ヤなことそっとミュートと私



2017年夏、俺は代官山にいた。

街を歩いていると、人の行列ができていた。飲食店か?それにしては異様な集団だな。どうやらライブハウスの開場待ちらしい。
こんなところにライブハウスなんてあったんだ。代官山UNIT…聞いたことある会場名だ。

どうやら、ヤなことそっとミュートというグループがライブをやるらしい。

ゲスの極み乙女。とか変な名前のバンドはここ数年流行ってるし、そういう系の若手バンドかな?
何気なく手元のiPhoneで検索してみる。すると、水泡だらけの標本の中に入っている4人の女の子の写真が出てきた。どうやらアイドルグループらしい。
このボブの女の子は結構好きな顔だな。その時はその程度で終り、気にも留めなかった。

それからちょうど1年経った2018年の8月。TwitterのTLを見ていると、当時少しアイドルを齧っていたフォロワーのRTで、間宮まにという女の子のアカウントの自撮り画像が流れてきた。
そういえばこれって…と記憶を辿ると、あのとき代官山で名前を見たグループだった。めっちゃ可愛いじゃん。何の気無しにフォローした。
あの日は一瞬の出来事ではあったけど、やはり強烈なフックを孕んだネーミングなんだと今になって改めて思う。
しかし、それでもまだまだ気に留めることは無かった。

これでもかつては声優現場に通ったり、2013年頃はでんぱ組.incにハマって現場へ何度か足を運んだり、その後も在宅でBiSの音源にハマったりはしていたので、アイドルに偏見があったわけでは無いが、自分が地下アイドルにハマるということには縁が無いと思っていた。

そしてこの頃、当時片想いしていた女の子に見るも無惨に振られた。まさにヤなことだらけの日常を送っていた(なんやこの導入)。
精神的に荒んでいた、そんな8月の終りのある日、あのヤなことそっとミュートという名前をふと思い出して、YouTubeで検索してみた。
検索結果の一番上に出てきて、初めて開いた動画は「Lily」のMVだったと思う。衝撃が迸った。
続けざまに他にも何個か動画を見ていくうち、「HOLY GRAiL」のMVを観て、涙がボロボロと止まらなくなった。歌詞があまりにも当時の自分の心情とマッチしていたからだ。
それらの切ない歌詞に、昔から元々好きだった90〜00年代のギターロックの音像が載り、4人の美少女がそれを唄い踊る。自分がハマらないわけがなかった。

これはライブで生の音を体感しないといけない。そういう衝動がすぐに生まれた。
当時、20代も折り返しを過ぎ、何でもいいから自分を変えないといけない、何かこれまでと違うアクションを起こさないといけない、そういった焦燥感もあった。それがアイドルのライブに出向くという行為だったのは、今思うと笑えるけど。

そしてスケジュールを確認し、直近でライブの予定は無いかと調べてみると、9月2日に横浜で単独ライブが開催されるとあったため、その場でチケットを予約した。

そして当日、横浜に赴いた。
このライブは、DMM VR THEATERというVRを模した映画館にて、VR映像とアイドルのステージを融合するという触れ込みで行われた実験的なステージだった。
映画館でのライブなので、客席のオタクたちは全員着座で声出しも殆どせず、お行儀良くライブを観ていた。
こんなイレギュラーなライブを初現場に選んでしまい、ちゃんと下調べをしてから行くべきだったのではと今になって思うが、いきなりライブハウスのフロアの熱量に気圧されるよりかは、最初にじっくりステージを観られたことは逆に良かったのかもしれないとも改めて思う。

ライブのセトリや映像など、内容に関しては正直あまり憶えていない。気付いたら60分が経っていたという印象だ。

ただ、ラストに歌唱されたピアノイントロの楽曲にはイントロからグッと惹かれた。当時まだ音源化はされておらず、聴いたことの無い曲だった。
歌唱が始まると、スクリーンに歌詞が映し出される。後から知ったが、この時が歌詞の初公開だったらしい。

半分になった僕はそれでぜんぶになった


Cメロのこの歌詞から落ちサビ、ラストに至るまでの歌詞を見て、涙が止まらなくなった。
のちのメジャーデビュー曲でもある「Afterglow」だ。
この曲のステージを目にした刹那、つまらない失恋のモヤモヤや、ヤなことだらけの日常も、一瞬で総てが吹っ切れたような気がした。
音源を聴いただけでは本当にハマるのか、些か半信半疑ではあったが、このグループに着いていこうと完全に確信した瞬間だった。

初めてグループの存在を識ってから丸1年。
こうして俺は、ヤなことそっとミュートというアイドルに出逢った。

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