#12豊穣の香り‐樹木が人にもたらすもの(下)
樹が人にもたらす効果
キャンパスに立ち上る腐葉土の豊穣な香り、都会の公園や並木道、、、と緑がもたらすものを考えていた折、『NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる 最新科学でわかった創造性と幸福感の高め方』(フローレンス・ウイリアムズ)を読んでみて、納得することが多くありました。著者のフローレンス・ウイリアムズは作家でありジャーナリストです。この著書では自然セラピー分野で活躍中の8カ国、20名ほどの研究者への取材を通して、自然がいかに我々の脳や心にはたらきかけているかが述べられています。その第一章に取り挙げられているのは、日本における「森林セラピー」でした。森林浴の効果を科学的に実証することにおいて第一線で活躍する研究者たちに導かれ、フローレンス自身がセラピーを体験し、その効果を著しています。
この著書を読みながら、私の目にまず留まったのは樹木の発する香りについての記述でした。それは「芳香性揮発物質」。この香りはフィトンチッドとも呼ばれ、常緑樹をはじめとするさまざまな樹木から放出されるそうです。このフィトンチッドという物質は病原菌から人体を守るナチュラルキラー細胞(NK細胞)と呼ばれる免疫細胞を増加させる効果があるそうです(同書pp.47)。
さらに「土」の香りについての記述にいきあたったときには思わず膝を打ちました。土壌には放線菌のように人間の健康に貢献する成分が含まれていることが分かってきているそうです。マウスの実験ではありますが、こうした土壌細菌に触れたマウスは、迷路で道に迷いにくく、不安を覚えず、セロトニン(幸福感と関連がある神経伝達物質)を多く産出することが分かっているとのこと(同書p.47)。土には治癒作用があるのですね。この著書ではその物質を「ゲオスミン(同書p.92)」と記しています。そして「ゲオスミンとは、雨上がりの地面から立ちのぼるあの土臭いにおいの原因になる物質だ。(同書p.92)」とのこと。ゲオスミンとは、まさに私が感じ取った豊穣の香りだったのです。
万物は相関しあっている
この著書に記されているのは科学的な実証にもとづく樹木、森林、山林の治癒効果です。しかし私たちは科学的な数値を提示されずとも、緑のありがたさを直感的に受け取ってきました。そのことを知らされたのはフローレンスの以下の述懐でした。フローレンスは森林セラピーの研究者である宮崎良文氏(千葉大学教授)に「どうして日本人はこれほど自然について考えているんでしょう」と尋ねます。すると、宮崎氏は「アメリカ人は自然について考えないんですか」と逆に問い返され、まごつきます。そのフローレンスを前に宮崎氏はこう続けます。
私たちの多くは宮崎氏の言葉を受け止めることができるのではないでしょうか。国土の約70%を森林が占める私たちの国では、いにしえから人々が自然と一体となって暮らしてきました。
さて、前述、「豊穣の香り(上)」の丸の内の仲通りには、芝生が敷き詰められた一画がありましたが、今はどうなっていることでしょうか。そこでは貸し出し自由のシートを使って、芝生の上でくつろぐことができたのでした。恋人たち、友人どうしの各々が好きなスタイルで語らっています。中には赤ちゃんを芝生に寝転がらせて、本を読むお母さんもいました。赤ちゃんは仰向けになって、空と樹々の葉を見つめ、樹木の香りを一心に受け止めているように見えました。少し歩くと東京駅に着くという都会の真ん中の不思議な、しかしとても大切なエリアのように思われました。
【参考文献】
フローレンス・ウイリアムズ著、栗木さつき・森崎マリ訳(2017)『NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる 最新科学でわかった創造性と幸福感の高め方』NHK出版
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