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拘置所の窓からは太陽が見えへんねん ~映画「Mommy」和歌山毒物カレー事件を再考する~

おはこんばんちは。寸尺かんなと申します。
『マミー』という映画をご紹介します。
和歌山毒物カレー事件という、世の中を震撼させた事件のドキュメンタリー映画です。
1998年の7月25日、夏祭りで振る舞われたカレーにヒ素が入っていて、60数人の方が救急搬送され、そのうち4名の方が亡くなられた事件です。
 
この事件は、毎日のように現場から中継が行われ、連日のように報道されました。そのさなか、事件現場の近隣に住んでいる林家という家族にフォーカスが当たるようになっていきます。
夫の健治さんは非常におしゃべりで、メディアにサービス精神を発揮し、いろいろよく喋る人だったので記者たちが群がるようになり、そこで迂闊に漏らした保険金詐欺の自白によって、事件が思わぬ方向に舵を切っていくことになりました。
 
私もこのニュースはすごい衝撃を持って当時見ていましたが、林眞須美さんが捕まっても、何の疑いもなく犯人が捕まったなという風にしか思っていませんでした。ところが、この映画は林さんが冤罪の可能性が極めて高いということを訴えるドキュメンタリー映画です。
 
「林眞須美は、多分やってないよ」
私は関西の人間なので、和歌山はすごく身近な場所です。仕事の同僚や、身近にいる人の中にも和歌山出身、今も和歌山に住んでいる人はたくさんいます。
 
「おそらく、林眞須美は無実だよ。これは冤罪事件だよ。」
という声を、何度か聞いたことはありました。でも、そういう話を聞いても、「ふーん」という感じで聞き流していました。根拠のない噂もあるし、当時の報道を思い出してみても、死刑まで確定している人が実は無実だなどとは、とても信じられませんでした。
 
ところが映画を見たら、いかにいい加減な根拠に基づいて、林眞須美さんが罪をかぶせられているかが、わかりました。
この映画は、実際の裁判資料、目撃情報、閲覧可能な資料にはくまなく目を通し、二村監督自ら取材しています。

映画『Mommy』パンフレット

検証1:ヒ素入り紙コップ
まず、林眞須美さんがカレーにヒ素を入れたという目撃証言を、実際に検証してみせます。住宅のガレージに置いていた2つのカレー鍋を、当番が交代で見張りしながら炊き込んでいました。この時、眞須美さんが紙コップから何かを鍋に入れると白い煙が上がったとかいう目撃情報を、再現します。
 
ガレージの向かいの住宅から見ていたという目撃情報は、最初は2階建ての家の1階リビングから見ていたと言っていたのが、途中で2階から見ていたと証言を覆していることがわかりました。
しかし2階の窓からだと、駐車場で林眞須美さんが当番していた側のカレー鍋は絶対に見えないことがわかりました。それにもかかわらず、この証言が採用されているのです。
 
検証2:近隣住民への怒りという動機
次に、有力な動機とされていた、林さんがカレー当番をしている主婦との間で言い争いになったという証言も検証します。この言い争いでカッとなった眞須美さんが、自宅からヒ素を持ってきて、衝動的にカレーに入れたという話は、当時まことしやかに報道されていました。
 
ところが、炊き出ししているガレージの近辺で休憩していた、飲食店アルバイトの青年が、眞須美さんと主婦が当番しているところをちょうど目撃していました。言い争いや、眞須美さんが激昂したところは一切見ていないという、重要な証言をしています。けれども、実際の裁判ではこの証言は、証拠として採用されませんでした。
 
検証3:ヒ素鑑定とメディアスクラム
ほかにも、おかしな点がいろいろあります。
林さんの家から見つかったヒ素と、カレー鍋から発見されたヒ素が同一のものだと証言した科学鑑定も、実は不確かな鑑定だったということがわかっています。
 
さらにマスコミ、特に朝日新聞が誤った情報に基づいてスクープをスッパ抜き、ここでワーッとマスコミ報道が加熱して、一気に林眞須美さんが黒だという流れが決定的になってしまいました。マスコミ報道、そこからの警察、司法、検察、全てが林眞須美さん犯人説の方へ、どんどんどんどん歯車が回っていきます。
 
映画制作のきっかけ
この映画を監督した二村監督は、まず、林夫妻の長男の著書を読み、カレー事件とえん罪の可能性に関心を持ちました。長男の浩二さん(仮名)は、本やSNSを通じて、母はおそらく無実だと発信し始めていました。これを目にした二村監督が、当時の資料を調べてみたら、今まで公表されていなかった事実が複数出てきたので、4,5年かけて取材し、その模様をYouTubeのシリーズ動画として発表しました。それをまとめたのが、この映画です。
 
私がこの映画を勧めたのは、この映画を見に行くという行為そのものが、ある種のプロテストになると思ったからです。声高に、「司法は信じられない」とか、「警察は国家権力だ」とか、そういう左翼的な運動をしなくても、何かおかしいことに対して是正が必要だと問題提起できます。多くの人がこの映画を見ることで、変化を起こせるかもしれません。
 
この映画は、エンターテインメントとしても非常に面白い映画です。不謹慎かもしれませんが、商業映画である以上、エンタメ性はとても重要なファクターだと思います。いったい、真相はどうだったのか?いろいろな角度から検証を積み重ねていく推理サスペンスになっています。最後に面白いオチもあり、とにかく面白いので、ぜひ見ていただきたいです。
 
無実である側が、全然、真っ白な人じゃないというところも、現実味があるなと思いました。
林健治さんたちが、保険金詐欺をやっていたことは本人も認めていて、そのような極めてグレーな一家が、たまたま不運にも事件現場の近くに居合わせてしまったことで、罪を被せられたというふうにも見えます。そして、いまだに真犯人は逃げおおせているという事実も、見逃せません。
 
「目」に注目
嘘を言っていない正直な人の目、そして、取材を受けている、何かを隠している、あるいは保身で話している人たちの目の表情の違いに、注目してみてください。
林眞須美さんに死刑宣告をした裁判長は、すでに故人ですが、この事件で昇進しています。朝日新聞で誤報した記者も、その後、出世しています。
しかし、自身の犯罪までもすらすらと正直に話す健治さんの、まっすぐな目。林眞須美さんを犯人にしてしまった人たちの何か後ろ暗そうな目。この両者の目の表情の対比が、興味深いのです。
この映画は、公開直前に長男の浩二さんがSNSですさまじい誹謗中傷に合い、公開が中止され再開が危ぶまれていたのが、ようやく上映される運びになりました。かなり踏み込んだ内容なので、いつまた公開中止になるかわからない際どい映画です。見られるうちに、劇場で見に行かれることを、お勧めいたします。
では、ごきげんよう。
     

※この原稿は、8月14日 配信のStand fm.を記事化しています。

https://youtu.be/yDTLYUKRQm0


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