病死により配偶者と死別した高齢遺族の悲嘆のプロセス 訪問介護士@オーストラリア
ここ数日、先日亡くなったDさんのことを想う日々です。Dさんのシャワー後の気持ち良さそうな表情が何度も浮かんできます。そしてもう会えないんだな…と思う、その繰り返しです。予期していようといなかろうと、長生きだろうとそうでなかろうと、人が亡くなるのはやっぱり悲しいですね。
大学院のレポートで、対象者を決めて悲嘆のプロセスについて書くという課題があり、私はご夫婦で暮らしていて、どちらかが亡くなられた時に遺された方をサポートしたいという思いから、「病死により配偶者と死別した高齢者」を対象としました。内容はありきたりですが、誰かのお役に立てたらと思い、投稿します。
1.死に至るまでの心理状態について
高齢者は、加齢に伴う死への諦観があり(1)、死に対する恐怖は加齢とともに下がる傾向がある(2)(3)が、これは迫り来る死に対する意識とは一線を画すものだと考えられている(4)。死にゆく夫(妻)は、否認・怒り・取引・抑うつの心理プロセスを経て、最終的な受容の段階へ移行していく(5)。一方、その配偶者にも、夫(妻)との死別への先行不安や、やり場のない病気への恨み・無念・怒り、別世界に生きる感覚(思考回路制御・孤立感・疎外感)等といった予期悲嘆が生じており(6)、死に至るまでの期間や経緯、夫婦の関係性や性格、信念等により、個々の反応は異なる(7)。また、ケアしている配偶者自身も、加齢により生活機能全般が困難化しやすく(8)、何らかの疾患や健康不安を抱えている場合がある(9)。
2.遺族の悲嘆のプロセス
配偶者の死別は、様々なライフイベントの中でも最もストレスの強い出来事であることが報告されており(10) (11)、老年期であっても配偶者の死に対する喪失感とその影響は極めて大きい。配偶者は死を迎えるまでの期間に、夫(妻)の死を覚悟はしているが、これは表面的な感情認知と考えられており(12)、死別直後には精神的打撃を受ける。そして、配偶者の死という生理的な認識と、情緒的意味の理解との間にギャップが生じ、パニックや感覚の麻痺が生じる(13)。その後、配偶者の喪失感が一層認識されると、死の原因を納得できても喪失の事実を認めたがらず、激情が襲い、激しい混乱が間欠的に押し寄せ、罪悪感や自責等の感情も交錯する(14)。この時期には、故人や他の家族、運命や神に対する怒りを覚えることや、周囲の人に対して感情をぶつけることもある。十分な医療処置をしてもらえなかった場合は、医療関係者に対する怒りを感じることもある。配偶者の死は、生活上の変化への適応が困難な出来事でもあるため、混乱と苦悩を体験するとともに、その後の人生をどのように生きていったらよいのかと途方に暮れる(15)。これらの混乱を経ると、配偶者の死を納得しようとする時期を迎える。配偶者の死を受容できるようになると、人生には必ず死があることや、自らの死も意識するようになる。そして、残された自らの人生に目を向け、失われた関係に関わる自らのアイデンティティの要素を新しい現実に統合し、故人との象徴的つながりを維持しながら、現実的環境に適応できるようになる(16)。
配偶者喪失に対する深い悲しみは肉体にも影響を与え、頭痛、食欲減退、体重減少、不眠、疲労感などといった症状が現れ、高齢遺族は病気の罹患率や死亡率が高まる(17)(18)他、生気の欠如や絶望感、希死念慮等の鬱状態に陥りやすい(19)。そして、配偶者の死という現実と向き合う過程において、無関心や無目的な状態になり、他者と過ごすことが少なくなる。加齢に伴う社会参加の機会や他者との交流頻度の減少も影響し(20)、社会的孤立に陥りやすい。高齢者の喪失の適応には際立った個人差があり(21)、過去の様々な体験から培われた高齢者特有の危機的状況に対する対処行動が悲嘆反応を抑制させることもある(22)。また、闘病期間が長かった場合は、精神的打撃と同時に配偶者の痛みや苦しみが終わったことや、看病や介護に伴う行動の制限や不自由からの解放に伴う安堵を感じることもある(23)。しかし、夫婦の絆が強ければ強いほど、悲嘆はより苦痛なものとなる(24)。
3.悲嘆のプロセスに影響する危険因子
配偶者と死別した高齢遺族の悲嘆のプロセスがうまくいかない危険因子として、心身の健康状態、生活環境の変化等の二次的ストレス、配偶者との関係性、死を迎えるまでのケアのあり方や看取り方が挙げられる。
高齢者は、死別体験後に未来に対する楽観的な見方を続けることが難しく、悲嘆の持続期間が長く、度合いも深まる傾向にある(25)(26)ため、精神疾患や自殺のリスクが非常に高い(27)。また、喪失体験が老化の過程を一段と促進させ、認知症の進行や疾患の悪化を招き、健康が優れないこと自体がストレスとなり、抑うつ感を高める場合がある(28)。悲嘆に伴う行動力の低下が筋力や骨の強度の低下を招き、社会的孤立や日常生活の様々な問題を生じさせるという悪循環も引き起こす(29)。したがって、高齢遺族の場合、死別後のサポートが少ないことも危険因子になり得る。
また、高齢配偶者との死別には、最も適応力が衰えた時期に暮らし方や生活環境に大きな変化が伴うため、それに対する適応の困難も悲嘆過程を遅らせる(30)。高齢者の場合、死別後に他の親族との同居や施設への入居等が行われることがあり、それが大きな二次的ストレッサーとなる(31)。また、高齢者は固定的な性別役割分業を維持している場合が多く(32)、金銭管理や家事等の生前の夫(妻)が果たしていた役割や責務に対し、限られた経験しか持たなかった場合、死別後に生活上での困難を抱える。こういった死別に伴う生活上の適応困難の他、家族関係の悪化や親族との対立といった二次的ストレッサーがより深刻な精神的問題を抱える可能性を高める(33)。
また、配偶者を互いに第一愛着対象とみなし、長い時間をかけて夫婦の同一化が行われた高齢夫婦は、配偶者の死後、自分の配偶者を含めて考える習慣や配偶者の存在によって意味を持つ物事の大きさを再認識し、夫婦という一つの単位から個人として生きていくことに対する危機に直面する(34)。この苦悩による強烈な不安や悲しみは、絶望感や孤独感、激しい怒りを引き起こし、睡眠や摂食の障害、社会的引きこもり等も生じやすく、喪失の受け入れや新しい人生の確立を困難にさせ、悲嘆の回復を遅らせる(35) 。
また、最期のケアのあり方や看取り方も悲嘆過程における重要な因子となる。ケアに対する満足度が高い場合や、安らかな旅立ちは遺族の悲嘆を和らげるが(36)、看取りの期間に夫婦間の過去の心理的葛藤を解決できなかった場合や、十分なケアをできなかった場合、配偶者が最期に尊厳を保って生きられなかったと感じた場合などは、後悔や心残り、罪悪感や自責の念が生じ、悲しみの苦痛に加えて孤独感を増大させ、喪失以外のことを考えられない状態が続き、悲嘆の回復を長引かせる。特に罪悪感や自責の念は、悲嘆の過程を前に進めるプラスの感情を抑制し、自己肯定感の低下や意欲の欠如、抑うつ状態の深刻化等を招き、複雑性悲嘆を引き起こしやすい(37)。
【引用文献】
(1)『在宅高齢者の死に対する意識の構造と加齢による変化』青木邦男 山口県立大学社会福祉学部紀要 第6号 2000年3月 p.84
(2)「死に対する意識と死の恐れ』小谷みどり 第一生命経済研究所 LifeDesign REPORT 2004年5月 pp.13-14
(3)『死生観の世代間研究』富 松 梨花子・稲谷ふみ枝 久留米大学心理学研究 第11巻2012年3月 pp.51-52
(4)『高齢者の生への価値観と死に対する態度』田口香代子・三浦香苗 昭和女子大学生活心理研究所紀要 Vol.14 2012年 p.65
(5)『死ぬ瞬間―死とその過程について』エリザベス・キューブラー・ロス 中公文庫 2001年 P.429-433
(6)『在宅で親や配偶者の看取りを行う介護者の情緒体験と予期悲嘆』小林裕美・森山美知子 日本看護科学会詞30(4)2010年 p.6
(7)ジュリア・サミュエル・満園真木(訳)『大切な人を亡くしたあなたに』辰巳出版・東京 2018年 pp.85-86
(8)『要介護者を減らすために-予防老年医学のすすめ―』松林公蔵 日老医誌 38巻 2001年 pp.82-84
(9)『老老介護の現状と主介護者の負担感に関連する要因』堀田和司・奥野純子・深作貴子・柳久子 日本プライマリ・ケア連合学会誌/33 巻 3 号 2010年 p.263
(10)『The social readjustment rating scale』Thomas H. Holmes & Richard H. Rahe, Journal of Psychosomatic Research,11(2), 1967, p.216
(11)『ホームズらの社会的再適応評価尺度(SRRS)の日本人における検討』八尋華那雄・井上具人・野沢由美佳 The Japanese Journal of Health Psychology Vol.6 No.1 1993年 pp.18-32
(12)『配偶者を亡くした遺族の悲嘆の過程とケアニード~病名告知から死別後1年間まで~』江藤亜矢子・東玲子 山口医学 第68巻 第2・3合併号 2019年 p.68
(13)『最後の看取りを支えるグリーフ・ケア』寺﨑明美 日本創傷・オストミー・失禁ケア研究会誌 Vol.11 No.2 2007年 P.13
(14)『最後の看取りを支えるグリーフ・ケア』寺﨑明美 日本創傷・オストミー・失禁ケア研究会誌 Vol.11 No.2 2007年 P.14
(15)『配偶者を亡くした高齢遺族のスピリチュアリティに関する質的研究』生田奈美可 日本看護研究学会雑誌 第34巻 第2号 2011年 p.98
(16)『死別体験-研究と介入の最前線-』マーガレット・S・シュトレーベ/ロバート・O・ハンソン/ヘンク・シュト/ウォルフガング・シュトレーベ/森茂起(訳)/森年恵(訳) 誠信書房・東京・2014年 p.79
(17)『家族を亡くしたあなたに-死別の悲しみを癒すアドバイスブック-』キャサリン・M・サンダース/白根美保子(訳)ちくま文庫・東京・2012年 p.236
(18)『老年期における配偶者との死別に関する研究—死の衝撃と死別後の心理的反応—』河合千恵子 家族心理学研究第1巻第1号 1987年 p.10
(19)『超高齢社会における死別とグリーフケア』坂口幸弘 老年看護学 第25巻第2号 2021年 pp.17-18
(20)『高齢者の社会的ネットワークにおける加齢変化とコホート差―全国高齢者縦断調査データのマルチレベル分析―』小林江里香・Jersey Liang社会学評論 第62号第3号 2011年 pp.368-369
(21)『死別体験-研究と介入の最前線-』マーガレット・S・シュトレーベ/ロバート・O・ハンソン/ヘンク・シュト/ウォルフガング・シュトレーベ/森茂起(訳)/森年恵(訳) 誠信書房・東京・2014年 p.186
(22)『老年期における配偶者との死別に関する研究—死の衝撃と死別後の心理的反応—』河合千恵子 家族心理学研究第1巻第1号 1987年 p.14
(23)ジュリア・サミュエル/満園真木(訳)『大切な人を亡くしたあなたに』辰巳出版・東京・2018年 p.76
(24)『配偶者との死別による二次的ストレッサーと心身の健康との関連』坂口幸弘 健康心理学研究第14巻 第2号 2001年 p.2
(25)『喪失からの心理的回復過程』池内裕美・藤原武弘 社会心理学研究 第24 巻 第3 号 2009年P.177
(26)ジュリア・サミュエル/満園真木(訳)『大切な人を亡くしたあなたに』辰巳出版・東京・2018年 p.76
(27)『超高齢社会における死別とグリーフケア』坂口幸弘 老年看護学 第25巻第2号 2021年 pp.17-18
(28)『老年期における配偶者との死別に関する研究 その2—死別後の適応とそれに影響する諸要因の効果—』河合千恵子 家族心理学研究第2巻第2号 1988年 pp.124-125
(29)『老年期における配偶者との死別に関する研究—死の衝撃と死別後の心理的反応—』河合千恵子 家族心理学研究第1巻第1号 1987年 p.13
(30)『配偶者と死別したアルツハイマー型認知症高齢者の喪の過程』渡邊章子 千葉大学学術成果リポジトリ(千葉大学大学院看護学研究科) 2019年 p.1
(31)『老年期における配偶者との死別に関する研究』河合千恵子 家族心理学研究1 巻 1 号 1987 年 pp. 1-2
(32)『死別体験-研究と介入の最前線-』マーガレット・S・シュトレーベ/ロバート・O・ハンソン/ヘンク・シュト/ウォルフガング・シュトレーベ/森茂起(訳)/森年恵(訳) 誠信書房・東京・2014年 p.187
(33)『配偶者との死別による二次的ストレッサーと心身の健康との関連』坂口幸弘 健康心理学研究 第14 巻 第 2 2001 年 pp.1-2
(34)『配偶者を亡くした高齢遺族のスピリチュアリティに関する質的研究』生田奈美可 日本看護研究学会雑誌 第34巻 第2号 2011年 p.104
(35)『死別体験-研究と介入の最前線-』マーガレット・S・シュトレーベ/ロバート・O・ハンソン/ヘンク・シュト/ウォルフガング・シュトレーベ/森茂起(訳)/森年恵(訳) 誠信書房・東京・2014年 pp.78&87
(36)『超高齢社会における死別とグリーフケア』坂口幸弘 老年看護学 第25巻第2号 2021年 pp.18
(37)『配偶者を亡くした遺族の悲嘆の過程とケアニード~病名告知から死別後1年間まで~』江藤亜矢子・東玲子 山口医学 第68巻 第2・3合併号 2019年 p.69
【参考文献】
〈1〉高木慶子/上智大学グリーフケア研究所(制作協力)『グリーフケア入門-悲嘆のさなかにある人を支える-』勁草書房・東京・2012年
〈2〉高木慶子『大切な人をなくすということ』PHP研究所・東京 2017年
〈3〉『死への準備教育』アル フォンス ・デーケン 日本臨床麻酔学会誌Vol. 10 No. 4/July 1990 P.31-32
〈4〉『死にゆくがん患者と家族員との相互作用に関する研究』庄村雅子 日がん看会誌22巻1号2008年 P.69-74
〈5〉『高齢がん患者の死にゆく過程における希望の存在とその意義に関する考察─患者と家族の “生きる希望” という視点から─』 瀬川博子 2023年 東洋英和女学院大学大学院 大学院紀要 第19号 2023年
〈6〉『希望に関する概念の整理:心理的観点から』大橋明・恒藤暁・柏木哲夫 大阪大学大学院人間科学研究科紀要29巻 2003年3月 P.100-124
〈7〉『配偶者との死別後の生活への適応~性別から見た生活への自信と役割の関係~』福武まゆみ・ 島村美砂子・難波峰子・荻野哲也 岡山県立大学保健福祉学部紀要 第24巻1号2017年 pp.25-32
〈8〉『死別後の適応とその指標』日本保健医療行動科学会年報 Vol.15 2000年6月
〈9〉『高齢女性における配偶者喪失後の心理過程-死別前の夫婦関係が心理過程に及ぼす影響-』田口香代子 家族心理学研究 第16巻 第1号 2002年 p.29-43
〈10〉『配偶者と死別した男性高齢者の心理過程と社会生活への再適応』室屋和子・田島司 J UOEH(産業医科大学雑誌)35( 3 )2013年 p.241-246
〈11〉『高齢者のうつ病』武田雅俊 日本老年医学会雑誌 47巻5号 2010年 pp.399-402
〈12〉『高齢者のストレス対応』西風脩・古屋悦子 日本老年医学会雑誌 37巻1号 2000年 pp.68-73
〈13〉『高齢者女性の配偶者死別とライフスタイル』梅崎薫・そうけ島茂・関根道和・成瀬優知・鏡盛定信 日本公衛誌 第50巻 第4号 2003年 pp.293-302
〈14〉『独居高齢者の健康は婚姻状況(死別,離別,未婚)により差はあるか?―健康関連QOLスコアとEQ-5D-5Lを用いた分析―』小牧靖典・斉藤雅茂・池田登顕・平塚義宗・柳奈津代・近藤克則・中山徳良 社会保障研究vol.8,no.2 2023年 pp.229-244.
〈15〉『死別ストレスと健康障害』河野友信 心身医学 第33巻 第1号 1993年 pp.35-38
〈16〉『高齢者夫婦の死に対する意識と準備状況に関する研究』福武まゆみ・岡田初恵・太湯好子 川崎医療福祉学会誌 Vol. 22 No. 2 2013年 pp.174-184
〈17〉『喪失からの心理的回復過程』池内裕美・藤原武弘 社会心理学研究 第24 巻 第3 号 2009年p.177
〈18〉『グリーフケアの必要性とその提供方法─ 地域の男性高齢遺族の特性からグリーフケアのあり方を考察する ─』江波戸ゆかり 人間学研究論集 10号 2021年 p.35-49
〈19〉『配偶者との死別が高齢者の健康に及ぼす影響と社会的支援の緩衝効果』 岡林秀樹・杉澤秀博・矢冨直美・中谷陽明・高梨薫・深谷太郎・柴田博 The Japanese Journal of Psychology Vol.68 No.3 1997年 pp.147-154
〈20〉『死因の相違が遺族の健康・抑うつ・悲嘆反応に及ぼす影響』宮林幸江・安田仁 日本公衛誌 第55巻 第3号 2008年 pp.139-146
〈21〉『日本人の死別悲嘆反応-グループ療法の場を活用した記述の分析-』宮林幸江 日本看護科学誌 第25巻 第3号 2005年 pp. 83-91
〈22〉『高齢者との死別による介護者の悲嘆とその回復に関連する要因』人見裕江・大澤源吾・中村陽子・小河孝則・中西啓子・江原明美 川崎医療福祉学会誌 Vol.10 No.2 2000年 p.282