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【小説】蟲を解放つ。【第一話】イントロダクション


 カーテンから入りこむ陽射しで目が醒めた。一瞬、加奈子はここが自分の部屋だと思ったが、にしては間取りから家具から何もかもが違う。
そうだ。ここは私の部屋ではない。
ふと隣を見ると平介が大きな寝息を立てている。
それにしても暑い。暑すぎる。今年は冷夏じゃなかったのか。冷夏と聞いているぞ。
カーテンのせいで神々しく揺らぐ陽射しを軽く睨んだ。
正直、この暑さの中、あの部屋に行くのは憂鬱だ。
 「先生、もう行くの?」
服を着替える加奈子の後ろから家の主、平介が放った。加奈子は笑いそうになる。何が先生、だ。平介は加奈子が大学でTA[ティーチングアシスタント]を務めるゼミの生徒で、二週間ほど前から関係は続いている。
Tシャツは胸の辺りまで寝汗によりびっちょりと濡れている。昨夜、平介との情事を終えた後、空調が点かないことに気がついた。平介はエアコンが壊れていることを自白し、「今年は冷夏だから」と悪びれもせず甘く笑った。
帰ろうかとも思ったが、そのまま寝た。
 加奈子は昨日も一昨日も、その前の日も男の家に泊まった。あの家には帰りたくなかった。
「先生も吸う?」
平介は気怠そうに、パーラメントに火をつけると加奈子に差し出した。加奈子がことわると平介は構わず薄白い煙を吐き出した。
平介は、タバコを燻らす姿がよく似合う。スナオもそうだった。
パーラメントを吸う彼の横顔を見ていると、スナオのことを思い出す。
スナオは加奈子の先日別れた彼氏で、元々はサークルの先輩だった。
地元の国立大を卒業し、一足先に社会人となっていたスナオと籍を入れるつもりで、互いの両親への挨拶も済ませていた。

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