erase #2

私は毎日いろんな家庭のエアコンを掃除している。夏前や冬前は一日中休むことなく依頼をこなさなければならない。今日は6月15日、夏前の繁忙期である。朝9:00から2件の依頼をこなし、昼食を取るため次の家の最寄駅である神田駅近郊の喫茶店に入った。レトロな雰囲気の漂う昔ながらの喫茶店である。席は店の出入り口から1番遠い2人掛けの小さなテーブルにした。
こういう喫茶店といえばナポリタンだろう。私は近くを通った店員に声をかけた。
「すみません。」
大学生くらいに見える女性の店員がこちらに向かってくる。長い黒髪を一つにまとめた可愛らしい女性であった。名前は木見ということがネームプレートで分かった。
「はい!ご注文はお決まりでしょうか。」
「ナポリタンを一つください。それとアイスコーヒーも」
木見さんは笑顔で注文を受けてくれた。
「アイスコーヒーにミルクやお砂糖はご入用ですか。」
私は甘いものは好まないので断った。
「あと、ナポリタンは普通かカレーナポリタンのどちらに致しますか?」
カレーナポリタン?聞いたことのないメニューである。
「ちなみに、私のおすすめはカレーナポリタンです。」
彼女は笑顔でわたしにカレーナポリタンを勧めてきた。その笑顔に押し切られカレーナポリタンを頼んでしまった。昔ながらのナポリタンが食べたくてこの喫茶店に入ったというのに。
先にアイスコーヒーが出てきたので、作業で乾き切った喉を潤しながらカレーナポリタンを待った。
10分ほどするとカレーナポリタンがわたしの目の前にきた。しかし、私の想像したそれとは全く異なるものが来たのだ。白いお皿に一面水色に覆われた食欲を削ぎ落とすものだった。
「あの、これはなんですか?」
私は木見さんに尋ねた。
「え?カレーナポリタンです。かわいいでしょ?」
もっと詳しく聞けばよかったと後悔した。
「まぁ、食べてみてください!美味しいですから。」
彼女は自信満々にそう告げる。
私もこのまま残すわけにはいかないので、一口食べてみることにした。
「うまい」
私は思わず言葉をこぼしてしまった。
「でしょ!見かけだけで味を判断してたらもったいないですよ。」
彼女は嬉しそうに言った。
そうこうしているうちに次の依頼に向かわないといけない時間になってしまった。私はカレーナポリタンをかきこんで喫茶店を後にした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?