20230506_縁結び_Mellem Mellem ...
鏡よ鏡よ、鏡さん。
私が来たあの空の向こうに、私がいた場所はありますか?
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私がここにきてから、どれくらいの時間が経ったのでしょうか。
最初は願いが叶ったのだと、あの家から逃げられたのだと、そう思っていました。
優しいお姉ちゃんができて。
真面目な妖精さんとお友達になって。
きれいな魔法と出会って。
新しくてやかましい友人は、妹がいたらこんな風なのかなって。
とにかく、いろんな楽しいことが詰まったここでの暮らしは、
まるで私が求めていた夢の世界のようでした。
あの森の中の家にいたままでは、決してこんな気持ちにはなれなかったでしょう。
それでも。
あわただしく特訓に励んだ時間が過ぎて。
一つの戦いが終わって。
ふと思い出してしまったのは、あの森の中の家での暮らしでした。
あの日、お姉ちゃんと喧嘩して森に飛び出して。
お気に入りの花畑で、いつものように手鏡に話しかけて。
気付いたら、あの白に包まれて。
……私が着いたあの場所で、手鏡に話しかけたら。もしかしたら。
……でもなぁ。まだここでやりたいこともたくさんあるし。
……帰る、まではしなくていいから。ちょっと、家族とお話するくらい。
……それくらいの魔法が、起きたりしないかなぁ。
窓から眺めた空を埋め尽くす雲はとても重そうで、それでも遠くに浮かんでいました。
私の手では、あの白まで届きそうにありません。
………………
…………
……
「ほんとに、プリズムストーンじゃなくていいの?」
「うん、今日は公園でお姉ちゃんと遊びたい気分!」
今朝シャラナ様のお願いをにやけ顔で承諾されたくれない様は、今またにやけ顔でうなずいていました。
ここはプリズムストーンの周りに広がる公園。ゴールデンウイーク真っ只中ということもあり、その入口では多くの方が行き交っています。
「じゃあ何しようか。滑り台? アスレチック? それとも、まずはお散歩とか?」
プリズムストーンが併設されているほどの公園とあって、ここには様々な施設があります。
大きな芝生広場に大きな池。大きな滑り台にアスレチック。テニスコートなんかもあります。それらを繋ぐ、木々の間を縫う散歩道も人気ですね。
「んー、じゃあ……お散歩!」
シャラナ様は数歩離れてからくるっと振り返り、そう提案しました。
そのかわいらしさに、くれない様の姉の部分が揺さぶられたのでしょう。変な間がしばし空き、それから返事をして歩き始めました。
それを見てにこりとして、シャラナ様はまたくるっと向こうへ振り返り歩き出しました。
本日は曇り空。
春というにはもう暑さと湿気がじんわり滲む天候ですが、木々の下では涼やかさを感じました。
ゆるやかな風の中、白い大きなみつあみを揺らしながら、シャラナ様は私たちの前を進みます。
くれない様は、時折高い木を見上げたり小さな花々を目で追ったりするシャラナ様を見て楽しんでいます。
シャラナ様はゆるやかに、しかしあまり足を緩めることなく進んでいきます。どこか目的地があるのでしょうか?
さて、歩くこと十数分。
公園をぐるっと半周歩き、反対側の出入り口辺りまでやってきました。
私にはよく分からないオブジェがたたずむ出入り口の広場は、そう。
くれない様とシャラナ様が出会ったあの場所です。
今までよどみなく歩いてきたシャラナ様は、オブジェを見上げるように立ち止まりました。
「くれないお姉ちゃん。ここが私たちの出会った場所だよね」
「そうだね。霧、みたいなものから引っ張り出したね」
あの時は何が起きたかと思いましたね。
あれから一ヶ月程。いろんなことがあったものの、未だシャラナ様に関することはよく分かっていません。
「……めれむ、めれむ、ふぁうめれむ」
ふと、シャラナ様が何かをつぶやきました。手には光る何かを持っていますね。手鏡、でしょうか。
「シャラナちゃん、どうかしたの?」
くれない様が近づきます。私も一緒についていきます。
シャラナ様は特に反応せず、空をじっと見上げていました。
しばらく反応がなく。
ふぅっと、シャラナ様が息をついて、手鏡をポケットにしまいました。
「……ううん、なんでもない」
笑顔で振り返り、また歩き出そうとするシャラナ様。
するとその背に向けて、声が降ってきました。
「見つけた!」
まっすぐな力強い声が私たちを貫きます。
声の元は、どうやらオブジェの上ですね。どうやってのぼったのでしょうか。
オブジェの頂点に手をついて座る姿はどことなく犬のように見えますが、間違いなく人です。耳に見えたものは頭の上に結ばれた二つのお団子のようです。
「シャラナちゃん、知り合い?」
「えっと、どうだろ。分かんない」
どうやらシャラナ様の知り合いでもないご様子。
であれば、やっかいなファンとかでしょうか。シャラナ様も有名になっていますからね。
何があってもいいように、袖に仕込んだカードに指をかける私。
「会えたのは初めましてだから、ね!」
声の相手はオブジェから飛び跳ねました。
軽やかに着地し、勢いのままシャラナ様にぐいっと肉薄。あれです、ガチ恋距離ってやつです。本で読みました。
「でも、声に聞き覚えとかないですか?」
「声……?」
はっ、少々脳内が止まっておりました。くれない様も同じように停止したまま。
シャラナ様は、じっと相手の目を見つめています。
状況が違えばそういうシーンのように感じます。あぁ、いけない、最近そういう本を読んでいるからとはいえそのような妄想を……!
「……わかんない」
「そっか、やっぱり距離が遠すぎたのかな。本当なら同じ場所まで飛べるはずなのに、全然違うところに出ちゃいましたし」
一人うなずく謎の人。二つのお団子も心なしか揺れています。
よく焼けた肌。まん丸の碧眼。すっきりとした金髪。
あれ、前髪私と似てないですか?
「あなたは、誰ですか?」
ようやく動き出したくれない様はすっと二人の間に入り込み、警戒するように尋ねました。修羅場ってやつですね。
「あ、これは失礼しましたお連れの方。僕はぴかり△、シャラナのパートナーになるためにきたマナマナです」
む、これは私にとってもマナマナライバルの予感。
軽くたしなめていきましょう。
「初対面というのにずいぶんな物言いですね、ぴかり△様とやら。シャラナ様もお困りのようですよ」
「初対面なのはそうですが、僕とシャラナがパートナーになるのは運命ですよ」
不敵な笑みを浮かべるぴかり△様。
ところでこの△ってどう発音してるんですか。
「最高のパートナーとの縁を手繰り寄せるマジ。聞いたことはありませんか?」
「……ないですね」
「ない」
「しらなーい」
さらっとした返答にやや苦笑気味のぴかり△様。流れが傾いています。
「ま、まぁ、そういうものがあるんですよ。それを使って見つけたのが、そのシャラナちゃんなんです。本当ならそのまま僕自身を相手のもとへ飛ばすはずなんですが、そこはどうもうまく発動できなかったみたいで」
「……縁を結ぶマジを使って、結果私とシャラナの縁が結ばれたなら、そういうことなんじゃない?」
くれない様少し黙っててください、とは言えない私でした。
「そこは偶然とも、運命ともとれますね。まっ、最高のパートナーが僕なのは間違いないですけど!」
胸を張るように主張するぴかり△様。
人探しと人間界への跳躍をセットにしたようなマジ、と考えればなくはないでしょうが。そういう複合マジって応用性が薄まるので一般的ではないんですよね。どこかの伝承系でしょうか。
「……しゃらなにふぁーうぉんえぷるびるでぃあ」
私たちのやりとりの横でふと、シャラナ様が何かつぶやきました。
「えっと、シャラナ? 今、なんて?」
「……なんでもない」
ぴかり△様の返答に少し残念そうな感じなシャラナ様。
しゃらな、はご自身の名前として。あとはなんでしょうか……?
「まぁとにかく、初めましてでいきなりというのが難しいのは分かってます。まずはお試しで、僕をパートナーにひとつステージでもどうでしょう?」
「今日のシャラナはお散歩のきぶ」
「いいよ、やってみよう」
くれない様の声を遮るように肯定したシャラナ様。くれない様、あまり見ないびっくりした顔してますね。
「そうこなくっちゃ! 僕らの相性の良さを、ぜひ体感してみて!」
………………
…………
……
運命や縁なんて分からない。
でも、このステージはとても心地よかった。
魔力が身体に染みてくるというか、満たされるというか。
ぴかり△さんのおかげ、かもしれないし。
くれないお姉ちゃんが最初に歌ってくれた曲を歌えたのもあるかもしれない。
ぴかり△さんについては正直よく分からない。
もしかしたらと思って古い言葉を試してみたけど、通じなかったみたい。
マナマナって言ってたし、私は知らない、みんなが知ってる辺りから来たんだろう。
……私は、どこから来たんだろう。
「鏡よ 鏡よ 鏡さん」
ふと、呟いてた。
そしたら、繋がった。
………………
…………
……
ステージは見事なものでした。
パートナーとして、実に息の合ったコンビネーションを見せられました。
これで初めて、とは。ぴかり△様とやら、口だけではないようです。
「シャラナ―、かわいかったよー!」
くれない様が普段からは信じられないような大声で応援しています。シャラナ様のステージに対してはいつもなのですが。
そんな様子を横目で見ていたら、ステージが光り輝きだしました。
あまりにまぶしく、直視できないほどの白い光。
「ちょ、ちょっと、プリマジのステージはキラキラって聞いてたけどこんなになの!?」
ドローンに乗ったぴかり△様が焦った様子で尋ねてきました。
そんなわけないでしょう。
「かわいさで前が見えないほどとは」
「そんなわけないでしょうくれない様!」
しまった、声が出てしまいました。でもどさくさで聞こえていないご様子なのでセーフです。
しかし、あの光は一体。シャラナ様は大丈夫でしょうか。
………………
…………
……
真っ白な世界の中。
目の前には、鏡。
目を丸くした私の顔が映ってる。
と、きらっと光った瞬間にその顔は別の顔になった。
私と似た顔の、それでいて薄紅色の髪の少女。
「メラリー、お姉ちゃん……!」
………………
…………
……
しばらく続いた白い光が、少しずつ弱まってきました。
光の真ん中にはシャラナ様の影が見え始めて。
それからしばらくして、光は完全に消えました。
「シャラナーーー大丈夫ーーー!?」
ドローンでその場へ飛び込んで飛び出したぴかり△様は、立ち尽くすシャラナ様へかがんで様子を伺いました。
「シャラナ、泣いてるの……? 何かあったの?」
焦った様子のぴかり△様。
「ううん、大丈夫。ありがとう、ぴかり△」
そう言って、シャラナ様はぴかり△様の手を取りました。
「い、いや、大丈夫って、君泣いて……」
「これからも、パートナーとしてよろしくね」
状況が分からないのはぴかり△様も同じだったでしょうが、その言葉を聞いて決意したように、ぎゅっと手を握り返しました。
「……もちろん、一緒に頑張ろう」
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白い光。シャラナ。この魔力。
何かがあったのは間違いない。儀式をしたあの日に見えた光景は。彼女はいったいどこにいたのか。
どこに。だれと。つながった?
分からないことは多いけど。結果オーライ。頑張っていこう。