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転生しない移動音楽団日記②〜1人と12匹の出会い編〜

【Episode:1-旅の始まりとコメット】

12匹がそれぞれ寛いでいる頃、私は別室で昼に起きた不思議な出来事を振り返っていた。ホムになる前の人間が直接迷い込むという話はやはり聞いたことがない。
移動音楽団の活動で沢山の街や国、小さな島まで回るため情報は山程手に入る。それらをデータに記録してまた新たな旅に出るのだが、いくら漁っても記録にはない。

(この世界で何が起きているんだ?)

そもそもゲームにはチュートリアルというものが…というのはさておき、スマホアプリなのだから。
わかっている。割り切っている。ここは現実ではない。ここは…。

「そういえば、日記を付けようと決めたっけねぇ」

ふと、出合いに耽って筆を執ると決めた事を思い出した。ガラにもないなぁ、なんて1人苦笑しながら新しいノートを探そうと棚を漁る。
この世界には何でもある。PCの様なデジタル媒体からお洒落なノート、羽根ペン、インク瓶、誰かが書きかけた日記帳、色鉛筆にクレヨンに絵の具も。あれ、消しゴムは殆ど見た事が無い様な…?

__ドサッ。

足元に視線を落とすと、旅先の商人から貰った青い表紙に金の鍵が付いた日記帳。鍵付きとは、これは最先がいいねぇ、雰囲気を出して羽根ペンとインクで書いてみよう。
誰かに読まれたらいじり倒されるに決まってるんだ、あのおちゃらけた12匹はさぁ。
慣れない事をする前の下準備が重要なのはきっと万国共通。念の為、記録データと記憶の擦り合せをしよう。

出会った順番は、コメット、えにし、メロウ、ホタル、アカネ、若葉、ラズベリー、スピカ、桃、みなと、遥、ヒバリの12匹。
照らし合わせるまでもなかったかな。大切な大家族だ、間違えるはずがないよねぇ?

金色の羽根ペンと古い紫色のインクが入った瓶を机に用意し、日記帳の鍵をカチ、と開けた時だ。
突然ぶわりと風が吹いた。

かと思えば、人間の姿の自分がギターを持ってリヴリーの世界を1人歩いている映像…幻影?
何だ?今の私が空から見下ろしている?
だが間違いない、あれは紛れもない現実の自分だ。
どこで手に入れたのか覚えていないが、何故か初めから古いギターを持った状態でゲームが始まったのは確かだ。

「これは…?何が起きてる?」

ホムの通行人も空中に浮いた私に誰1人気付かない。それに、人間の姿の私にも気付かない。そもそもこんな記憶はない。
私は昼間のお客人と同じ様な体験をしていた?
覚えがない。理解が追いつかない。
1つ文句を言いたいのは、私は大の高所恐怖症なんだよねぇ!

こちらのブーイングに関係なく、訳の分からない現象は進んでいく。人間の私はギターを抱えたまま、まだ冬の寒さが強く残る古い街を歩き進む。
迷路の様な宛もない道を彷徨いながら。
一方で見下ろす私は、高さはさておき「有り得ない」で考える行為を放棄し始めた頃だった。
はたと、気付いた事がある。

__音が、何も聞こえない。

寒気がした。
街の喧騒も風の音も、声は勿論、足音などの一切が存在しない。人より耳が良い私は頭がおかしくなりそうだった。

(1人なの?)

ぼんやりと、声が、聞こえた?
ふと街に目をやると、人間の私の目の前にモノコーンがちょんと座っていた。
少し汚れているが、美しい空色の毛。額から生えた先が丸いグラデーションの角。耳のふわりとした巻き毛が特徴的な子。
だが相変わらず他の音は聞こえない。

(あぁ、そうだよ。君は?ここはどこなんだい?)

私の声だ。どうやら耳で聞こえている訳ではなく、直接頭に流れ込んでいる様だ。凄く籠もった音で聞こえづらい。
動悸が激しく変な汗をかいている感覚はある。なのに心臓の音すら聞こえない。

(名前はないよ。キミはそれ、何を持ってるの?)
(ギターだよ。何で持ってるんだろうねぇ。)
(何に使うの?)
(楽器さ、私はミュージシャンなんだ。)

あれよあれよと進んでいく有り得ない会話と景色に、もうどうにでもなれと思考停止した。
無理もないだろう?ゲームの隠しイベントか何かなんじゃないのか?

(ミュージシャン!弾く?歌う?)

弾む様な明るい声に、人間の私は1つ頷く。モノコーンは喜んだ顔で駆け寄って、器用に角を使ってひょいと背中に乗せて歩き出した。
いきなり覚えた既視感。背筋が怖気立つのを止められない。何を見せられている?

途端に街の音が一斉に「聞こえた」。間違いなく、しっかりと耳で聞こえる。
モノコーンの背中に乗って、ギター?
これは今の音楽団のきっかけとなった場面なのか?

「私が乗せて歩くから弾いて歌いなよ!」

次ははっきりと声も聞こえた。
またもや追い付かなくなった頭を余所に、最初は驚くだけだった人間の私はニヤリと笑い、よいしょと体勢を直してギターを鳴らす。
沢山の人がモノコーンとの演奏行進を、手拍子と時々指笛混じりに喜ん聴いてくれている。

姿は人間のままなのに、急に目視出来る様になっている?あれだけ探しても出て来なかった情報がここでは起こっているのか?
疑問符だらけ。いよいよ頭の容量オーバーで目眩がしてきた。

何を演奏しているかなんて確認する余裕が無いままやがて拍手と歓声が起こり、モノコーンから降りた人間の私はお礼を伝えていた。

「ありがとう、楽しかったよ。」
「私も楽しかった!キミ凄いねー!」
「言ったろう?ミュージシャンだって。じゃあ!」

さよならは寂しいけどねぇ、と笑いながら立ち去ろうとする私に、待って!と強く呼び止める声。
キョトンと振り返る人間の私を、今度ははち切れんばかりの鼓動を抑えられないまま見下ろす。

「私…キミと一緒に居たい!ちゃんと言うから…これから出会うみんなに、ありがとうって言うから!名前、教えてほしい!私にも名前を付けて!」

あぁ…やっぱり。
私が大好きなアーティストの歌詞に似た言葉。ありがとうって言うから…か。そうか、そうだったよ。

「私は夕月。そして今日から君の名前はコメットだ。よろしく頼むよ、新しい家族!」

ここからはチュートリアル通り、おそらく初期の拠点であるアイランドに飛んだのだろう。風のように揃って消えてゆく。
見下ろしていたはずの私は、いつの間にか羽根ペンを持って日記帳の前に座っていた。

私がアプリをインストールして、最初に選んだのがコメットだ。
大好きなアーティストの曲と世界観でゲームを楽しもうと、あれこれ設定を考え「こんな出会いだったら素敵だねぇ」なんて妄想していたら、あっという間にコメットに惚れ込んだんだ。

だけど最初は基本のネオベルミン種のはずだが?
今と変わらない姿をした最初の家族。
何だ?白昼夢でも見ていたのか?

「夕月ー、どうしたの?」
「ああ、コメット。いや…少しうたた寝していたんだ。片付けたら行くよ。」

日が少し落ち始め、コメットに扉をノックされるまで呆然としていた様だった。まだ仕事をしない頭を振り切り、返事をしてから手元を見やる。

「全く…ぞっとしないねぇ、何が起きてるんだ?」

日記帳には先程の有り得ない光景が、紫色のインクでしっかりと書き記されていた。

明らかに私の筆跡では無い文字。
当たり前だ、私は訳も分からず空中にトリップしていたんだ。
そしてこんな明朝体のレタリングの様に整った文字を、書けと言われても書けるはずがない。

震える手で日記帳の鍵を閉め、一旦机の引き出しに仕舞う。白昼夢では無かったのか?
資料が無いんじゃあ、今すぐに出来る事は何も無い。後日また改めてじっくり探す事にする。

ならせめて家族達の前ではいつも通りの私でいようじゃないか。

陽気で気さくな団長。
12匹との「新しい出会い」が今、始まる。


続きはこちらから。
__それではまたお会いしましょう。


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