉祥寺パルコの屋上。フェイクの芝生がシートのように区画されていて、自分の場所が分けられていた。オープンしても目の前をさらりと通りすぎる人たち。やっぱり手にとってもらえないか…そう思っているところに、にこにこした女性がやってきて、ZINEを手に取ってくれた。冒頭をゆっくり読み始める。あまりにもじっくり読んでくれるものだから、思わず自分のブースの芝生(スペースがかなり余っていたため)に座って読んでもらうことにした。

自分が書いたものを目の前で読んでくれている。

そのことがとても嬉しかった。彼女はまるでピクニックしながら読書しているかのように、ZINEを熟読し、満足気が顔でほかのブースも見てきますと去って言った。最終的にありがたいことにぐるりとまわったのちに購入してくれたのだが、もし買ってくれなかったとしても、目の前でしっかり文をを読んでくれた。そのことがただ嬉しくて嬉しくて。こんなにも嬉しいことが起こるのだと目の奥が熱くなった。

仕事で執筆するインタビューなどを除き、エッセイは身の回りの人たちに向けて記してきただけだった。なので、こんなにも突然、はじめましての方に読んでいただくのはほぼ初めてに近い。私の素性を知らない人が読んでくれても、面白いと思ってもらえるのだ。これは自分のなかで希望になるできごとだった。

はじめてZINEを買ってくれたのは、どこか懐かしい顔で笑うような方だった。2人組のファッショナブルな女の子。賑やかにブースにやってきて、ZINEを手に取ってくれた。ZINEについて説明すると、きらきらと目を輝かせて聞いてくれた。ほかのブースもこれから見始めるところだっただろうに、「これ書います!」と元気に言ってくれたのだった。逆に驚いてしまった。思わず、他みなくていいんですかと言いかけた。ZINEとお金を交換してしばらく呆然とする。ありがたくてありがたくてこちらがお金を支払いたい気分だった。心のなかにあったかいものが広がり満たされていくのを感じる。自分で作ったものが誰かに届くということはこんなにもうれしいことなのだと思った。

その人の顔にどことなく似ている人を知っている。だから数ヶ月たった今もその人の雰囲気を忘れないし、きっとこの先もそう簡単には忘れないと思う。

大学生時代に私は塾講師のアルバイトをしていた。結構好きな仕事で、5年間(1年休学しているため)ずっと勤めていて、バリバリ働いていた。生徒たちが卒業するときにもらった手紙は宝物。生徒たちのなかにいつも元気で人懐っこい、背の高い女の子がいた。たしか初めて受け持ったクラスの生徒だったと思う。私は彼女の国語担当だった。「増田先生!」と元気よく声をかけてくれる彼女の笑顔に、ZINEを買ってくれた方の顔がどことなく似ていたのだった。Mちゃんはその後、元気だろうか。もう10年以上前のことだが、私はまだ彼女の名前を覚えている。

雰囲気とテンションが似ていただけでおそらくその子ではないと思う。でもそんな懐かしい時代のことを一気に思い返して、国語をせっせとがんばっていた彼女が、あの頃ように元気に笑ってくれていたらいいなと思った。

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