(小説)朱黒の鬼模様 序章「劫」の2
薫の夢の中に、いま再生しつつある世界、「朱黒の鬼模様」と呼ばれる世界のハイライトが流れる。
・・・まず現れたのは、鮮血のように赤い楓・・・
続いて現れたのは半人半鬼の少女。裾に切れ込みを入れ、袖を切り落とした朱色の和服をまとった神々の使者。この物語の主人公、日本鬼子。そしてもう一人、日本鬼子に瓜二つの姿、灰色の肌に深紅の瞳、黒い古代中国の衣装をまとった日本鬼子の心の闇から生まれた鬼。もう一人の主人公、禍津日鬼子。
「心の枷を外してやる!鬼になれ!神を疑え!主人に反逆しろ!」
世界中の「虐げられた弱者」たちが秘めた怒りを開放し、多頭多腕に多数の銃と剣と槍を持つ鬼「アシュランボー」へと変化する。その現象の根源は崑崙山の頂点にいた。蚩尤あるいはアザゼルと呼ばれた神を吸収し、黒い憤怒相の仏像のような姿の破壊神、「禍津日神サタナエル」となった禍津日鬼子。
愛用の薙刀が砕かれた日本鬼子。万事休すか?否、救援に駆け付けたものがいた。北欧の雷神トールが力帯(メギンギョルズ)から槍の穂先を、フィンランドの賢者ワイナミョイネンが杖から槍の柄を、ギリシャの太陽神アポロンが竪琴から槍の石突を取り出し一本の槍を完成させた。かつて彼らがナチスドイツから回収した神の槍、ロンギヌスの槍である。そして、日本鬼子が宣言することでロンギヌスの槍に魂が戻る。
「私は全てを愛している」
その時、ロンギヌスの槍が黄金の龍をかたどった薙刀へと変化し、それと同時に日本鬼子の体が黄金の龍に似た鎧に包まれた。利益や立場によって変わる正義ではない、分け隔てなく愛するという普遍的な善を理解し実践する日本鬼子を主と認め、「黄金真蛇日本鬼子」へと変化させたのだ。
・・・次に現れたのは、荒涼とした砂漠と豊かな果実の実る園・・・
砂塵と虫と蛇を吐き出す三つ首の黒鉄龍アジ・ダハーカが地面に倒れている。倒したのはライオンの頭を胸に、ワニの顎と尾を両腕に、カバを足にした機械仕掛けの神アーマーンだ。
「よくやったわアーマーン。さあホルス、セトの心臓をえぐってやりなさい!」
そう命じたのは黒い衣装の豊穣の女神にして悲嘆の大罪を司る魔王イシス。側に控えているのは牛の女神ハトホルとハヤブサの神ホルス。ホルスは光の速さでアジ・ダハーカにもぐりこむと、一人の男を取り出した。彼こそエジプトではセト、中東ではザッハーク、聖書ではカインと呼ばれた者である。ホルスの爪に胸を裂かれるカイン。だが、その胸の中は空だった。
一方その時、日本鬼子は地獄にいた。目の前にいるのは憤怒の形相で黒鉄の牛に跨り黒いジャッカルを従えた冥界の王。エジプトではオシリス、聖書ではアベル、中東ではジャムジード、仏教では閻魔天と呼ばれる。鬼子が懐から青く輝く鉄の心臓、カインの心臓を取り出し飲み込み変身する。十本の角冠を生やした赤い鎧、背中に六本の腕を生やし、それぞれの腕と自身の腕に七つの龍の頭をかたどった武器を持つ、七頭十冠十角の赤い龍となった鬼子がアベルに言った。
「人類と鬼を代表して、罪滅ぼしに来ました」
・・・次に現れたのは桜と橘の香り・・・
「平和!」「平等!」「人類みな家族!」
昆虫めいた姿に改造された人間たちが、機械的にお題目を唱えながら神々の住む地下世界に侵攻する。彼らは人類すべてを蜂のような一つの家族とすることを教義とするキリスト教系カルト教団「統一された神の教会」の信者たちだ。彼らを率いるのは統一された神の教会の教祖、黒い蜂に似た鎧武者の蜂谷金丸。向かう先は彼らが崇拝する「常世の神」の眠る巨大な繭。
「統一された神の教会」の前に立ちはだかる集団がいた。日本鬼子が縁を結んだ人間たちだ。人の心を見通す星眼を持つ青岸工、自閉症の巫女チー牛ちゃんこと地丑御玉、赤いパワードスーツの突撃担当斎藤凱児(ガイジ)、青いパワードスーツの狙撃担当大槻智将(ちしょう)、蝗の悪魔に改造された元人間アバドン、そして禍津日鬼子と多種多様な姿の罪の鬼の軍団。
二つの集団がぶつかり合い、流された血が根の国を赤く染める。
その時である。流された血が繭にしみこみ、中から赤い斑点のある白い蝶の羽を持つ鎧武者が姿を顕した。その正体は日本鬼子の父、天満正時である。
日本鬼子と禍津日鬼子、敵同士だった二人は父を正すため再び一つとなる。
「「さあお父様、罪滅ぼしの時間だ!」」
・・・そして夢は過去にさかのぼる・・・
1945年、崑崙山頂上に隠された旧日本軍の基地。満州国の黒幕と呼ばれた男、天満正義が日本鬼子のクローン体に憑依し、全人類の妖怪化とすべての政府の解体を宣言する。それと相対するのは太陽神アポロン、日本鬼子、雷神トール、吸血鬼ドラキュラ、ロボット大統領ジョージ・ワシントン、賢者ワイナミョイネン、試作妖怪化兵アバドンからなるチーム「ネメシス」。