20220807_世界を創るもの

人間界にはこんな話があるそうですよ。
蝋で翼を作った若者が、その作り方を授けた父の忠告も恐れず太陽を目指し、案の定翼を失い墜落した。
彼らは元々、幽閉された地より逃げ出すため翼を作ったようですが。
それだけならばわざわざ太陽を目指す必要はなかったというのに。
無駄な目標や根拠のない自信は身を亡ぼす、という教訓なのでしょうかね。

さて、理由はどうあれ自ら伝授した翼で息子を失った父は、果たしてどんな気持ちだったのでしょう。

………………
…………
……

「ねぇ、ぷにゃ? 今の貴方なら、思い当たる気持ちアンサーがあるのでは?」

耳障りな響きを持った声。
太陽のように輝いていた宝石に、黒い笑みが浮かんでいる。
姿を見て思い出した。存在は覚えていたはずなのに、なぜか記憶から消えていた、あいつは。

「ぺった、貴様なにを……!」
「はははは、結果を待たず報酬に手を伸ばした不遜な輩クリミナルを止めたまでのことですよ。それよりいいのかな? 貴方の相棒パートナーが、今まさに落下していますよ?」

そんなことは分かっている。
しかしきらめき分身をしたドローンにはもうワッチャが残っておらず、既に落下を始めている。地に落ちるのは我だけでよかったのに、なぜになまでそうならねばならぬ。
何か、になを助ける手段は。
そう考えていると、ドローンが何かにぶつかりぷわっと受け止められた。
気付けば空中に、青い布が広がっていた。

………………
…………
……

夢に手を伸ばして、届かなかった。
強い光と、落下していく感覚に、目をつむった。
じんわりと広がっていく恐怖。
そうやって動けずに縮こまっていた私を、誰かの手が受け止めてくれた。
優しい反発感と共に落下の感覚も止み、ゆっくりと目を開けると。

………………
…………
……

えっと。
私は確か、自分のステージが終わった後になのステージを見るためバルコニー席に回って。
そこでむらさきたちと一緒にステージを見ていたはずで。
うん、少なくともこんな青いローブみたいなのをまとってぷわぷわ浮いたりはしていなかったはずだ。
でも浮いているなら、急に翼がはじけて落下してしまったになを助けられる。
考えた時にはすでに床を蹴っていた。

「サニ、忠告」
「なにぽぽふ、今急いで……」
「その布は、サニを浮かせるだけで精一杯なので」
「えっ、にな受け止めたらきつい感じ?」
「きつい感じ」

んー、運よくこういう感じになったのならこれが助けになるんだと思ったんだけど。
どうするのこの後。

「だから、その布はぷわっと広げて。そこに飛び乗る。一瞬なら二人でも大丈夫、なはず」
「えっと、布でになを受け止める感じ?」
「布を先に投げて、そこにになを抱えたサニが飛び乗る感じ」

難しくないそれ?

「布の操作は、僕がやるから。サニはとりあえず、になを受け止めることだけ考えて」
「よく分かんないけど。とりあえずやってみる!」

になはあの宝石の真下。あの辺に布を投げ、たら私が浮く力なくなるんじゃ?
えぇい、ぽぽふがきっと何とかしてくれる!
ローブを脱ぎ投げるとぷわっと広がる。思ったより大きい、あれなら大丈夫かな。
あとは、になを。受け止める!

………………
…………
……

目を開けると、サニちゃんがいた。

「にな、大丈夫!?」
「……大丈夫、なのにな」

見たことない青いひらひらなコーデのサニちゃんは、お姫様だっこの形で私を受け止めてくれたようで。結構強い力で、ぎゅっと掴まれているようで。
あ、あれ、なんかこっぱずかしいのにな。

「サニ、と、とりあえず、跳んでバルコニーへ……あんまもたない……!」
「あ、ごめんぽぽふ。じゃあにな、掴まってて」

とは言われても、これ、首に腕を回すしかないの、にな?
サニちゃんは既に視線をバルコニーに向けている。こっちの気も知らないでこの子は。
恐る恐る手を伸ばしているうちにサニちゃんが跳んだ。私はもう細かいことを考えずサニちゃんにひっついた。

「ぷにゃも、あっちに。とりあえず飛ばすから、あとは頑張って」
「頑張ってってどう、うぉぉ!!」

一回目の軽い跳躍から青い布を踏みつけると、布は翻りドローンをぽーんと放り飛ばした。
それに続くように二回目の跳躍してすぐに、青い布はきらきらに包まれて爆ぜた。

「ふむ、コーデを生み出すメイクする力をそのように使うとは……」

そんな低音が聞こえた気がした。

………………
…………
……

「ひゅー、やるわねサニ」

バルコニーに戻るとむらさきに冷やかされた。

「ほらにな、もう大丈夫だから。降ろすよ?」
「になっ!? う、うん」

ゆっくりとになの脚を降ろすと、おっかなびっくりといった様子でになは首に回してた腕を離した。

「で、結局今何が起きてたのよサニ?」
「いや、私に聞かれても全然……」
「え、分かってて助けに飛んだんじゃないの?」
「いやー、成り行きというか勢いというか」

むらさきは呆れ顔。でもまぁ、何らかのアクシデントなのは間違いない。になもぷにゃも無事でよかった。

「ぺったー、そこで何してるんですかー?」

いっとが大声で尋ねている。

「ぺったって、いっとのパートナーの?」
「はい、あそこに浮いてる黒いヤギがぺったです」
「おぉ吾輩のマスターよ、吾輩は山羊ヤギではなく羚羊カモシカですと何度……」
「とりあえず、その変に反響する喋り方をやめなさいー」
「ん、了解した」

不快な反響が消えてもぺったの低音はそのままである。

「それでー、何してるんですかー?」
「吾輩はマスターにふさわしい供物プレゼントを授けるためここにおりまする。先ほどはそれを奪おうとした不遜な輩クリミナル始末クラッシュしようとしたのですが、そこの小娘に」
「サニさんが小娘?」
「失敬、親愛なるマスターの親愛なるサニ様に邪魔、ではなく、うーむ、なんと言ったら……」

一瞬怖い声増えなかった?

「とにかく! 世界を照らすこのパゥワー、吾輩のマスターにこそふさわしい! さあいっとよ、受け取って下さい、ここに満たされたワッチャのすべてを!」
「えっ、いらないですよ?」
「え?」
「そんなことより、競技が止まってしまったら結果が出ないじゃないですかー、早く再開できるようにしてくださいー」
「いや、再開と言われましても、この展開は想定外アウトオブ眼中で……えぇ、喜んでもらえると思ったのに……吾輩のマスター素直かよかわいいなぁ……」

なんというか、ぺったといいぷにゃといい、勝手に動いていっとやになに迷惑かけてるな?
かなりぐだぐだしてきたこの空気、さてどうなることやら。事故なのか演出なのか分かりかねている雰囲気の観客たちのざわつきも大きくなってきている。
よし、ここは。

「ぽぽふ、イリュージョンは使えそう?」
「ん、サニがちょっとワッチャをくれれば、たぶん」
「じゃあお願い。それで私とになを、ラストステージに飛ばして」
「えっ、サニちゃん何する気なのにな?」
「になのステージをちゃんと締めないと。乱入しちゃったから私も一緒に、ね?」

………………
…………
……

投げ飛ばされ転がっていたドローンから出てきた我は、床にやや広がっていた。
うーむ、無理をしすぎてこの体すら保てなくなってきたのかもしれない。
このまま溶けて床の染みになったら、いつでもになのステージを見られるのにな、などとちょっと考えていると持ち上げられた。
目の前に、珍しく怒った顔のになが現れた。

「ぷにゃ~、まだ悪あがきはできるのにな~?」
「や、やめ、ぷにゃぷにゃするな」

頬、でいいのだろう、を潰されたり伸ばされたりされ続ける。しゃべりにくい。

「ふん、悪い子へのおしおきなのにな~」
「ん、すまぬ……」
「なんで怒ってるか分かってるのにな~?」
「心当たりしかないな」
「じゃあ何が一番悪いと思ってるか言ってみるのにな」
「……落ちるお前を、助けられなかったことか?」
「ん、そんな風に思ってたのにな」
「おや、違ったか」
「そこに罪悪感持ってるとは思ってなかったのにな~」

明らかに怒っていた顔がわずかに笑みを取り戻した。
うむ、になにはこのほうがよく似合っている。

「でも違うのにな」

うむ、怒ってる顔は似合わん、戻ってくれ。

「……では、なんだ?」
「になが勝つと信じてくれなかったことなのにな」

「なに分かってない顔してるのにな~になが勝つと思ってたなら、あんなずるしなくてもになの願いが叶うのにな~」

あぁ、そういうことか。
めちゃくちゃに頬を伸ばされる、こんなに伸びたのだなこの体。

「それに、ずるするならするでちゃんと伝えるのにな、説明ぶった切って今までありがとうさようならじゃないのにな~」

仕方ないであろう、カードに入れられる文字数に制限があるのが悪い。
宝石に向かい跳べ、まで入れたらありがとうかさようならのどちらかしか入らない。

「本当に、本当に……そんなこと、言わないで欲しいのにな……」

……だから、笑ってくれと言っているのに。
そんな顔は、になには似合わない。

「……すまない。カードの言葉は、撤回する」
「当たり前なのにな! ほら、最後のステージに行くのにな~」
「ん、まだステージを続けるのか?」
「それも当たり前なのにな! みんなに笑顔を届けるのにな~」

になは目元をぬぐうと、まだ少し赤い目でいつもの最高の表情を見せてくれた。

………………
…………
……

主からの伝言で、とりあえずそこで待っているように言われた吾輩であるが、そろそろ居心地が悪くなってきた。観客たちの視線も心なしか痛い。
ステージ中断は間違いなく吾輩のせいではあるが、このまま潔く終幕と決断しない運営は吾輩のせいではない。
主のかわいさを見たであろう、吾輩の主が優勝するに決まっている。
になには悪いがどうせ結果は変わらぬ、運営には早く今までの結果からの採点で。

「マナマナ!」

と、主たちがいるバルコニーが突如光った。
と思った時には勢いよくはじけ飛ばされた。

「うぉー!?」
『ぺった、聞こえますか!』
「おぉマスターよ! これはいったい」

地獄に親愛なる主の声!
なんらかのマジで声を授けてくださるのですね、さすが主。マジ天使。

『そのまま適当に爆ぜるように消えてください』
「えぇー!?」

主よ、それはあんまりなお言葉。

『あぁ、本当に消えるんじゃなくて、そういう演出です。バルコニーにでも飛んできてください』
了解よろこんで

主の願いならばと、吾輩は飛ぶ勢いのまま爆発四散。の演出をしてバルコニーに転移した。当然主の元へだ。どさくさで密着してしまう、あぁ、主の体温が心地よい。ずっとこうしていたい。

「おかえりなさいぺった、それとこれはおしおきです」

ぺちっと、額にでこぴんを受けた。かわいいかよ主。

「してマスターよ、次は何を?」
「このまま大人しく、ステージを見てましょうね」

むむ、さすが主は落ち着いておられる。吾輩が余計なことをせずとも優勝できると確信しているのでしょう。そうですね、下々の者にも可能性くらい残して差し上げねば。さすが天才は心が広い。素晴らしい。大好き。
あぁ、早く吾輩が寝食を惜しみ魔法学校の雑学書から禁書までを網羅し見つけ出したエレメンツ支配からの世界征服からの世界二人で貸し切り計画を遂行したい。大好き。

………………
…………
……

はじけたぺったの光の中から飛び出すように、私とになは飛翔した。
翼を取り戻したになと、さっきの青い布の小さい版で飛ぶ私。この布、足元が安定しないのでちょっと怖い。
でも予想通り、観客のみんなは湧いている。
まっすぐステージに向かう私と、その周りを大きめにぐるぐると旋回するにな。
になはステージ直前で大きく上に飛び、そこからゆっくりと降りてくる。私はその間にラストステージへ飛び降りて、降りてきたになの手を取ってステージに引き寄せた。

「みんな~、お待たせしちゃったのにな~」

ステージから笑顔を振りまくにな。
あくまでにながメインのステージだ、私は後ろでじっとしていよう。

『あれが後方彼氏面ってやつね』
『聞こえてるからねむらさき』
『あらごめんなさい?』

ばさらとぱたひらが頑張ってくれて、今私たちは心の中で会話ができる。
ぺったがまた何かしようとしたら教えてもらう手はずであったが、そちらは今いっとにぺったりくっついて大人しくしているらしい。
それよりも、さっきのむらさきみたいに余計な思考が飛んでくるのがわずらわしい。
というか、後方なんちゃらはバルコニーで腕組しながら眺めてるそっちのが当てはまるでしょ。

『むらさきに合うのは私、デュオでもサニに勝った』

あ、思考が漏れてたっぽい。

『えっ、張り合ってたの?』
『当然、だから曲も同じにした』
『うわー妬かれちゃってたかーそんなつもりなかったのになー』
『口癖マネしないでほしいのにな~あとさっきからみんなうるさいのにな~』
『ほ、ほんとそうよね! ばさら、ぱたひら、この念話止めて!』
『えーここからがおもしろそうなのにー』
『仕方ありません、こちらだけ繋いで楽しみましょうぱたひら』
『あ、そうだねーさすがばさらー』
『ちょっと完全に切りなさ』

よし切れた。あとは頑張れむらさき。

「それじゃあみんな、最後のステージいくのにな~! ア~ユ~レディ~?」

………………
…………
……

ぽぽふからワッチャを注入してもらったドローンの中からステージを見ていた。
普段は自力で浮いているぽぽふも、今は一緒にドローンの中にいる。ちょっと気まずい。

「ぷにゃ、ちょっと触れてもいい?」
「ん、構わぬが……なぜじゃ?」
「えへへ、今の僕たちなら、きっとできると思ったから」

ぽぽふが我に触れると、我らの体が強く光り始めた。

「な、なんじゃこれは?」
「ぷにゃは、笑顔を世界に広めたいんでしょ?」
「ん、なぜそれを……まぁ、我が、というか、になが、というか」
「分かってるよ。僕も、サニの気持ちを、世界に広めたい」
「サニの?」
「うん。サニは、世界が好き。知らない世界を、知らないままに」
「まぁ、あの少女は変なやつらを相手によく頑張っているな」
「サニは、よく分からないものでも、とりあえず好きになろうと思ってくれる」
「あぁ、そうやってお前も受け入れられた」
「そんな気持ちが、世界を創る」

世界を創るもの、すなわちエレメンツ。
炎、水、閃光、暗闇、輝き、そして太陽。
世界を形作る古きエレメンツたちは、物質や現象である。
気持ちなどという曖昧なもので。

「気持ちで、世界は創れるのか?」
「創るんだ、僕たちが」

我らの輝きが一層増し、それはドローンから飛び立ってになたちを包んだ。
光が消えるころには、二人のコーデは変わっていた。
そして愛と笑顔がこの会場を包んだのだった。

その後の光景を語るには言葉では足りず、結果は語るまでもないだろう。
かくして波乱のグランドフェスは無事終幕を迎え、二人の優勝者が生まれた。

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