うさぎが死んだ日
昨年の秋に長く飼っていたうさぎが死んでしまいました。プロフィールにも「妻と、3歳の娘と、うさぎの4人暮らし」と書いていたので、亡くなった事のお知らせをしようと思い、その時に書いていた文章をアップしようと思い立ちました。一緒に過ごした時間を振り返るとまだまだ寂しいけれど、自分の中で良い思い出になりはじめています。
秋晴れの水曜日の朝、一緒に暮らしていたうさぎが死んだ。
毛色はオレンジで、うさぎにしては短いぴんと立った耳が特徴の女の子。
前日から足腰が弱り立ちあがれなくなっていたので、先は長くないなと妻と話していた矢先だった。
気持ちの準備があったからか、酷く落ち込むこともなく、寝巻きのまま亡骸を呆然と眺めていた。
早朝に亡くなったらしく、まだ体温の残る小さな体を撫でながら、彼女と過ごした9年間を思い返す。
彼女が家にやって来たのは妻と結婚してすぐのことだった。
当時は仕事の都合で長期出張に来ていた静岡県で、妻と2人暮らし。
マンスリーのワンルームの生活で僕の帰りを待つだけだった妻は、寂しさもあったのか、週末に訪れたショッピングセンターの側にあったうさぎ専門店の看板を見つけて、行きたいと言い出した。
僕自身小動物が好きで子供の頃からハムスターやモルモット、小鳥を何匹も飼っていたこともあり、お店に入った時点で家に迎えるつもりになっていた。
初めて会った彼女は生後1ヶ月。
とても小さくてか弱かったけれど、うさぎにしては短い耳や、低い鼻。顔に対して大きすぎる真っ黒な瞳に魅了されてしまい、すぐにクレジットカードで購入した。
「カードでうさぎを買うなんて思わなかった」などと言いながらも、気持ちが高揚しているのが分かった。
新しい家族を迎え入れる喜びに、胸がいっぱいになっているのだと。
充分に免疫がつく生後3ヶ月を越えてからでないと家に連れて帰ることが出来ないので、その日は短くお別れをして家に帰った。
僕も妻もとても喜びで興奮していた。
その日から新しい家族が家に来るまでは、毎日うさぎのことを調べたり、部屋の掃除をしたり落ち着かない日々をすごした。
2ヶ月後家にやって来た彼女はとてもはつらつとしていて、警戒しつつも走り回ったり、僕の脚や妻の顔を低い鼻でつついては、可愛らしい仕草で僕たちを喜ばせてくれた。
そこから仕事や家庭の事情で3回引っ越しをした。
新しい環境におかれることが大きなストレスになる小動物にとっては良い事ではなかったけれど、彼女はすぐに馴染んでくれて僕たちを安心させてくれた。
仕事から帰り、シャワーで汗をながして食卓に着くと、タイミングを見計らったように一緒に餌を食べ始める。
一緒に食卓を囲むので、本当にちいさな家族が増えたような、そんな充実感を運んで来てくれた。
暑さや寒さに敏感な彼女の為にエアコンは常に付けっ放しで、電気代がかさんだ。
それでも元気な姿を見せてくれるのならと気にもならなかった。
彼女が亡くなってからも、エアコンを付けっ放しにする癖は抜けなくて、つい室温をチェックしてしまう。
心の形は変化する。
人の心はその時々の状況や、周りの人の影響を受けて、さまざまな形に変化するとなにかの本で読んだことがある。
ただその変化はとてもゆっくりで、自分の感覚よりもスローペースらしい。
新しい環境に入った時に感じる違和感やストレスが、時間が経つに従って薄れていくのはこのゆっくりな変化のせいなのだ。
親しい人が突然亡くなった場合、この心を形作っていた一部が突然無くなるので、心が苦しくなる。
急に抜け落ちた穴は、すぐには埋まることがなく、無防備な姿を晒す。
そして穴の周りが欠落した部分を埋めるために少しづつ変化する。
形を変え、身を削り、少しでも元の平穏な状態に戻るために犠牲を払う。
その変化は自分自身に大きなストレスになり心身の不調となって現れる。
だから親しい人の死や大切なものを失うのは辛く悲しいのだ。
今彼女がいなくなり、僕と妻の心の中では9年間で出来上がった形がざわざわと変化している。
悲しかったり、寂しかったり。後悔をしたり、懐かしんでみたり。
死んでしまった人は生きる人の心の中に生き続ける。
亡くなった相手の事を思い返したり、考えたりする事で亡くなった人は生きている人の人生の中で生き続ける。
人の記憶から完全に消え、思い返す人が居なくなった時点で人は本当の意味で死ぬそうだ。
だから生物は2度死ぬ。
それならば僕たちは彼女のことを忘れないでいようと思う。
それが僕たちにできる唯一の弔いだし、穴が空いた心を保つ手段だと思う。
心に開いた穴は他の部分に影響を与え、変化を促し、人を成長させるのだと思う。
毎日餌を与え、掃除をし、きれいな水に取り替える事で、父性のようなものが芽生えたし、とても綺麗好きになった。
これは彼女が9年間で僕に与えた小さな変化だと思う。
空いた穴が完全に埋まる頃、僕の心はどんな形になっているのかなと考える。
月並みだけど彼女に会えて本当に良かったと思う。
ありがとう。
最近身の回りで死を意識する出来事が続きました。
ペットだったり、大切な人だったり色々な「死」を見聞きして色んな事を考えました。
死を意識する。ということは決して怖い事じゃなく、どう生きるかを選んでいくという事だと思います。
いつもお読み頂きありがとうございます!