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あおぞらの証明 #6

俺の緊張の初日は何事もなく幕を閉じた。

学歴社会となったこの時代に、中卒で働きだす者も減ってきた。平均年齢56歳前後の職場で俺は息子のようにかわいがられた。
 工場で働きだした当初は、荷物運びと掃除専門だった。工場の従業員は全員職人気質であったため、手取り足取り教えるなんてことはなかった。それに加え、世の中が不況であったため新人に作業をやらせてあげるほどお金に余裕は無かった。

「裕、今日の昼めしどこ食い行く。」
武さんが俺を呼んだ。俺を羽交い締めにしたあの男と俺は工場の中で一番仲良くなった。
汗を首に巻いた黄ばんだタオルで拭きながら外に出た。外の空気は工場の中とは違って春一番が吹く少し肌寒い日であった。
俺は工場で働きだした日から毎日武さんと昼飯を食うのが日課だった。何をしていても、12時40分になったら昼飯に行った。集合場所は決まって、工場前のコンクリートブロックであった。
「ラーメンはどうすか。」
俺は武さんに提案した。汗をたくさんかいた日にはラーメンに限る。
ラーメンを食うと言えば、工場を出て右手に進んでトンネルを抜けた先にある70歳くらいのおじいさんがひっそりとやっている陽大軒であった。
「一昨日もラーメン食ったぞ。」
武さんは俺を見て豪快に笑った。
「まあ、お前の歳の頃の俺も変わらなかったな。」
そう言って、今日の昼はラーメンに決まった。
昼飯を食べている間、武さんは俺のあらゆる質問に全て答えてくれた。おかげで俺は少しずつではあるが仕事を覚えていくことができた。

それに加えて、荷物運びのすきを見てあらゆる人の作業を盗み見し少しずつこの工場について学んでいった。
 基本である溶接や金属の切断をする機械の使い方について一通り学び終わったとき、俺は武さんに呼ばれ鉄の溶接場に行った。
「なんですか。」
俺はいつものように武さんに声をかけた。
しかし、武さんはいつもとは違い職人の顔をしていた。
「裕、金属の切断方法はわかるな。」
俺は、一間おいて真剣な面持ちで答えた。
「はい。」
「じゃあ、やって見せろ。」
俺は金属加工時につけるマスクをつけ、機械の前に立ち息を整えた。
まず機械の電源を入れた。
円形の歯が高速で回転する。
鉄パイプを横に持ち切断箇所を歯に近づける。
これでけがをした者はいないと聞いていたが、初めてのことは緊張するし少し怖い。
鉄パイプが歯にあたり切断されていく。その時火花が散って四方八方に飛んでいく。
鉄パイプを切るのはあっという間の出来事であったが、俺は汗で作業服がぐっしょり濡れた。
隣で作業を見ていた武さんは何も言わずに去って行った。
『文句なし』ということではないだろうが、一応は認められたということでいいんだろうか。

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