20220710_至高
目標を定めてからひと月以上が経った七月の頭。
サニとの練習は順調だった。
たまに意見は食い違うが、それでも納得のいく答えにすり合わせられる。
それが、どこか物足りなく感じるときもあるが。
「よかったのか、もう散り際なんじゃ」
「いいの」
梅雨も明け、濃い青の空が広がり、じっとりとした風が吹く。
向こうには海がないからこういう風は久しぶりで心地よい。
「いつも満開の頃に来てるんだから、たまにはこういうのもいいじゃない」
「ま、むらさきがいいなら」
日本で、はいくつかあるようで。本州だとたぶん唯一。
私の好きな花が生きてある場所。
もっとも、その花は今は既に見ごろを終えて散っているだろう。
それでも、いや、そういう姿だから、急に見たくなったのかもしれない。
「お、まだちょっと残ってるみたいだね」
いつもの場所に着くと、僅かに残る紫色が濃い緑の中にわずかに見つかる。
大きくとも、木としてそこまででかい! という感じではない、親しみのあるサイズ感。
綺麗に並ぶ細い葉がゆったりと揺れている。
「そうね」
海岸沿いの遊歩道に並ぶ木々。
ここを歩く誰もが、この木を見て、この花を見る。
そこに残るものは。
「……よしっ!」
痛い!
うん、頬を張り手すれば当たり前。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫、やる気でた。さ、帰るわよ」
「えぇ!? 着いたばかりじゃないか」
片道四時間弱。あさぎならいける、頑張れ。
そんな気持ちを背中で伝えながら、私はすたすたと車の方へ歩いていく。
「せ、せめてご飯くらい食べてからー」
と。
そんな話が一週間前。
またあの場所に行くためにも、実家にこもる生活に戻る訳にはいかない。
今日はそのための、大切なフェスの日だ。
………………
…………
……
初めて催されたデュオ大会は、それは盛況だった。
今までのフェスは割と固定された顔ぶれになってしまっていたが、
今回はデュオという新たなプリマジを体験すべく参加したプリマジスタがたくさんいた。
いずれも一人でのステージとは違う顔を見せてくれてとても良い。
と、ファンとしていられるのもあとちょっとだ。
隣で瞑想でもしているように目をつむっているむらさきと違い、
私はちょっとそわそわしている。
このそわそわも、元を辿ればむらさきのためなのだから納得いかないところもあるが、それはそれだ。
参加するからにはしっかり楽しみたいし結果も残したい。
早々に出番だったいっとになのデュオは可愛らしい出来であった。
静かな曲調ということであまり選ばれていなかった奇跡の降るであったが、
その中に二人の愛らしさを詰め込んだデュオは、間違いなく現在の優勝候補だろう。
あの二人のように、自分達と曲の良さをマッチさせていかねば。
「サニ、また余計なこと考えてるでしょ?」
「えっ!?」
いつの間にかこちらをにらむようにしていたむらさきが一言。
「サニは何も考えず、素の良さを出していけばいいのよ」
「言いたいことは分かる気がするんだけど、言い方ってものがさ」
「あら、こういうのも私のいいところでしょ?」
んー、この自信よ。
この顔とやや伏せた目に泣かされた人がどれくらいいるのか。
「ほら、もうすぐ出番みたいだし、準備準備」
「はいはい。ぽぽふー起きてー」
「ん、んん……もう、あさ……?」
「昼よ」
浮かんできたが大あくびをしているぽぽふの頭をぷにぷにするむらさき。
と、思えばいつもの髪留めをしてないような。
「あれ、そういえばぱたひらは?」
「ぱたひらなら先にドローンに入ってるわよ。そっちで見てるって」
「そうなんだ、珍しいね一緒じゃないの」
「まぁ、そうね。でも最近は練習後なんか割とそうだったわよ?」
「へー……喧嘩でもした?」
「してないわよ! 何よ、一緒にいたくないってこと?」
「冗談冗談、ぱたひらはぱたひらで何か頑張ってるんだよきっと」
「当たり前よ、まったく。ぽぽふも、イリュージョン頑張ってよね」
「ふぁ~い……」
間の抜けた返事ではあるが、頼りにはしてるからね。
さて、気を取り直していきますか。私たちのデュオステージだ!
………………
…………
……
で。
全部の組が終わって、結果発表のためのドラムが鳴って。
なかなか発表がされないままドラムが鳴りやんだのだが。
「あれ?」
『えー、ご説明させていただきます……』
運営責任者という人が説明した話によると。
エレメンツの一人が頑なに自身に見合うプリマジスタを選ばなかったことで
優勝者がなしになってしまっているということだ。
「そ、そんなことあり……?」
「あー……ぺったが、ブライトネスのエレメンツは気難しいと言っていましたが……」
「こういうことなのにな……?」
「ちょっと! じゃあフェスはどうなるのよ!」
一応集めたワッチャに基づくのだろう得点は出るので
それを持って優勝者は選べるが
エレメンツコーデはエレメンツが認めないと渡せないとか。
それでは、むらさきはグランドフェスに出られない。
『つきましては、これからしばらくの時間フェスを延長し、希望者には追加でステージをして頂けるようにしました』
と。
これから新しくデュオステージを行い、
その中でエレメンツが認めるものがいればその場で優勝になると。
「よし、やるわよサニ」
「や、やるって何を!?」
「なんでもよ、他にも候補の曲やコーデあったでしょ、それでもう一度……」
当然ながら、先ほど行ったステージと同じものでは認められることはない。
だが長い時間をかけて準備してきたものでダメだったのだ。
その過程にあったものとは言っても、急ごしらえで挑んでどうにかなるものだろうか。
「とりあえず落ち着いてむらさき、あせってもどうにも……」
「でも! 私にはここしかないの、無茶でもなんでもやるしかないのよ!」
余裕のないむらさきの声。
こちらを向かないのは、声の震えから察しがつく。
でも、だからこそ、そんな状態でステージをしたって意味がないのだ。
やや静まった空気の中、ひとまず一同は控え室へと戻った。
だがそこから、ステージをしに出ていくものはほとんどいない。
むらさきもそれきり黙ってしまい、手を組んでうつむいている。
「組みを変えてもいいみたいですし、サニさん、思い出作りに一緒にやりませんか?」
「いっと、気持ちは嬉しいけど、今は……」
「むらさきちゃんなら大丈夫ですよ、時間が解決してくれるはずです。というか、たぶん私がサニさんとデュオしたら怒って復活するはずです」
この子、自分の欲求とむらさきへの気遣いを同時に……?
でも私としても、今はステージ上がる気分では。
考え込んでいると、控え室の扉が勢いよく開いた。
「むらさきーーー!」
飛び込んできたのはぱたひら。
ステージ後も姿を見ないと思っていたが。
扉を吹き飛ばした勢いのまま、ぱたひらはむらさきの眼前に突っ込んだ。
「むらさきむらさき!」
「ぱたひら、何?」
「連れてきたよ!」
「連れてきたって、なに、を……?」
と。
視線を扉に戻すと、そこには以前見た紅色の長髪。
「きたよ、むらさき」
小さく手を開いて振っている。
相変わらずのクールな表情だが、これは?
「ちょ、ちょっとぱたひら、なんでくれないが……!?」
「話はあとあと! ほら、ステージに行こう!」
「な、なんで、っていうかステージで何を」
「デュオやろう、むらさき」
「ちょ、掴まないで、サニーいっとー助けなさいよー」
とは呼ばれたが。
いっととも目を合わせて、なんか大丈夫そうだしいいかなと見送ることにした。
「薄情者ー!」
「えぇいまどろっこしい、こちらで運びます! マナマナ!」
くれないの後ろから現れたばさらが唱えると、
いつぞやのように宙に浮かぶむらさき。
ついでにぱたひらがむらさきの口を手で押さえ、
そのまま扉の向こうへと消えていった。
微妙な沈黙が控え室に戻る。
「……とりあえず、客席に行ってみるのにな?」
「だね」
………………
…………
……
「なんできたのよ」
「ぱたひらに誘われて」
「ぱーたーひーらー?」
「え、えっと、最初はね、むらさきが優勝するところを見てもらおうと思ってね?」
「じゃあ最近こそこそ私から離れて動いてたのは」
「はい、わたくしと連絡を取り今日に備えていました」
「ありがとう、ぱたひら」
「くれないちゃん、どういたしまして」
「で、それがなんでデュオまでやる話になるのよ?」
「むらさきは優勝したい、ならステージしないと」
「その相手がなんであんたなのよ!」
「私たちなら、できるステージがあるから」
「どんなよ、今回は課題曲から選ばなきゃなんだし」
「大丈夫、むらさきが練習してた曲、覚えてきた」
「ぱたひら?」
「えーっと、私は何やるか教えただけで……」
「完コピしたほうが、応援しやすい」
「それでダンスまで覚えるのはおかしいでしょ」
「くれない様は体で覚えた方が早いのです」
「……はぁ。じゃ、期待していいのかしら?」
「もちろん、お姉ちゃんを信じて」
「やるからには優勝よ?」
「もちろん、そのつもり」
差し出された手を取ってふと思い出したのは、幼い日の記憶。
姉と共に特訓に励んだ日々。
その合間に、二人で自由に歌って踊っていた時間。
それにつられて出てきたぱたひらと会った日のこと。
プリマジの勉強にと連れて行ってもらったプリズムストーンでみたステージ。
そして、姉の最高の、そして一人きりのステージ。
あの美しく力強い一輪の花。
私は、そうはならない。
特別な場所で大事に守られ、選ばれた者にしか見れないものではなく。
道すがらを彩る、誰もが見てそっと笑顔になれる、満開の花に。
なるんだ、ここで。
………………
…………
……
むらさきとくれないのステージが終わると、
一瞬の静寂の後に喝さいが響いた。
私とのステージでも同じ曲だったのに、この二人だとハマるにも程がある。
素直に称賛しきれない気持ちもあるっちゃあるが、でも、すごいものを見てしまったという気分が強すぎる。
当然のようにエレメンツもこれを認め、
むらさきにはダークネス、くれないにはブライトネスの
エレメンツコーデが贈られたのだった。
「その……ありがと、くれない。助かった」
「気にしないで。さ、お家に帰ろ、むらさき」
「う……んじゃない! その手には乗らないわよ!」
「ちぇ」
「感謝はしても、まだ家には帰らないわよ。グランドフェスで結果を出して、表のプリマジで羽ばたいてやるんだから!」
「えっと、それでなんで家に帰らない理由に……?」
「え、だって帰ったらあの家でしかプリマジできないんじゃ……」
「そうなの? でもわたし、ここでプリマジしたよ?」
「……そう、よね。あれ? 怒られたりしない?」
「別に。家でやることはやってるし」
「そ、そう……?」
ステージで何やってるんだろうあの二人。
優勝者インタビューのはずだが、喧嘩にも振り切れてない姉妹のやり取りを前にして、なんかこう、誰も止められずにいた。
「えっと、くれないはさ、お母様に言われて私を連れ帰りにきた、とかじゃないの?」
「お母様が? 心配はしてたけど、連れ帰れとかは別に。あさぎおじさんなら大丈夫だろうって」
「じゃあ、なんで私を連れ帰ろうと……?」
「家出は悪いこと、妹を不良にはしたくない」
すごく真面目な顔で言い切るくれないの姿に、客席はところどころ噴き出した気がする。隣のいっとも声を押し殺して笑ってるし。
「……おじさんの家にいるんだから、家出じゃなくて外泊よ」
「……それも、そっか」
そうやって頭を抱えながら、むらさきは壇上から去っていき、くれないもその後を追った。
いやほんとなにこれ。
………………
…………
……
くれないが家に帰って。
私は迎えにきたあさぎを問い詰めて、ここにいることは初日からお母様に筒抜けであった事実を聞いて、蹴りも入れて。
そして私も自分の家に戻って、一息ついて、ぱたひらから手紙を受け取ったのがついさっき。差出人は薗頭縁慈、つまりお母様だ。
綺麗な優しい字で書かれた堅苦しい文面は、ばっさり言えば「帰ってきたくなったらいつでも待ってる、お元気で」と。
なんていうか、私が勝手にから回ってただけだったんだなぁって。
深い深いため息を漏らして床に寝転がった。
「むらさきー、ほんとに良かったの?」
視線のさきでぱたぱた浮いているぱたひらが問いかける。
「いいの、プリマジスタの私はこっちで生まれたんだから。ぱたひらは帰りたかった?」
「んー、帰ったらお勉強もお仕事もたくさんしなくちゃだし……」
ぱたひらは本来ならまだ見習いマナマナ。
私が連れ出しちゃったから、その辺も止まってるんだろうなぁ。
「あら、だったら帰るべきだったかしら」
「だ、大丈夫! それに、ばさらからたくさん宿題だされちゃったし……」
「ふふ、頑張りなさいな」
「はーい」
裏で勝手にやりとりしていたというのは気にくわないが、ばさらも気が利いている。ぱたひらにはぱたひらで、しっかりと私のパートナーになってもらわないとね。
ぱたひらはさっきの返事と共に、自分用のミニチュア机へと向かった。
私も、もらった手紙の返事でも書くかな。
内容は、そうだなぁ。
グランドフェスが終わるまでは少なくとも帰らないことと、あとは。
私の好きなものの写真も入れておこう。
あの場所で撮った、私たちの写真を。