見出し画像

ポニーテールが宙を舞った

僕の部屋の窓はひとつしかない。ベランダに繋がる掃き出し窓。窓を開ければギリギリ洗濯物を干せる程度のか細い隙間から、向かいのマンションが見える。閑静どころか、法律で夜12時を過ぎて息してたら罰せられるのかと思うほどに、灯と音が消えるこの街で。向かいの微かなマンションの通路の灯りが、この街で夜ふかししてるのは自分だけじゃないかと毎度思う。


残暑どころか真夏のピークが未だ鳴り止まない猛暑の気だるさが、室内の文明の利器による涼しさが、狭間の36.5℃をバグらせる。季節の隙間で、下手くそな吸い方で煙草を呑む。昔、ばあちゃんが「あんた煙草は呑むとね?」と聞かれて、呑むってなんなん笑。と言って笑ってたけど、なんかの映画で昔の人の役をやってた満島ひかりがおんなじようなセリフを言ってて、ばあちゃんカッケェやんとなったのを思い出した。


「いい夜は」


普段全く煙草を吸わないから、たまに吸ってる時に芸人仲間たちに聞かれたらこういう風に言っている。


「人生は一冊の本だから。すぐ思い出せるように栞を挟むんだよ、いい夜はさ」


なんやお前とツッコんで貰えるようにたどり着いたエモーショナル。なのに一緒に呑んでると、くらげ渡辺は


「あれ、じゃあ今日はいい夜か」


もはやツッコまず、より良い顔をして浸って夜を見つめて言う。


「わかりますよ」


わかんねえけどって言ってくれ。わかるな。わかっちゃダメなんだよ。


「だよな。」


誰も笑わない俺たちだけが悦に浸るイタい夜が、悦を加速する。こういう夜が僕らには余りにも必要だ。


「最高に美味い生ホッピーを出す店があるんだよ、この日空いてるか?」


「もう最高です」


ベランダでの吸えない煙草の煙が肺に入る前にはもう返事が来る。いついかなる時もマッハ返信の渡辺。本当に毎回秒で返してくる。はじめの一歩の宮田を超えるクロスカウンター。こいつは多分ジョルトの構えでスマホ持ってる。速度と信頼は比例する。そんな渡辺がM-1で決勝行った時だけ返信が3時間遅かった。この3時間が、いつもと違うこの3時間が。どれだけ沢山の人から祝福のLINEが来たのだろうと思ったら、途方もなくグっと来た。家族や地元の友達、芸人仲間、僕の知らない渡辺を知ってる人たちからの声も届いただろう。想像しただけで泣けてくる程に心が動くのだから、当の本人の心は格別に違いない。なんて美しく尊い時間なんだろう。


今日、キングオブコントの決勝進出者の発表があった。


準決勝の二日間が行われたのは1週間前。Xではトレンドに「キングオブコント」がもちろんのように上がっていて、ウケた組のコンビ名が上がっては、ウケていた、私は好きだったと、各々の感想でひしめき合う。


そこにまたしてもサンシャインの名前は無かった。今年も僕らは準々決勝で敗退。ここ4年はずっとここで負け続けてる。勘弁してくれよ。優勝どころか、決勝どころか、またしても準決勝も行けなかった。とにかくネタを作るしかないと100本作った年もあれば、それでもダメで。じゃあもっだとそれ以上のペースで作ってやってもダメだったから、逆に気負わずペースを減らして楽しもうとやった年もダメで。それで今年はちょうどいい具合の、本当にちょうどいい負荷がしっかりかかる感じのペースで新ネタライブが出来ていて、自分たちの中でも自信のあるネタが出来ていたから。自分たちや周りの人たちからも反応が良く、今年はいけるぞとのぶきよと話して。今年こそはと息巻いたものの、結果はまたしてもまたしても。


準々決勝、当日。ミスもなく思い切りやりきれたがいつものところで思うような反応が無かったりして、爆発しきれなかったのを体感でひしひしと感じた。上手くSNSや他のことも器用に出来ないし、2人ともネタが好きだから、とにかくネタを愚直に真摯にやろうと決めてやってきた今年。変わらない不甲斐ない反応に、ほとほと嫌になって途方に暮れた。それでもわずかな一縷の望みに託すのだから、しょうがない。
結果発表の日までの間、ずっと気が気じゃなくソワソワして。公式サイトで発表する時間の前まで気を紛らわす為に、1人で家で酒を呑み、案の定発表の時間には寝落ちしてて、起きた時にはもういくらかの時間が過ぎてた。バッと目が覚めてスマホを見て、誰からもLINEが来てないことで落ちたんだなと結果を見ずともわかった。受かった時はみんなから連絡くるもんな。


その日は一日中、夜通しビートルズを流してソファでふて寝した。「どうやったらあんた達みたいになれるんすかね?」海を超えた何十年も前からのレジェンドに、少しでもあやかろうとしたものの、案の定なんにも答えてくれず、ジョンとポールは軽やかに愛を歌って。流石にこりゃ売れるわと1人で見慣れた天井に呟いた。


ボーと寝てたら腹が減って、金が無いくせに近くの寿司屋に行った。芸人は何故か負けた時こそいいものを食おうとする習性がある。なんなんだこれは。パチンコでも勝った時より、大負けした時の方がいいものを食う。ヤケクソなのかなんなのか、こうなりゃとことん負けてやるよと、負けを楽しんでいるのか。日々の1パチならまだしも、年一のこの大勝負で負けを楽しむなんてたまったもんじゃないよ。カウンターで、大将の夏のお任せ特上にぎりを頼む。どうせ散るなら派手にだよな。なんで金ないのにこんなので無茶すんだよ。最後の花火に今年もなったな。何年経っても思い出したくねえよ。


そうこうしたら、近所に住むさんだる堀内もたまたま来て。さんだるは同じコントユニットもやってる仲良い同志で、同じ理由で来たことは言葉なくても重々わかった。


「だよな。」


僕らは黙々と最後の花火を食べた。




それから3日後、僕は海で空を飛んでいた。


飛人間コンテスト。 


読み方はとびにんげんとさせてもらう。この日僕たちは確実に空を飛んだ。


きっかけは先生の一言。


「うちの別荘に皆でおいで」


先生というのは、漫画家の東村アキコ先生。「東京タラレバ娘」「海月姫」「ママはテンパリスト」など他にも名作だらけの漫画界の生けるレジェンド。


少し前に「イワクラせいやの警備保障」というみんなのルームシェアを覗くという番組の企画で、滝音さすけとラブ人間金田さんのシェアハウスで集まってみんなで呑んだ。その時に集まったのがニッ社辻さん、シカゴ実業山プロさん、蛙亭イワクラちゃん、カメラマンの日和くん、東村先生。そして今まさに絶賛放送中の大河ドラマ「光る君へ」に出演している役者でミュージシャンの渡辺大知くん。
とんでもいかつい面白メンツで集まった家呑み。カメラマンの日和くんはまさかの前回のコント犬の時のフライヤーで写真を撮ってもらっていて、めちゃくちゃ濃いいナイスキャラと撮る写真がとにかく素晴らしくて。めちゃくちゃ印象に残ってたので、このメンツの会で再会出来て嬉しかった。そして渡辺大知くんは完全に黒猫チェルシーのバンドはもちろん、役者としての作品も「色即ぜねれいしょん」から観てるのでめちゃくちゃ緊張したが、とんでもなくいい人で一気に打ち解けられた。2人ともいっぱい喋って仲良くなったし、途中抜け出してコンビニでアイス一緒に食ったし、もう勝手に仲良し先輩面をさせてもらう。完全に勝手に。


このメンバーで夜通し大いに盛り上がり、夏に東村先生の別荘にみんなで遊びに行くことになった。


LINEグループ名は
「先生と夏休み」


過疎化の進む島の小さな小学校、先生と僕らだけの秘密の夏の思い出。


みたいなストーリーの絵本のタイトルがついた。夏の匂いがする。絵本とは真逆の、30台後半たちでひしめく、めっちゃくちゃに大人だらけの、燻した肴と酒の匂い、煙草の煙に包まれた、僕たちの真夏の大冒険がはじまる。


皆のスケジュールをすり合わせるのも大変で、一泊二日の予定で開催。イケる人だけが、前日から前乗りしてもう呑んじゃおうという感じだった。前乗り出来そうなのが、先生と僕と金田さんの3人だったのでこれはしっぽり語り合う感じで前夜祭かなと思ってたら、蓋を開けたらまさかの全員前乗り出来るということで、もはや二泊三日。先生と夏休みはいきなりトップスピードで幕を開けた。


大自然のロジャーさんと、東村先生のアシスタントをやっていて今は独立して連載もされてるアビディ先生も参加。このアビディさんがもうとにかく仕事が出来まくりで芸人顔負けの話術と行動力で、数時間後には僕らはもうアビ兄と、直属の芸人の兄さんのように接せた。


先生の別荘はとにかく凄くて、オシャレな家具やテラスからの絶景やらなにやら、すべての目に入るものに、すすすすすすげぇ〜〜と全員で漫画のようにテンション上がった。人生で初めて、ザ・別荘というものを味わった。


「絶対に何も買ってこないでね!絶対に!!本当によ!絶対に!!!!」


ダチョウ倶楽部さん顔負けの、先生の前日かららの念押しが凄くて、これフリじゃなくて本当になんか持っていったら怒られるんじゃないかと思ったけど。本当に何も持っていかなくてよかった。人間が300年は困らないぐらいの酒があった。


頂き物とかも沢山あって1人じゃ呑みきれないのよと。僕ら酒呑みからしたら、大天国。痛風さんいらっしゃい。嬉しみよこんにちは。


前夜祭、食卓に先生の数えきれない手作り料理とボウル一杯のカットオレンジが並ぶ。先生がテキーラを持って言った。


「まあみんな適当に座って肉食って酒飲んでタバコ吸ってくつろいで」


ロックンロールが鳴った。その瞬間、先生は完全にロックスターだった。あまりのかっこよさに僕らは笑った。もしかしたら先生はアイラブユーと言ったかもしれない。
僕らはいっせーので、眉間にシワ寄せオレンジにかぶりついた。


それからはもう海賊のような大宴会。みんなで飲めや歌えやのカラオケ大会。ブルーハーツの「人にやさしく」を歌い、誰かが流したビートに乗って即興でラップバトル。褒め合うだけのラブリースタイルダンジョン。


遠くに海が見える、周りに何もない獣道を越えた山の頂にポツンとあるロッジ。衛星から見たらそこだけが轟々と燃えているようだったろう。


途中雨が降ってきて、誰かがはっぱ隊のYATTAを歌って。なぜかバルコニーに1人ずつ、やった!やった!と踊り、増えていく隊員。僕はトイレに行ってきますと言い、急いでお風呂場でシャンプーを取り、雨で洗髪踊りした。洗髪踊りてなんだよ。そんなことはどうでもいいんだよ。そんなことより、


「生きているから、ラッキーだぁー!!」


全ての疲れは雨と共に流れ、奇妙な村の伝統のように、僕らは踊り笑い続けた。


リビングに戻ったら、渡辺大知くんが「流石の瞬発力っす!!」と笑って褒めてくれた。鍛えてよかった、瞬発力。


次の日は昼から海に行った。地元の人だけが知る、小さな浜辺。地元の家族やカップル、子どもたちもいて、ビキニパンツで肌を焼いてるビーチボーイズの時のマイク眞木そっくりのおじいさんもいて、それがなんとも最高だった。 


砂浜にいっかい埋もれてみたいというロジャーさんの願いを叶えるべく、大の大人10人くらいでせっせと砂を掘り、ロジャーさんを埋めて記念撮影。スイカ割りをしたいというロジャーさんの願いを叶えるべく、ブルーシートに大人10人が全員で、右!左!まっすぐ!上!!上ってなんやねん!!と叫び、見事割れて記念撮影。


あの日ビーチの視聴率100%の主役は紛れもなくロジャーさん。振り下ろした棒はスイカの端っこに当たったけど、とつてもないパワーで見事スイカは花火のように打ち割れた。


そして始まった、飛人間コンテスト。海の中で、みんなでただただ上に人を持ち上げて、高く遠く投げるというコンテスト。の決勝に参加している高校生たちのひと夏の記憶。というていで、アラフォーの僕たちは1時間何度もただ飛び続けた。


「1、2の3で、まずしっかり持ち上げて」「水着の海パンの水抜きをしっかりしよう!」「力あるやつは上半身の方に集まれ!」「はい!!!」


今後絶対に言うはずのないアドバイスとやり取りを繰り返して、僕らは回ごとにどんどんと飛距離を伸ばした。誰よりも高く、誰よりも遠くへ。


東村先生のポニーテールが宙に舞って、青い空に揺れた時。僕たちの夏も遠くに飛んでいって。その瞬間、その瞬間に僕たちはいつのまにか永遠になったんだ。


大河ドラマの撮影のため途中で帰ることになった大知くんに、


「今からどこ行くの?」


「ちょっと平安時代に」


という唯一無二のくだりも生まれた。最高だよ。かけがえがなさすぎるぜ。


最後の夜は、バーベキュー。とにかく先生の仕込んだお肉や手料理が美味すぎて、そしてアビ兄の手際が良すぎて、完全に二泊三日で4キロ太った。炊き立てのとうもろこしご飯、そして宮崎弁の先生が作ってくれたうま煮は、実家のばあちゃんのうま煮を思い出して、懐かしくて美味しくて、泣きそうになった。


イワクラちゃんがくれたタトゥーシールをみんなで貼り、アスタリスクを付けた腕で世界1ダサく煙草を吸ってみんなが笑った時、もう全然ダサくてもいいわと思った。


あぶねえ。本当にシールでよかった。僕たちはシールぐらいが1番良い。シールをくれたイワクラちゃんはとうもろこしご飯持ったまま寝落ちしてた。


宴の最後は金田さんがギターを弾き、みんなで今日の思い出を歌った。もうカラオケじゃなく、即興で歌った。なんで歌うんだよ。ミュージシャンでもなんでもないのに、芸人の僕らは何故か即興で歌った。なんならマンガ家のアビ兄が1番に歌って、100点の歌を嗚呼叩き出した。なんでだよ。凄すぎてもうこの時からずっと芸人の先輩として完全に認識した。
とにかく金田さんがギターで魔法をかけるから、僕らはただ気持ちよく歌えた。みんなが一曲ずつ歌って、ロジャーさんだけ8曲ぐらい歌ってた。もうこれはロジャーの夏休みだ。とにかくもう、忘れられない楽しい嬉しい遅い夏休みだった。




それから何日か経った8月の末のこと。またしても例年の如く、台風が姿を現し。九州の農家の息子として生まれた僕には台風なんて慣れっこだけど、この日は劇場の出番があって。無限大からの帰り道。100年に何度もある、未曾有の大台風の予想は思っていたほどの威力は無く、なんてこたない小雨かと。運動で歩いて帰るかとスタスタ帰っていたら、突然の大雨。そして強風。これこそ台風。ゲリラもいい加減にしてくれよという大雨で、電車は止まり、タクシーも捕まらない。どうせならもう濡れて帰るかと、2日前になったギックリ腰のせいでキツく巻いていたコルセットを、強く締め直した。とことんだよな、人生は。なんだよ本当に。なんでだよ。うまくいかねえな。なんでだよ。なんで上手くいかねえんだよ。勘弁してくれよ。気づいたらボロボロ泣いていて。



ずっと泣けてなかったから。今年も優勝しようと、絶対に勝つんだと、心臓振り絞ってもがいた日々の結果は、ひっくり返ることもなくいつもの日々で。いつもは悔しくて涙が出るけど、今年はなんか全然出ねえなぁ、これじゃダメかぁ。いやむしろ前向きに楽しんでお笑いやれてるからいいのかなぁ、そんな風に思っては繰り返して、消化不良だった心が。台風のおかげでホロホロとほどけて、馬鹿みたいに涙が流れた。ああ、そうか。とてつもなく悔しかった。悔しかったんだなぁ。お笑いだから、いいんだよそんなのは。いつまでやってんだよ。表に出すなよ、そんな感情は。そう思ってるうちにどんどん固まって、自分の心を騙してたなぁ。平気なフリして。でもやっぱり我慢してたのか、ごめんな、1番だせえよなそんなの。そんなの1番嫌いじゃねえかよお前が。


帰って、東村先生の「かくかくしかじか」を読んだ。一気に読んだ。夢中に読んだ。先生の自伝漫画。その中に出てくる、東村先生の学生時代からの絵の先生の言葉。

「描け」

負けてからなんにも思いつかないし、なんにも思いつく力もなかったけど、無理くり必死に書いた。そして出来たネタが、


「台風の殺し方」


なんだその、武井壮がもしも農家だったら、みたいなネタ。どう殺すんだよ天変地異を。早速次の日の新ネタライブで卸して、全然ウケなかったけど、全然良くないけど、全然良いよ。書けてよかった。どうせやめないんだから、どうせこれしかないんだから、書くしかない。書くしかないよな。


10月11日。1日大宮でのイベント。アイロンヘッドさんの主催で、いつもやってる新ネタライブ「優勝」のコーナーバージョン。とにかく泣くほど笑った。呆れるぐらい笑って、完全にスベッた瞬間もあって、それでも笑って泣いて元気が出た。合間に寿司食わせてもらって、帰ってもスイッチ入ってスーパーで値引きの刺身を買って、芋ロック呑んであたりめ食べたら前歯が取れた。日付けが変わってお笑いの日。キングオブコント決勝。僕は出ないけど、劇場に出る。お笑いをやる。やるだけだ、どうせやるんだから。どうせ愛してるんだから。


1本目の漫才道場の朝は早い。歯医者が空いてない。行く隙間が無い。歯には隙間がある。やかましいわ。もういいよ、やかましく生きよう。せっかくお笑いのある世界に生きてるんだから。


いつも購入、サポートしてくれる皆さんありがとうございます。日々は感謝にまみれて、生活はありがとうで溶けます。絶対に絶対に、何回言うんだよと言われても、何回も言います。絶対に諦めないですからね。任せてください。最高の結果で、恩は100倍で返しますから。張り切って待っててください。


ここからは思い出や想いを深いとこふみこんで、心臓めがけて。

ここから先は

976字 / 24画像

¥ 300

読んでいただきありがとうございます。読んで少しでもサポートしていただける気持ちになったら幸いです。サポートは全部、お笑いに注ぎ込みます。いつもありがとうございます。言葉、全部、力になります。心臓が燃えています。今夜も走れそうです。