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いつものバス (1分小説)

今朝、バスに乗ると、乗客はオレ1人だけだった。

いつもは、サラリーマンや学生で満員なのに。おかしい。真ん中あたりの席に座る。

しばらくすると、ドアが閉まり、バスは発車。

「本日は、『篠田直哉バス』に、ご乗車くださりありがとうございます。次は『5歳駅』、『5歳駅』です」

アナウンスが流れる。

篠田直哉はオレの名前。『5歳駅』ってなに?

乗り間違えたか。しかし、窓の外を見ると、見慣れた風景。

間違えてはいない。じゃあ、次の駅は『ひばりが丘駅』のはず。

バスは、普段と変わらない定位置で停車。

昨日まで『ひばりが丘駅』と書かれてあった標識が、『5歳駅』に変わっていた。

客が4名乗ってくる。その中の1人に、見覚えがあった。

名前は忘れてしまったけれど、幼稚園の時、同じクラスだった奴。

次の『10歳駅』では、また、記憶にある人が2人乗車してきた。

たしか、書道教室で一緒だった女の子と、スイミングスクールで同じだった男の子。

『15歳』では将棋部の先輩、『20歳』ではバイトの後輩が。

みんな、名前までは思い出せない。話しかけても、すぐ会話につまるだけだろう。

外に目をやると、勤め先の工場が小さく見えた。


毎日、この工場で、何百人もの人が働いている。

全員、同じユニフォームを着ているが、名前すら覚えていない。

オレは、直属の上司以外、ほとんど話をしないのだ。人づきあいが苦手。ときどき、自分まで、機械になった気にはなるが。

工場が、だんだんと近づいてきた。

変なバスだったが、目的地までは送り届けてくれた。次の『25歳駅』で降りよう。ちょうど、今のオレの年齢と同じ。

『次、降ります』のボタンに、手を伸ばしかけたその時。みんなが、いっせいにオレの方を向いた。

「降りちゃ、だめ!」

隣に座っていた女性が、いきなり腕をつかんできた。

乗客たちがオレに近づき、取り囲む。

「あんたら、一体、なんなんだ?」

あっけにとられていると、幼稚園の時のクラスメイトが、スマホの写メを見せた。

「ここにいる人は、全員、キミの人生を、なんらかの形で助けてきた人たちなんだ」

スマホには、子供のころよく遊んでいた、ジャングルジムが写っている。

「たとえば、ボク。平成11年5月23日、午前10時5分。当時、キミは5歳。

キミが、ジャングルジムから落ちそうになったのを、一緒に遊んでいたボクが支えた。落ちていれば、大ケガを負っていたはず」

そんなこと、急に言われても。

書道教室の女の子が、話しかけてきた。

「平成16年10月3日、午後6時22分。あなたは当時、10歳。教室に通う道で、車にひかれそうになっていたのを、私が避難させた」

あぁ、それは、なんとなく記憶にある。


他の乗客たちも、オレにまつわるエピソードを、次から次へと語った。

思い出せない、あるいは、うろ覚えな過去を。


身内や数少ない友達に支えられてきた、とは思ってはいたが、オレは、こんな、名前も覚えていない人たちからも、助けられてきたんだな。

今まで、無意識で生きてきた。



視界から『25歳駅』が過ぎてゆく。工場が、どんどん離れてゆく。

ドンッ!!

いきなり、後方から、ものすごい風圧が全身に掛かった。

バスの窓ガラスが、バリバリと、音を立てて割れる。


「さっき、『25歳駅』で降りなくて、正解だったでしょ!?」

隣に座っていた女性が、頭を抱え、声を張り上げている。



爆発事故だ。数秒前まで平穏だった工場が、炎と黒煙に包み込まれている。

「ここにいるみんな、今まで、オレを守ってくれて本当にありがとう!」

オレは、乗客をかき分けかき分け、バスの前方まで進んだ。

「止めてください、運転手さん!」

知らない間に、たくさんの人から支えられてきた命。

「ドアを開けて!」



顔も名前も、覚えていない職場の奴らだけれど。

今度は、オレが、人を助ける番だ。

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