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【朱黒の鬼模様】第二話 罪と罰

キーンコンカンコーン……
「起立、礼!」
「ありがとうございました!」
帰りの会も終わり、三々五々に帰る準備をする生徒たち。
「青岸君、今日一緒に帰りませんか?」
「え……誰?」
ピンク髪の少年、青岸工(あおぎしこう)に話しかけたのは、何もかも黒い少女だった。黒い長髪、セーラー服も黒、肌着の色も黒。見覚えのない人物が現れてクラスが一瞬ざわつく。だが、
【知ってるでしょう?その子は強羅闇子(ごうらやみこ)、青岸君のお友達よ】
その声とともに教室の空気が変わった。まるで初めからいたかのようにその異物を受け入れた。
「え……本当に誰?」
青岸ただ一人を除いて。
【驚いたわね。幻術を無効化すると報告にあったけれど、まさか精神干渉魔術すべて無効化するのかしら?】
声の主は白いスーツにポンパドールヘアの女性。彼女が奇妙な機械のついたマスクを着けると、声が変わった。おそらくボイスチェンジャーか何かだろう。
『改めて自己紹介するわ。私はリリス、この子は消照闇子。私たちは怪異を探し出し、封印し、研究する組織「スケープゴート財団」の職員よ』
「えっと、僕に何の御用でしょうか……」
『あなたと言うよりは、あなたのお友達「日本鬼子(ひのもとおにこ)」にね』
緊張する青岸。その瞬間別の声が割り込んだ。
『私に御用ですか』
青岸のポケットから、赤い紅葉が描かれた石板が飛び出した。そして石板からから現れたのは、長い黒髪、二本の角、紅い改造着物の少女。
「初めまして、日本鬼子と申します」
『あら、話が早い。それにその空間転移術、なんだか見覚えがある術式ね』
にこやかに挨拶するリリスを鬼子は油断なく見据える。万一戦闘になればいつでも懐の得物を取り出せるように、手を胸元に添える。
『結論からいくわよ。鬼子さん、あなた「財団」のエージェントにならない?』
「エージェント……ですか?」
鬼子は少し安堵する。少なくとも今すぐ戦闘をする可能性はなさそうだ。
『ええ、財団は今未曽有の人手不足なの。だから優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいのよ。もちろんただとは言わないわ。財団の持っている科学技術、政府への影響力、敵の情報を提要するわ。それからあなたたちの身内である「山幸彦」もね』
「山幸彦様は生きているんですか!?」
鬼子は驚愕する。山幸彦とは鬼子の故郷である「根の堅洲国」に住む神の一柱であり政府との交渉役を務めてきたが、戦争中に消息がつかめなくなったのだ。
『ええ、この国の軍を解体した時に、捕まっていたから財団が確保したの』
「……では、まず山幸彦様に合わせてください」
『決まりね。闇子ちゃん、まず日本支部に連れて言ってちょうだい』
「わかりました。日本支部へテレポートするので皆さん私の影から出ないでください。切断されますから」
闇子がそう言うと、影がリリス、鬼子、そして青岸の足元へ伸び、一同はそのまま影の中へと沈んでいった。

影の中から出てきた先は、一切の光がない暗闇だった。そこに人を感知したセンサーが蛍光灯のスイッチを入れる。
病院のような白一色の無機質な部屋に、半人半鳥の青年がいた。腕には鶴に似た白い羽、鶴の嘴に似た角が額から生えている。鬼子の記憶よりかなり若いが、確かに山幸彦だった。
「……扶桑様、本物です」
鬼子が石板に話しかけると、桜色の唐服を着た30センチほどの女性、日本扶桑が現れた。
「山幸彦!」
「母上」
青岸は、二人の関係について察しがついた。
「山幸彦さんってもしかして……」
「ええ、扶桑様の息子です」
山幸彦は財団に確保されてから今まで自分の身に何が起こったのか話した。何十年も故郷と引き離され老衰で死にかけていたが、最近財団の最高機密である「若返りの水」を与えられたこと。その代わり根の国と財団の協力関係を作ることを頼まれたこと。
「それから鬼子、ここの最下層に実質的な財団の最高責任者がいる。彼がお前に会いたがっている」
「それなら私こそ会わないといけないんじゃない?私は根の国の守り神なんだから」
扶桑はそう言うが、山幸彦は首を横に振る。
「母上は会わない方がいい。彼が纏う呪いは、あらゆる植物を枯らす。桜の化身である母上も例外ではない」
「え、じゃあ財団と根の国の交渉とかは?」
首をかしげる扶桑に、山幸彦は言葉を続ける。
「それについては、私が取次ぎを行う。彼が鬼子を呼んでいるのは、個人的に興味があるからだそうだ」

財団日本支部、最下層、「資料室」と書かれた扉の前に、鬼子は一人で立っていた。
「ようこそ、日本鬼子さん」
丁寧だが人間性を感じさせない声の男性が招き入れる。
「私はカイン、この財団の司書長です」
浅黒い肌、金属の手足、額に忘れられた文字の烙印。そして常人にはわからないが半鬼半人である鬼子には強烈な「呪い」の臭いが感じ取れた。
「旧約聖書のアダムとイブの最初の息子……ですか」
「おや、私も有名ですね。その通り、あなた方オーガ……日本語で言う『オニ』の祖先です」
そう言いながら、カインは右手を差し出す。
その友好的な仕草が、鬼子には取り返しのつかない「何か」を感じさせた。前髪に隠れていた角が伸び、衣装に紅葉模様が現れ、目つきが鋭くなる。恐る恐るカインの手を握り返すと、紅葉模様が右手に集まった。
瞬間、二人の脳に電流が走った気がした。

氷河期以前のはるかな昔、人間がまだ文明を持たず動物の一つだったころ。一枚の板状の岩が地球に落ちてきた。それにヒトのメスが触れると、自分が裸でいることが急に恥ずかしくなった。メスはイチジクの葉を体に貼り付けると、片思いのオスにその岩の破片を持って行った。そのオスはすでにつがいがいたが、プレゼントをして自分が代わりにつがいになった。メスは自らをイブ、つがいになったオスをアダム、岩をアザゼルと名付けた。
それはアザゼルにとっても大きな出会いであった。アザゼルは鉱石生命体「エグリゴリ」の一体だった。そして寿命の存在しないエグリゴリは進化に行き詰っていたのだ。アザゼルは人間とともに生きることで進化することができるのではないかと考えた。
文明を手に入れたイブは、アダムと共に群れを国にした。石と木を積んで家を作り、種をまいて畑を作り、羊を育てて家畜にした。
イブは二人の息子を産んだ。兄を「カイン」、弟を「アベル」と名付けた。アダムはおとなしいカインに農地を、やんちゃなアベルに家畜を与えた。
あるときカインが病にかかった。手足がしびれて動かなくなる病だった。カインは震える手で野菜を供えて神に祈るが、神は何も答えなかった。それどころか、アベルの飼っていた羊が供物を盗み食べた。
「アベル、一緒に荒野に寝床を広げて寝ましょう」
カインはそう言ってアベルを誘い出すと、眠っているアベルを殺害し神に供えた。
『承った』
神ではなくアザゼルがそれに答えた。
次の日、アダムは「アベルはどこにいる?」と聞いた。
カインは「知りません。私は弟の番人ではありません」と答えた。
アダムはカインに血の染みた土を前に突き付けた。
「お前の弟の血が、私に訴えているのだぞ!お前は罪を犯した。追放しなければならん」
「いいえ、追放されるのはあなたの方だ」
そう言い放ったカインの隣には、アダムがイブとつがいになるために追放した前妻リリス、そして人の形になったアザゼルが現れた。
背後に現れたカインの部下に抑えられるアダム。
「リリス……これが罰か」
カインは気力を失った父を解くように命じる。だが、その隙をついてアダムはカインに呪いをかけた。
「もはやお前は呪われている。土はもはやお前のために実を結ばない。お前も、お前の子孫も、永遠に殺しあい続けるだろう!」
アダムの呪いがカインの額に印を刻んだ。
「ならば、私と私の子孫を傷つけるものに七倍の復讐を与えよう」
カインは、アザゼルと同じ金属となった手を額に押し当てると、呪いの上に更に呪いを重ねた。それが人間すべての呪い、終わりのない復讐の連鎖の始まりだった。
そして、アダムは追放され、アダムを追いかけるようにイブも国を出て行き、アベルと親しかった者たちもそれに続いた。残ってカインに抵抗する者は処刑された。
「あなたって本当に母親に似ているわね」
「おや、どの部分が?」
カインは兵士を並べて寝かせ、その額にアザゼルの破片を埋め込んでいる。
「立場を得るためなら身内すら切り捨てるところとか」
アザゼルを埋め込まれた兵士は、あるものは巨大化し、あるものは逆に小型化し、あるものは腕が四本になり、またあるものは獣じみた姿になった。
「見てくださいリリス、これが新しい人間の姿です。私はこれを鬼(オーガ)と名付けました」
鬼の軍団は人間以外の知的種族を駆逐した。人間の栄華は氷河期の終わり、「ノアの大洪水」まで続いた。

五千年前、黄河のほとりに怪物蚩尤(シユウ)が現れた。それは黒い金属の体で、無数の鬼を引き連れている。それはノアの大洪水を生き延びアジアに移動したアザゼルだった。
それに対し黄河文明の王、黄帝(こうてい)は一族を率いて戦う。特に黄帝の娘、魃(ばつ)は斧を振れば炎のように激しく、走れば風のように早いと武勇に優れていた。魃は戦いの中で片腕と片足、片目を失うものの多数の鬼を倒し、黄帝の勝利に貢献した。ついに蚩尤は捉えられ、魃はとどめを刺す栄誉を与えられた。
『カインよ。お前の罪の清算、この娘に託そう』
だが蚩尤の切り落とされた首から飛び散った血は赤い楓となって魃にまとわりついた。魃は鬼に変えられ、カインと同じ草木を枯らす呪いを受けた。黄帝はやむなく娘を封印する。
それから三千年が経った。人の寄り付かない洞窟に、一人の少年がやってきた。
「何者ですか?」
「僕は徐福(じょふく)!お前はこの山に封じられたという鬼か!」
「……帰りなさい」
封印が経年劣化で解けたようだ。徐福は急に現れた洞窟に度胸試しに来たと、震える声で言った。
「鬼を連れて帰らないといけない!」
「諦めなさい。私の体には呪いが満ちています。あなたの村に降りてくれば、畑も林も全て枯れてしまいます」
「なら、僕は道士になって呪いを解く!」
そして十年後。本当に道士となった徐福は始皇帝を騙して資金と人材を集めると、魃を連れて東の果てにあるという理想郷、扶桑(ふそう)島あるいは蓬莱(ほうらい)島を目指し出港した。
東の海に見える島に接岸する直前、頭上に橙色の光球が現れ、そこから遮光器土偶のような防護服を着た女性が徐福と魃の目の前に降りてきた。
女性は「倭(やまと)」の太陽神『天道遍照(てんどうあまてらす)』と名乗った。
「なんかすごいのが来たと思ったら、なによこの呪い!人間すべての悪感情に繋がっているじゃない!」
 遍照はそう言うと、菊の花に似た形のキーボードを指で叩き始めた。
「これだけ規模の大きい呪いは力ずくで解くことは無理だけど、バグを起こして停止させることはできるわ」
光球から伸びた光の腕が魃を、魃の中にある呪い本体をつかむ。
『これは植物を枯らす呪いである・真。呪いは楓である・真。楓は植物である・真。呪いは植物である己自身を枯らす・偽。』
遍照は舌打ちする。
「自己矛盾への対策はされてるってことね」
次の瞬間、嵐とともに筋骨隆々の毛深い男が現れた。
「呼んだか姉貴」
「呼んだわ凄男(すさのお)。倭の植物はあなたの管轄でしょ、ちょっと手伝って!」
凄男は遍照のモニターと魃から漏れ出る呪いを見比べると、頬のひげを一本引き抜いた。
「なるほど姉貴がてこずるわけだ」
頬髯が金色の幹と銀色の枝を持つ木に変化する。その木は魃に触れても枯れることはなかった。
「金属生命体であれば呪いを無効化できるということか」
凄男は金銀の木を毛に戻すと、新しく引き抜いた数本の毛と束ねて、その毛の束から金属と植物の中間の生命体、桜に似ているが金属の性質を持つ新しい木、刃桜(はざくら)を作った。
『金属生命体は呪いの対象にならない・真。この植物は金属生命体である・真。』
「いけるわ凄男!その木の遺伝性質をすべての植物に移して!」
遍照がそういうと、凄男は呪いを受けてもなお生き生きとしている桜の木を振る。刃桜の花びらとともに金属生命体の遺伝子が倭の山々に散っていった。
『倭のすべての植物は金属生命体である・真。』
遍照の光球が悲鳴を上げるように白熱しながら呪いに詭弁を飲み込ませる。
次の瞬間、魃の体から金属の塊が飛び出した。地面に落ちると割れて、中から蚩尤を白くしたような仮面と植物の苗が現れた。
「これはあなたの呪いの一部、あなたの子供よ。名前を付けてあげなさい」
魃は数千年ぶりに触れる植物の感触に涙を流し、仮面を蓬莱、植物を扶桑と名付けた。
その後、魃は徐福との間に子供をもうけた。その子にも呪いが受け継がれていたが、それが草木を枯らすことはなかった。徐福はお天道様に感謝し一家を「日本(ひのもと)」と改姓する。その子は日本鬼子と名付けられた。

二人の意識が戻る。
「……なるほど。つまり貴女は魃の娘だったということですか」
「いいえ、『日本鬼子』は何度か代替わりをしています。私はその名前と呪いを受け継いだ者です」
「けれど、その呪いは私が始めたもの。貴女は私の血ではなく因果を受け継いだ直系の子孫と言えます」
そう言ったカインの顔に、一万年ぶりに感情が戻った。
「娘ができたようで嬉しいですよ。いつでも会いに来られるように、その石板をもう一つ作ってここに置いておいてください。共に呪いを解いて、人類と鬼の黎明を迎えましょう」

遍照はカインと鬼子の映るモニターを見る。
「なんだか悪だくみしているようだけど、この日本にある情報は全て私には筒抜けだったりして」
はるかな昔、この星に飛来した遍照はこの星の支配種族、人間と言う種が呪われていることに気づいた。身の程を超えた欲望、過ぎたことへの恨み、それら不合理な悪感情の元が何であるかは魃を見たときにわかっていた。
カインが鬼子を利用して呪いを解くつもりなら、貸してやろう。
「けど、最後にすべてを手に入れるのはこの私だからね」

インスパイア元
SCP-835-JP「ゼノフォビア」
http://scp-jp.wikidot.com/scp-835-jp

SCP-073「カイン」
http://scp-jp.wikidot.com/scp-073

SCP-1010-JP「未確認飛行物体(おてんとうさま)が見てる」
http://scp-jp.wikidot.com/scp-1010-jp

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