20230415_はじまりの白
四月十五日、土曜日。午前十時頃。
シャラナ様が薗頭家にやってきてからちょうど一週間。
シャラナ様を探す便りは来ず、しかしくれない様も含めそれを気にする素振りはありません。
新しい妹ができたと喜ぶくれない様はともかく、
一人異世界に迷い込んでしまったと思われるシャラナ様は心細くないのでしょうか。
……もし私が一人魔法界に迷い込んでしまっても、
くれない様のような方に見つけてもらったのなら、大丈夫な気がしますね。
いや、これは特別なケース。比較してはいけません。
さて、そんなお二人は朝からプリズムストーンに来ております。
平日は学校が終われば稽古のあるくれない様でしたので、
週末まで待ってもらった分、今日はシャラナ様と一緒にたくさんプリマジを楽しみたいと張り切っておられます。
「あら、くれないじゃない? 今日はこっちに来てたのね」
やや挑戦的で強気な声。
私から見れば笑顔で振り向くくれない様と、その後ろにちょこっと隠れるシャラナ様。
視線の先には、紫色が鋭く差した黒髪を流す、むらさき様がおりました。
なぜかファイティングポーズを取られていますね。
「むらさき、おはよー」
「おはよう。ねぇ、その白い娘だれ?」
「シャラナちゃん。ぱたひらちゃんから聞いてない?」
「聞いてないわよ。ちょっと、起きなさいぱたひら!」
むらさき様が髪留めをつんつんすると、光輝いてふわふわした後、
私と似たような姿……いえ、顔つきとかは全然似ていません。
蝶の羽を持った小さい妖精の姿になりました。
「ふぁ~。なぁにむらさきーもう出番ー?」
「なぁにじゃないわよぱたひら、シャラナって誰?」
「んーーーと……? ばさらから、そんな名前、聞いたこと、あるような?」
ぱたひらと呼ばれた妖精は、オオムラサキのような羽をぱたぱたさせながら
首をめいっぱいかしげてひらひら浮いています。
「連絡の時に寝ぼけていそうなのは感じましたが、まさか何も覚えていないとは」
「じゃあ改めて説明する。いま家でお世話してる、迷子のシャラナちゃんです。ごあいさつ、できる?」
後ろでもじもじしていたシャラナ様はくれない様にぽんぽんされると、
ちょこんと前に出てきてきれいなお辞儀をされました。
「シャラナ・スクラナブラです。よろしくお願いします」
「かわいい」
「これで、いい? くれないおねえちゃん?」
「かわいい」
くれない様、グッドポーズが漏れています。
挨拶をされたむらさき様は、一歩前に出て軽く会釈。
「ご丁寧にありがとう。私はむらさき、そのくれないの、妹よ」
妹、の部分を気持ち強調しながら胸を張るむらさき様。
おや、これは珍しく嫉妬されてますか?
「……どうして、一緒に住んでないの?」
「いろいろ理由があるのよ」
「シャラナちゃんは、あんな不良になっちゃだめよー」
「……うん」
じっとむらさき様を見つめたまま、くれない様と抱き合うシャラナ様。
これは、いけない予感。
思えば最初のファイティングポーズは、くれない様からの急な抱き着きに備えた
むらさき様の抵抗の表れだったのでしょう。
それが不発だったことと、その理由と思わしき存在に対し、安堵とは別の感情が湧いていそうです。
「それじゃくれない、こんなところで世間話もあれだし、ステージに行きましょ」
「うん……って、え? 一緒に?」
「たまにはね、そういうのもいいじゃない?」
むらさき様の挑発するような視線はシャラナ様に向けられています。
さすがむらさき様、小さい子にも容赦がない。
少しむっとした表情のシャラナ様は、くれない様とつなぐ手に力を入れたようです。
「どうしたの、シャラナちゃん?」
「ねぇおねえちゃん、私もプリマジ、してみたいな」
「「えっ」」
嬉しそうなくれない様と、驚いた様子のむらさき様。
「ぷ、プリマジスタでもなければパートナーもいないおこちゃまにプリマジなんて」
「ばさらなら、できる」
力強いくれない様のお声。
……え、私呼ばれました?
「ばさらなら、私のパートナーをしながらシャラナちゃんのサポートもできる」
「えっと……」
ステージのギミックやエフェクトなんかの操作・演出をしながら、タイミングを計りイリュージョンも行う。
割と大変なんですよパートナー業も。
それを、同時に二人分……?
「……ばさらなら、できる、よね?」
「はい!」
私としたことが、くれない様の信頼に即答できなかったとは。
やってみせましょう!
………………
…………
……
最初はいっとと一緒に来ようと思ったのに断られて。
仕方なく一人で来ればくれないと会ったので逃げようと思ってたのに。
どうしてか三人でライブをやることになった
ま、ライブ自体はよかったんじゃない?
うん、とても良かったと思う。私とくれないでバックを飾るなんて、なんて贅沢なのかしら。
それがデビューステージですってよこの子。
どんな徳をつめばそんなことができるのだろう。
「楽しかった、シャラナちゃん?」
「うん!」
あぁ、実にいい笑顔。
思い出すわ、私の最初のステージ。
見たことのある知らない関係者ばかりが集まった観客席。
たくさんたくさん練習して、それでも途中で間違えちゃって。
終わった後のぱらぱらとした拍手と。
その後に出てきたくれないに、始まる前から贈られた拍手のあの圧と。
あぁ、ほんと。思い出したくもないわね。
私自身、自分のステージよりあの時のくれないのステージのが脳裏に焼き付いちゃってるし。
表のプリマジは裏のと違い、初心者でも安心して楽しめるよういろんな工夫がある。
ダンスなんかも、難しい動きはマナマナがサポートするなんてのもできる。
なんにしたってばさらのマナマナ、
ひいてはくれないが集めたワッチャの力のおかげ。
……なんか、面白くないわね。
「ねぇシャラナちゃん」
私から声をかけられるなんて思わなかったのか、シャラナはびくっとした。
こんなに笑顔作ってるんだから、そんなびくびくしなくていいのに。
「次はもっともっと面白いことに挑戦してみない?」
「?」
私の申し出に、小さく首をかしげるシャラナ。
距離はちょっと感じるが、それでも面白いことに興味はあるようだ。
灰に透き通った目でじっとこちらを見つめている。
「今度のミックスコーデコンテスト、あなたも出てみない?」
「ミックスコーデコンテスト?」
「えぇ、テーマに沿って好きなコーデを選んでプリマジするの」
今日のステージでは、コーデはくれないが趣味で選んでたのを私は見逃していない。
自分はロック趣味なのに妹にはふりふりを着せたがる、昔からの悪い癖だ。
と、いまいち分かってなさそうなシャラナに、私は手持ちの適当なコーデカードをばばっと広げて見せてみる。
「わぁーきれい!」
キラキラのコーデカードを眺めるシャラナ。
ま、これは全部私のだから貸してもあげないけどね。
「ちょっとむらさき、シャラナちゃんは今日初めてプリマジしたばかりで」
「いいじゃない、コーデはくれないがたくさん持ってるでしょ?
ばさらと一緒に貸してあげなさいよ」
「それは。私はいいけど、ばさらは大丈夫?」
「くれない様がよろしければ、私も構いませんよ」
「じゃあ決まりね」
物理的に距離を詰めて、シャラナに手を差し出す。
「勝負は三週間後。その時は一対一で勝負しましょうね、シャラナちゃん」
「よく分からないけど、うん!」
元気のいい返事と共に握手を交わす私たち。
屈託のない笑顔。ほんと、この子は無邪気ね。
迷子だって言ってたけど、ほんとにただの迷子なのかしら。
「あ、もちろんくれないはコーデ貸すだけ。アドバイスとかなしだからね」
「え」
「私とシャラナちゃんの戦いだもの、公平にしないとね。
シャラナちゃんだってくれないのおかげで勝っても嬉しくないでしょう。ねー?」
「う、うん」
「そんな……」
ふふ、明らかに落胆した顔。一緒に楽しもうったってそうはいかないんだから。
「じゃ、勝負の日まで頑張りなさい。またねー」
ふふふ、分からせてあげるわよ。
プリマジと言う勝負の世界と、私の実力を。
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あつい。あつい。あつい。
喉の奥が。胸の向こうが。手のひらの裏が。
どこだ。どこだ。どこだ。
夢の鍵は。友の縁は。そして、ここは。