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【朱黒の鬼模様】第三話 日本鬼子の昔話

青々とした楓が日本庭園に立ち並び、蝉の声がうるさいほど響く。しかし、夏の日差しが肌を焼くことはない。上を見れば岩の天井に混じる結晶が明かりとなっている。ここは地下世界「根の堅州国」。地上から隠れた神々や鬼、天狗、龍、その他妖怪が住む地。縮めて「根の国」あるいは「カダス」と呼ばれる。
その根の国の一角に、鬼祓いの鬼、日ノ本鬼子の家がある。しかし、現在鬼子は地上へ買い物に出かけている。
留守番をしているのはピンク頭に星空の瞳の少年と身長30センチ程の髪をみずらにした女性の二人。
「…そっか」
少年の方は名前を青岸工と言う。元々他人の感情を読むのが得意だったが、鬼子と出会ってから異能力に目覚めて鬼祓いの手伝いをするようになった。
小人の女性の方は小日ノ本扶桑。何を隠そう根の国の守り神の一柱であり日ノ本鬼子の後見人である。
「その目、封印するつもりはないのね?」
「うん。僕も日ノ本さんの力になりたい。守られているだけは嫌だし、全部忘れて平和に暮らすのはもっと嫌だ」
その「目」というのは青岸の異能力、心の中とそこに潜む鬼を見抜く「見鬼」である。そして掟では見鬼の目は見つけ次第力を封印普通の目に変えることになっている。見鬼は鬼祓いに便利な能力だが、人間の心の恐ろしく残酷な部分を見てしまうことも多い。そして大抵発狂するかその寸前で封印することを選ぶ。
小日本は強く止めなかった。恋したら止められない。それは何度も目の当たりにしたことだ。
「じゃあ、覚悟を見せて、あの子を任せられるかどうか。あの子の過去を見せてあげる」
小日本がそう言うと、青岸の周りを桜の花びらが舞い過去の幻を見せる。
これから見せるのは今の日ノ本鬼子の母、先代の日ノ本鬼子の物語。今の日ノ本鬼子が日ノ本鬼子になるまでの・・・・・・

星すらない真の闇の中、道なき道を、手に持った松明だけを頼りに、息を切らして進む若者がいる。腰に良い拵えの刀を挿していることから、それなりの身分のものであるとわかる。
小川を見つけたのでその水で喉を潤し、一休みする。(おかしい、先程までおれは供の者と一緒にいたはずだ)
若者の名前は天満正時。小国の城主の息子だったが、父が病に倒れた隙に攻め込まれ落城し落ち延びた。戦国時代には良くあることであった。
「もしもし」
声のする方に目を向けると、猿の面を着け宣教師の服を着た色黒の男がいた。その面の表情は嫌らしい笑いに歪んでいて、なんとも言いがたい不安感を感じさせた。
「この道を行けば貴方は安らぎを得られましょう。一時の休息にするもよし、一生を過ごすもよし」
「貴様、何者だ」
そう言って辛うじて道と呼べる空間を指し示す。
そう問いかけようとしたが、言い切る前に猿面の男は音もなく消えていた。
「…ヒヒに化かされたか?」
しかし、他に道はない。このまま遭難するよりも、罠かもしれないが示された道を進む以外になさそうだ。

・・・・・・そして、五年の月日が流れた。
楓の庭で遊ぶ幼子と、それを見守る父母。母と娘の額には角が生えている。
幻影を見ている青岸の頭の中で小日ノ本の声がする。
(あの二人が、今代の鬼子の両親。父親は外来の人間、天満正時。母親は先代の日ノ本鬼子。そしてあの子が、あなたが日ノ本鬼子と呼ぶ、鬼と人の間に生まれた子、竜田よ)
(じゃあ、日ノ本鬼子って)
(個人の名前じゃない、現世の均衡を保つため派遣される根の国の使者。その役割を担うものに受け継がれる名前よ)
「竜田、走ると根に躓くぞ」
正時がそう言ったそばから転んで服を泥まみれにした。
「あーもう言わんこっちゃない」
先代鬼子がそう言うと、布巾を持って泥を拭う。その様子を正時は目を細めて眺める。
(この根の国から出る方法は見つからなかったが、これでいい。俺はこの地に骨を埋める。愛する女がいて、可愛い子供がいるこの家こそ、今の俺の家だ。天満家は弟か叔父上が建て直すだろう)
コンコンと門を叩く音がする。
「誰か着たようだ。応対してこよう」
門を開けると、そこには猿面の男と、若い侍がいた。
「金丸!?」
「正時様、お会いしとうございました!!」
そう言うと、若者は膝を着けた。

若者と正時は家から少し離れた場所で話をすることにした。若者の名前は金丸という、天満家の家臣の一人である。別れたときは元服したばかりであったが五年の間に背丈も伸びて武者らしくなった。その金丸が来たので家に上げようとしたのだが、なぜか金丸は家に上がろうとしない。なので少し離れた広場で話をすることにした。
「金丸よ、よくここに来られたな」
「この者が案内してくれました」
そう言って金丸は猿面の男を指す。
「イスパニアから来た宣教師です。名前はナイアルラトテップ。呼びづらいなら日本風に内弥と呼んでください」
「そんなことより若様!すぐにお戻り下さいませ!」
金丸は鬼気迫る形相で正時に詰め寄る。
「な、なぜそこまで必死なのだ金丸よ。俺は見ての通り無事だったし、地上には叔父上も弟もいるだろう。五年もあれば天満家も建直しているだろう?」
「正兼様も、正氏様も、討ち死になさいました」
「何!?」
絶句。最悪の状況である。
直後に恥じ入る。お家の危機的状況で楽観的に考え、挙げ句家を放り投げようとしていたのだ。
「地上に帰るぞ!内弥とやら、案内せよ!」
「いえ、それはできません」
「何せこの根の国は神々が人間の目から隠れるために作り上げた世界です。人間が自由に行き来できないよう、罠が仕掛けられているのですよ」
内弥が芝居がかった口調で言う。その声は、聞くものの不安を煽りつつ引き付ける。
「お二人とも、ヨモツへグリってしっていますか?根の国に入ったものが、こちらの物を飲み食いすると、地上に出られなくなるのです。いや、正しくは戻り道が見えなくなると言うべきですね。そしてそうなったものが無理やり地上に戻ると、気が触れてしまうのですよ」
正時の顔が青ざめる。まさか、信じたくない、妻が自分を罠にかけたなどと。
「なお、こちらの住人にはヨモツへグリしてない人間は一目でわかります」
「正時様、『最初は帰る道を探していたが見つからなかった』と言いましたが…」
内弥の声に不快なノイズが混ざる。
「ひょっとしてそれwww奥様のせいじゃないでしょうかwww?」
内弥は正時から隠すようにタロットカードを取り出す。そのカードは精神の錯乱を暗示する「月」のカード。しかし正時はそれに気づかない。
(嘘だ、信じられない、けれども『そうとしか考えられない』)
「どうすればいい、どうすれば脱出できる!?」
掴みかかる正時に内弥は不快なノイズを抑えた声で説明する。
「ヨモツへグリはここの守り神が仕掛けたもの。その一部を食えば抵抗力もつくでしょう」
「その守り神とは『日ノ本扶桑』、ここから北東の方向にある塚山の頂上に生えている古い桜です」
その言葉に正時は少々落ち着きを取り戻した。
「ここの鬼たちが言うところの『刃桜の塚山』か!」
 
正時が出て行って間もなく、先代鬼子の元に般若を思わせる仮面が現れた。根の国のもうひと柱の守り神、日ノ本蓬莱だ。
「根の国の四方を守る四神が発狂した。鹿島ミカヅチは西の白虎、帝釈インドラは東の青龍、日ノ本扶桑の精神体と山幸彦は北の玄武を鎮めに行った。鬼子は南の朱雀を鎮めよ」
先代鬼子は蓬莱を側頭部につけ、薙刀を手に取った。
(なぜこんな時に…)
 
『刃桜の塚山』にはその名前の通り、見渡す限りに桜の木が生えている。それは一見普通の桜だがその幹、枝、葉や花びらに至るまでが金剛石すら超える硬さを持つ。鬼達はこの桜を武器の材料にする。
「出口が無いかと根の国の中を探し回っていたが、ここに来ることはなかった。あまりに危険だったからな」
「危険、とは?ただ硬いだけの木でしょう」
そう言う金丸に正時は刃桜の木を指して言った。
「見てみろ」
正時が一本の木の枝を投げ込んだ。風が吹き、地面に積もっていた刃桜の花弁が先ほどの木の枝に降り注ぎ瞬く間にみじん切りにした。
「あまりに硬いので、あのように花弁一枚一枚が刃となる。なのでここの桜を『刃桜』と呼ぶ」
風が吹くだけで致命傷を負うとなれば、近づかないのも道理である。しかし、目的のものはこの中にある。
「風が止んだ時を狙って駆け抜けるしかあるまい」
「では、私が!」
申し出た金丸に正時は首を横に振る。
「俺の不甲斐なさが招いたことだ。俺が行く」
そう言うと、金丸の声を遮って鬱蒼と生い茂る刃桜の間へと駆け出した。
木々に遮られて主君の姿が見えなくなった金丸はふと気づく。先ほどまで隣にいたはずの内弥が見えない。
「あいつ、どこに行った……?」
正時はついに目当ての桜の木、扶桑の元にたどり着いた。しかし、背中に刃桜の花弁が刺さっている。このままでは死ぬだろう。(ただ死んでたまるものか、せめて、最後の一あがきをしてから)正時は倒れ込むと、扶桑の花弁をつかんで口に入れた。
 
家で退屈そうに待っている竜田に、内弥が声をかける。最初からそこにいたかのように。
「お母様の戦うwww最後の姿を見せてやるよwww」
内弥が取り出したカードには、今度は「吊られた男」が描かれていた。
 
扶桑の花を口にした正時の体は、たちまち異形と化した。体はゴム風船のように膨れ、頭には多数の目が表れた。地面の花弁を知性の無い顔で貪り尽くすと、その次は幹をかじり始めた。
「いやーおもしれーwww見ろよあのザマwww」
逆さまに縛られた竜田を片手に吊るして笑う内弥。その直後、内弥の首が宙を舞った。
「ニャルラトホテップゥウウ!!」
やったのは頭に鹿の角を生やした男装の女神。その手には鹿の角に似て枝分かれした剣『七枝刀』持っている。
「おいおいwwwウン千年ぶりに会う亭主にすることかよ『イホウンデー』www」
「黙れ。今の私はヤマトの軍神『鹿島ミカヅチ』だ。四神を狂わせたのは貴様だな」
内弥は片手で自分の頭を掴んで首の上に戻すと、正時が来た方向を指差した。正時に「さっさと行け」と言うように。
「さてwww夫婦水入らずといこうかwww」
内弥はバラバラとタロットカードを取り出し宙に浮かべ、鹿島ミカヅチは帯電する氷の鎧をまとった。
 
喰う、喰う、喰う……金剛石より硬いはずの刃桜をも喰って正時は進む。手足は胴体に対して小さくなり、首と胴体は長くなっていった。見上げるほど膨れ上がったその姿は、もはや人間というよりも芋虫のようであった。
待ち構えるのはその妻。根の国の使者、先代の日ノ本鬼子。
妻の姿を見た正時は咆哮する。「何故、何故、何故」と。
先代鬼子はそれを聞くと、蓬莱と薙刀を投げ出した。
『ヨモツへグイした人間は元に戻せない』
『妖怪化した人間は元に戻せない』
そして
『正時が先代鬼子と出会ったとき、すでにヨモツへグイをしていた』
先代鬼子は両手を開いて夫を受け入れ、先代鬼子を食った正時は根の国の天井まである巨大な繭玉に変化した。
 
それからしばらくして、繭玉の下で運良く残った扶桑の枝を花瓶にさして囲む三人の男女。一人は堂々とした体格の三叉槍を持った老人、根の国の神々の長である帝釈インドラ。もう一人は鶴の鳥人、扶桑が人間との間に産んだ息子の山幸彦。そしてもう一人は鹿島ミカヅチ。
「ニャルラトホテップにしてやられたな」
苦々しげに鹿島ミカヅチが言う。
「あれは狂気の神だ。古くなったものを壊し、新しいものに変える役目を持つ。わしはアトランティスで、イホウンデー、もといミカヅチはハイパーボリアで知っておったはずじゃ」
インドラが銀色のオリハルコンの左腕をなでながら言う。彼がノーデンスと呼ばれていた時代、ニャルラトホテップと共に魔術を人類に教えていた。その後、ノーデンスの信者の大多数はアトランティスとともに海底に沈んだのだ。
ミカヅチがかつてニャルラトホテップの妻イホウンデーと呼ばれ信仰されていたハイパーボリア(現在グリーンランドと呼ばれている島)もまた、永久凍土に閉ざされている。
「根の国も、我らも、老いたということですか」
ため息とともに山幸彦は言う。
「……あきらめるのはまだ早いと思います」
そう言ったのは三人のうちの誰でもない。扶桑の枝だった。
「母上!?」
「地上は南蛮からやってきた様々なものによって変わりつつあると聞きます。根の国もまた、新しいものを受け入れて変わっていくことで生き延びることができるでしょう」
三人の空気が明るくなる。
「そうじゃ!!我々はまだまだやれる!わしは西の古いつてをあたろう!」
最初に立ち上がったのはインドラだった。彼はアトランティスが沈んでからユーラシア大陸を横断して日本へやってきた。その影響は欧州、中東、天竺(インド)、唐に及んでいる。
「なら私は東へ、今は亜米利加(アメリカ)と呼ばれている大陸へ行こう」
続いてミカヅチが。
「なら私はこの国に留まり地上の人間に協力を仰ぎます」
最後に山幸彦が立ち上がった。
「私からはもう一つ提案があります。あれからずっとふさぎ込んで竜田のことです」
一同は再び扶桑の話を聞くために座った。
「父親が芋虫の化け物となり、母親がそれを命と引き換えに封印。それを間近で目撃しましたから無理もない」と言う山幸彦。
それにインドラが続く。
「それもあるが、あの状態はニャルラトホテップが使った魔術の影響がまだ残っているからでもあろう。タロットの『吊られた男』には見た通りの『縛られた状態』という意味もあるが、『刑罰、自己犠牲』の意味もあるのだ。あのままでは必要以上に自責の念に囚われるだろう」
「なので私は次の日本鬼子を竜田にしようと思います」
扶桑の言葉にミカヅチが反論する。
「正気か!?あんな不安定な状態の子供に大役を任せるのか!?もっとふさわしい力を持つ者はいるだろうに!」
「他のものに任せたら、きっとあの子は後悔に囚われたままでしょう。そうなるよりも苦しくても悔いのない役目を与えるべきだと思うのです」
扶桑の言葉に反論する者はいなかった。
 
・・・・・・そして扶桑と青岸は幻覚から現実に戻ってきた。
「あー、つかれたー」
そういって扶桑は畳の上に身を投げ出す。先ほど見ていた過去のまじめモードから天地の差だ。
「青岸くん、竜田が……鬼子が社交辞令や戦術としての笑いじゃなく、心から笑うようになったのはきみと出会ってからだよ。本当にありがとう」
 
インスパイア元
「SCP-143刃桜」
http://scp-jp.wikidot.com/scp-143
「SCP-777-JP鶴の翁」
http://scp-jp.wikidot.com/scp-777-jp

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