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#14 瑞雲_初日の出
初日の出
年が明けました。私はこの年始を家人の実家である長野で過ごしました。家人宅では、元日の行事として自宅から車で10分ほど離れたところにある丘へ行き、ご来光を仰ぐという慣習があります。今年も朝早くに起きて、氷点下の外気に負けないように厚着をして家人、お義母さん、私の3人で初日の出を見に出かけました。長野の初日の出の時刻は6時57分です。丘からのぞむ山の稜線から太陽が見えるのは7時15分ぐらいとのこと。私たちは7時過ぎには丘に到着し、初日の出を待つことに。待つこと10分ほど、今年は穏やかな日輪が山の端から輝いていました。
暗雲立ちこめる
昨年のことを思い出します。昨年は丘に立つも、いつになく南から雲が流れ、7時10分を過ぎても山際はうっすらと雲が覆っている状況でした。そして7時15分。雲の向こうに太陽の気配はあるものの、姿を鮮明に観ることはできません。外気温は氷点下です。
「暗雲立ち込める」ではありませんが、元旦が雲に隠れているというのは気が塞ぎます。同じく丘の上までご来光を仰ぎに来ていた地域の方の中にはしびれをきらして踵を返し、車に乗って帰る人もいました。私も実のところ、空気の冷たさにくじけそうになったのですが、御年87歳のお義母さんの「私は待つよ!」という一言に鼓舞され、体を寄り添わせて日の出の姿を待つことにしました。10分、20分と時間が過ぎていくなか、相変わらず雲は私たちの目の前を流れていきます。ただ、その向こうに太陽の光を感じます。雲は厚く覆うというよりは、迅速な勢いで流れているのです。もしかすると光輪が見えるかもしれない、と期待したとき、家人とお義母さんと私は息をのみました。初日の出を待つこと30分。私たちは白く輝くご来光を仰ぐことができたのです。すかさずお義母さんが「令和6年、万歳!」と万歳三唱し、私たちもそれに続き、新しい年を寿ぎました。
瑞雲
帰宅後、さっそく体を温めておせち料理を囲んだ時、家人が朝の写真を見てあることに気づきました。それは、私たちが眺めていた流れる雲の形が実に龍の頭そのものだったということです。確かに、山際に見える太陽が龍の眼のように光って見えます。そして南から流れる雲はちょうど龍の胴体のようでした。なるほど、私たちが見たのは暗雲ではなく、吉兆としての雲だったのかもしれません。私はふと「瑞雲」という言葉を思い出しました。『日本国語大辞典』(小学館)を調べてみると、吉事を予兆する雲にはこの他にも
「祥雲」 「慶雲」
とあります。慶雲については、奈良時代に文武・元明天皇の代の元号で、大宝四年(704)に慶雲の祥瑞により改元したという記録があるようです。 さらにジャパンナレッジ(https://japanknowledge.com/)を用いて語末に「雲」を構成する単語を調べてみると、『日本国語大辞典』だけでも500件近くの記述が挙がってきました。このうち「星雲」のように星に関わる語句を除いてもなお、390件ほどが残ります。その多くは季節や天候によって変幻する雲を言い表したものです。参考までに『ランダムハウス英和大辞典』(小学館)によると「cloud」を含む単語は50件ほどでした。辞書の規模を差し置いても、私たちの文化にとって「雲」というものが日常生活に深く関わりを持つものであることがわかります。
雲と私たち
私たちの言語文化には雲に関わる語句が実にたくさん存在します。それは私たちが山と森、そして海に囲まれ、変幻する雲に接するとともに、雲のもたらす雨が耕作、ひいては生活を左右する存在であったからでしょう。「晴耕雨読」という成句が示すように、私たちの祖先は季節の雲、朝夕の雲を眺め、日々を雲と太陽とともに営んできたのでありましょう。私たちの空に沸き上がり、たちこめ、流れていく雲。その中には凶事を予兆する雲もあります。
「暗雲」、「疑雲」、「愁雲」、「邪雲」、「不祥雲」、「妖雲」
いずれも気を塞ぐものではありますが、しかし雲は流れ、やがてその明き間から光が差し込んできます。目の前を雲が覆い、光を塞いだとしても、辛抱強く待てば光を仰ぐことができます。私が昨年に見た早朝の光景はまさにそのさまを啓示したものでした。
昨年は正月早々に大きな天災や人災に見舞われ、なお爪痕が残る状況にあります。今年は必ず目の前に光が現れることを願ってやみません。
エッセイは金曜日に発信します。今年も宜しくお願い致します。
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