20220817_わたしの夢は
八月も半ば。
人間界ではこの頃はご先祖様が家に帰ってくる季節とされ、それをお迎えする時期だという。
ただサニの家はそこまで信仰深いという訳でもなく、お父さんが長く休める時期として旅行に出かけていた。帰り際にお墓参りはするらしい。
何かと有名らしいとある東海岸にサニの一家が何度か利用している旅館があり、今回もそこに泊まる。
昼間はその海岸にある砂浜で、家族で無邪気に遊ぶサニの姿が新鮮だった。
僕はその光景を、サニが早々に脱ぎ捨てたパーカーの陰から見ていた。
「ふぅ~、いいお湯だった~」
そして今は夜。
温泉から上がったサニは、うちわ片手に窓辺の椅子に座っていた。
両親はと言えば、風呂上りの卓球に白熱していたので置いてきた。
ので、僕もカバンの片隅から出ていった。
「あ、ぽぽふ起きた?」
「うん」
サニは僕が寝ていたと思っていたようだ。
グランドフェス以降、僕はずっと起きているんだけど、それは秘密。
一応、マナマナの存在は家族にも秘密だしね。
「サニ、今日は楽しそうだったね」
「あれ、見られてた?」
「うん、時々起きてた。あぁいうサニは、なんか新鮮」
「あはは、プリマジ絡みのメンツだと周りが賑やかだからねぇ」
窓から外に目をやるサニ。
その先に広がる、暗く、月を反射する海。
音の聞こえてこない波が現れては消えていく。
という静かな空間に、着信音が響いた。
「うわっ、びっくりした」
「サニ、はい」
「ありがとぽぽふ。むらさきからか、なんだろ。もしもしー?」
端末をサニに渡すと、そこにむらさきとくれないが映し出された。
後ろの方でぱたひらとばさらも、ひらひらばさばさしている。
聞こえてきた会話を要約すると。
むらさきはようやく実家に帰り、そこで甘やかされまくっている。
その筆頭であるくれないをどうにか止めようとばさらは躍起になっている。
だがばさらは、ぱたひらに何かと教えてとせがまれ相手をしているので手が回らないとか。
それぞれ姉妹仲睦まじいようでとサニが言うと、ばさらとぱたひらは姉妹でもなんでもないとむらさき。
『それじゃあサニ、帰ってきたらまた勝負よ。適当なミックスコーデコンテスト辺りで!』
「むらさきそれ得意だからなー。ま、考えとくよ。それじゃおやすみー」
『えぇ、おやすみなさい』『おやすみー』
通話が切れると、サニは端末を目の前のテーブルに置いて、伸びをしてまた海に目をやった。
海面に浮かぶ月が、サニの目に揺れていた。
………………
…………
……
深い、深い、たぶん、海の底。
たまに見る光景。
息苦しいどころか、どこか心地よい空間。
薄暗い中でも、遠いのか小さいのか、キラキラとした何かが周囲に浮かび、それは星の様でとてもきれいだ。
遠くにぼんやりと見える大きな光は太陽だろうか。
そちらへ向かおうと思えば、引かれるようにすっと体が進んでいく。
徐々に、徐々に、光が……遠く、なっていく……?
どんどん小さくなる光に手を……
「………………あれ?」
布団の上で手を伸ばした私の目の前には何もなかった。
視線を横に時計を、いや旅先だからここに時計はなかった。
端末で時間を確認するとまだ五時前。部屋も外もまだまだ暗い。
気になってカバンを開けると、その片隅にいるべきものがいなかった。
でも、不思議と焦りはなかった。
眠る両親を起こさぬよう、簡単に着替えて思い当たる場所へと向かう。
旅館から出て裏手に回れば、砂浜に続く階段がある。
薄く明るくなり始めている遠い海の先。
手の届きそうもないその彼方よりずっと手前に、探し人はいた。
ゆっくり近づくと、ぷわぷわと浮いたままこちらを見た。
「どうしたの?」
「海を、見てた」
静かに寄せては遠のく波の音。
しっとりと、まだ暑くない空気が包む世界。
たぶんわずかな、私にとってはちょっと長い時間、そこに佇んだ後に、私は意を決した。
手が届くうちに、聞かなければいけない。
「ぽぽふはさ、これからどうしたい?」
ぽぽふは、記憶を無くしている。
そんな中プリマジを始めたのは、偶然というか、成り行きで。困っているぽぽふを助けたい私の気持ちと、になの後押しがあったからだった。
あの時はぽぽふもそうするしかなかったのだろう。
でも、今は違う。
「えっと……フェスの、ご褒美のこと?」
「そう。にながさ、私たちのためにワッチャを残してくれたから、今ならどんな願いだって叶えられるんだ」
優勝者インタビューで願いを聞かれ、答えに迷い時間をもらった私にざわついた会場で、になは現金な願いで笑いをとってくれた。
になにだって、あれほど努力してきたほど叶えたいものがあったのだろうに。私たちを優先してくれた。
「ぽぽふがさ、記憶を取り戻して、それで前の生活、とか? に、戻りたいなら。私は、それをちゃんと送り出したい」
なんとか、言えた。
私もぽぽふも、今は海を見ている。声は震えたかもしれないけど、顔は見られてない。
「それが、私の願い。だから……」
「サニ。目を、閉じて?」
ぽぽふが言った。
私はすっと目を閉じる。
「ここは、砂浜。静かな風と波、そして僕たち。それが、ここにある全て。」
ぽぽふの優しい声がゆっくりと語る。
「そのまま、耳をすませて」
歌が、響いた。
かつて世界に愛を届けたいと願ったプリマジスタの歌。
私自身もあこがれた太陽のような女性。
歌の先にいる相手へエールを送る、そんな歌。
「前提は、いらない」
ぽぽふの声が聞こえた。
「サニの気持ちは、ワッチャを通じて、いつも感じてた。何事も、みんなと楽しむサニを見るのが、感じるのが、僕は楽しかった」
ぽぽふの声が、震えている。
「僕の夢は、サニがこれからも、ずっと、もっと、そんな楽しい時間を過ごしてくれることなんだ」
そんな声から一呼吸おいて。
「それ、で。わがままを言えるなら。そこには、僕もいたいんだ」
そんなの。
「サニ、教えて。君の夢は、なに? それが僕と一緒なら、嬉しいな」
そんなの……!
「そんなの、私も一緒に決まってるじゃん……!」
………………
…………
……
サニが僕を優しく包んだ。
顔を出し始めた太陽が、暗かった海をキラキラと照らし出している。
記憶はないが、なんとなく分かっていた。
僕が普通のマナマナではないこと。
もっと、どこか遠くからきた、別の何かのような。
そしてそれを思い出してしまえば、今のままではいられないような。
だから、僕はまるごとそれをこの海に沈めてしまおう。
僕は、とっても弱いから。
自分の夢を叶えるために、かつての僕からお別れしよう。
大丈夫。
僕の大好きな、この温かさを信じて進んでいくんだ。
ずっとずっと、楽しい時間が続いていくさ。
………………
…………
……
「そういえば、結局サニって何をお願いしたのよ?」
秋もだいぶ深まって、というかそろそろ冬じゃないかという頃。
プリズムストーンの入口で車から降りてきたむらさきと丁度会って、話しながら歩いていると、むらさきは思い出したように尋ねた。
「なんの話?」
「グランドフェスの優勝者の!」
「あー、そういえばそろそろなのかな……?」
「なにがよ」
「ま、そのうち分かるはずだよー」
「前に聞いた時もそんな感じではぐらかしたわよね。さては人に言えないようなお願いを?」
「今はまだ、って感じかなー」
「何なのよ、気になるわね……」
そんな会話をしながらプリズムストーンに入ると、金髪の女の子が出迎えてくれた。
「あ、サニ、。ちょうどいいところに」
「あれ、もしかして準備できた?」
「うん。これから試運転して、それで大丈夫なら、こっちでも開始」
私が親しげに話してると、むらさきが空のパーカーのフードを引っ張る。
「えっと、サニ? このおっきな女性はどちら様?」
「えーむらさきひどいなー、覚えてないなんてー」
「えっ、サニよりデカい女なんて会ったことあったかしら……?」
「ふふ、意地悪だなぁ」
穏やかに笑う、金髪に黒いメッシュが入った、私より背の高い女の子。
私の大切なパートナーの、新しい姿。
「そだ、ぱたひらちゃん借りてもいい?」
「よくないわよ」
「お呼びですかー?」
むらさきの髪留めが光ると、ぱたひらがぱっと現れる。
「うん、ちょっと向こうで内緒話をね」
「なんだろーたのしそー」
「ちょっと、さっきから私に内緒なこと多くない!?」
「その方がきっと楽しいのにな~」
「うわっ、どこから!?」
いつの間にかむらさきの後ろに現れたのは、になにな笑うになと、その横で眠そうに目を細める小さな女の子であった。
「あら、になも知らない子を連れてるわね」
「がーん、知らないなんてひどいのになーよよよ」
「こっちもこのノリかい」
ちびっこの方はジト目でになをにらんでいる。
私もこの姿と会うのは初めてだが、あの橙色の髪で察しはついた。
「どう、調子は?」
「想定外の姿ではあるが、やはり人型の方が何かと便利じゃな。恩に着る」
「……ロリババアってやつ?」
「誰がババアじゃ」
むらさきの呟きにつっこむちびっこ。
声で分かりそうな気もするが、見た目の印象が強すぎるのだろうか。
まぁむらさきは、ぱたひらに気付くかどうかで試せばいい。
「それじゃむらさき、また後で。いこ、ぱたひら」
「よくわかんないけど、はーい」
「あぁ、ちょっと!」
せっかく新しいプリマジが始まるんだ。
みんなで楽しめるほうが、きっと楽しい。
マナマナもチュッピも関係なく、ステージで好きな姿で歌って踊って。
そんな願いが叶うまでには、だいぶ時間はかかったけど。
「むらさきー、みてみてー!」
「え、えっと……もしかして、ぱたひら? えっ、なんでそんな大きく……?」
「サニが教えてくれたのーここだとおっきくなれるってー」
薄紫のポニーテールをなびかせてくるくる回るぱたひら。
元々がこのサイズって訳じゃないからか、多少むらさきにイメージがひっぱられてる気はする。
まぁこんな感じで、願うならそういう姿になるために力を貸してくれるよう、場所や時間は限定的になるけど、お願いしたわけだ。
「それじゃサニ、試運転で、まずは一曲。一緒にどう?」
「もちろん、ぽぽふ」
差し出された手を握って、一緒に新しいエレベーターへと向かう。
「あれが、ぽぽふ……? じゃあ、こっちのロリババアは……」
「じゃからその呼び方をやめろ」
「まぁ、ご想像の通りなのにな~」
そんな声を後ろに聞きながら、エレベーターは上がっていく。
高度と共に気分も上がっていく。
ステージのカウントダウンも聞こえてきた。
さあ、一緒に楽しもう、ぽぽふ。
せーの!
「「ワッチャー!!」」