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日常を離れて/恋人の存在

久しぶりにnoteを開く。最後の更新からちょうど、1ヶ月。パソコンがなかなかいうことを聞かなくなってから、触ることが減ってしまったけど、キーボードをカタカタするのはある種の快感と集中力を生み出してくれる。

この場所で過ごす時間も、もう限られたものになってきた。何年も住んで、日常の生活を送って、楽しいことがあった時にそれを共有できる友達がいて、ふとした時に会いたくなる人がいる、そんな場所がもう帰る場所では無くなるということを考えるだけでとても哀しい。本当にいい時間を過ごさせてもらった。自分自身の弱いところ、良いところも学んだし、たくさん失敗したし、楽しい思い出もたくさんある。この街を選んで、20代の何年かの時間をこの場所で過ごせてとても良かったと思っている。

このまちでやり残したことは、なんて考える。この美術館行ってないなあとか、このレストラン行きたかったな、とかはポツポツ頭に浮かぶのだけど、なんだかピンとこない。もっと周りの人たちと時間を過ごしたいし、話したいし、日常的な生活の延長をもっと楽しみたい。

好きな人と付き合ってからもう早くも1ヶ月が経つ。恋人同士として時間を過ごしてみて、彼の思いやり、真っ直ぐで誠実な性格、ちょっとおかしなこだわり、そんな新しい発見が日々あって、本当に愛おしい。友達や家族にも今も今までもずいぶん恵まれてきて、楽しいという感情を欠いたことはないし、それで本当に満足していたと思っていたけれど、恋人という存在がもたらしてくれる新しい感情に出会うのがとても嬉しく、楽しく、特別に思う。

愛情と優しさをいろんな形で伝えてくれて、彼の人生を共有してくれて、本当に感謝しているし、付き合う前に考えてたこうなりうるだろうという想像をぐうっと超えて見えなかった世界を見せてくれた。会える時間はそれほど多くないけれど、毎日の幸せだった出来事、考えたこと、感情を共有できる相手、してくれる相手がいる幸せを日々感じている。

読んでくださって、ありがとうございます。 いただいたサポートで、朝にお気に入りのカフェでコーヒーをいただいて、少し本を読んで、それから新しいnoteを書こうと思います。