20220807_ナンバーワンスター
深い、深い、たぶん、海の底。
たまに見る光景。
息苦しいどころか、どこか心地よい空間。
薄暗い中でも、遠いのか小さいのか、キラキラとした何かが周囲に浮かび、それは星の様でとてもきれいだ。
遠くにぼんやりと見える大きな光は太陽だろうか。
そちらへ向かおうと思えば、引かれるようにすっと体が進んでいく。
徐々に、徐々に、光が大きくなり、手が届くと思って手を伸ばし……
「………………あれ?」
「おはよー、サニ」
布団の上で手を伸ばした私の目の前にはぽぽふがいた。
「おはよ、ぽぽふ。今日はもう起きてるんだね」
「うん、今日はぜっこうちょー」
ぷわぷわと浮かぶ相棒は、そういって頭の触手をちょっと光らせる。
やる気に満ちた顔はいつもより頼もしそうだ。
視線を横に時計を見ると、夏休みにしては早起きしてしまったことが分かる。それでも外はもう明るくなり始めていた。
布団から起きた私は、大きく伸びをして軽く柔軟体操。
「それじゃ、今日も頑張ろうね」
「おー」
………………
…………
……
八月。
地球から見える中で最も強く輝く星、太陽がギラギラと空から見つめる季節。
そんな今日、私たちプリマジスタの中の一番星を決める最後のフェスが開かれる。
グランドフェスティバル。
どうもサンシャインエレメンツが主催になったらしく事実上エレメンツフェスでもあるようだが、どのみち集大成の場であることに変わりはない。
「よ~し、頑張るのにな~!」
「朝から騒がしいのぅ。ふわぁ……」
「む~」
大あくびをする隣人のほっぺ、と思わしき辺りをぷにぷにとつつく。
「んん、やめんか、暑苦しい」
「えへへ、ひんやりするのにな~」
このぷにゃぷにゃの生き物が、何かを企んでるらしいことはずっと前から気付いてはいるが。
それでも協力はしてくれるし、悪いことはしてても根が悪い子ではなさそうだしで、なんだかんだ楽しく一緒に暮らしている。
そう、あまり面白くなかった世界は、ぷにゃと出会ってから楽しいものへとどんどん変わっていった。
「ほれ、そろそろ準備しないと最後のフェスに遅刻するぞ」
「ふっふ~、準備は抜かりなく終わってるのにな~あとはぷにゃでひんやり一休みしてから出れば完璧なのにな~」
「ではその計画は破綻じゃな、我は先に行くぞ」
「えぇ!?」
言いながら見慣れたドローンに乗り込むぷにゃ。
どうもあれにいろいろ細工をしているらしいが、結局私にはそれが何か分からなかった。
「なに、今から出ればバスでちょうどサニと会う時間であろう。では、会場で待っておるぞ」
「む~」
ドローンは窓を破って、いや窓を破らず通り抜けて、消えてしまった。
残念なのは仕方ないが、ぷにゃはぷにゃでやるべきことがあるのだろう。
あの子はあの子、私は私。互いにやりたいことをやるため今まで努力をしてきた仲だ。何を企んでいるかは知らないが、それがなんであれ止める気はない。
それにぷにゃが何をしたところで、私の願いが叶えば結局大団円だ。
世界を笑顔でいっぱいにできるよう。
「がんばるのにな~!」
………………
…………
……
グランドフェスティバルとは、一定期間内に活躍したプリマジスタたちの総決算となるイベントである。
各地域毎に催され、各優勝者にはそれまで地域で少しずつ貯めてきたワッチャや集ったコーデメイツたちの力を用いて、願いを一つ叶えることが許される。
「さっきから何熱心に読んでるのいっと?」
助手席から振り返ったむらさきちゃんが訪ねてくる。
さっきまで運転してるあさぎさんにちょっかい出してたけど飽きたのかな。
「んー、プリマジスタイルの地域特集号だよー」
「特集号?」
「うん、グランドフェスがある地域向けに出るやつ」
「そんなのあったんだ、なんか面白いこと書いてある?」
「面白くないことならー」
「いや、面白いことを……」
「ほらこれ、トップの紹介がむらさきちゃんとくれないさん」
「あら、面白いじゃない。見せて見せて」
「私にとっては面白くないのー」
開いて渡したページには、この間のフェスでの映像からとったであろう二人のショットがいくつかと、申込書なんかから持ってきたのであろう目標やプロフィールが載っていた。
「ふふん、ページ的にくれないより私の方が先ね、分かってるじゃないこの雑誌」
「トップバッターの好物が高野豆腐って、かわいげないなー」
「いいでしょ別に、好きなんだから」
「あはは、じゃあ今日の夕飯は高野豆腐かな」
「悪くない話だけど、それだけだと怒るから」
「ま、真顔で言うなって」
送ってくれるっていうから、昨日からお泊りさせてもらってここにいるわけだけど、やっぱぺったも連れてくればよかったなぁ。やることあるから現地集合でって話だけど、今頃何をしてるのやら。
あの二人のいちゃつきを見せられるのはなんというかこう、ほほえましさより恥ずかしさがなんかくる。
むらさきちゃんは仕方ないにしてもさ、あさぎおじさんは小学生相手に舐められすぎだよ全く。
「そだ、いっとは今日も泊っていくの?」
「えっ、考えてなかったけど……さすがにお邪魔じゃない?」
「私は構わないわよー」
「んー、そうだなぁ。むらさきちゃんが優勝しなかったら泊ろうかなー?」
「あんた、自分が優勝したら来るわけ……?」
「えっ、お祝いしてくれるでしょ?」
「するけど……! そんときは一日くらい置きなさいよ!」
仮にむらさきちゃんが負けても落ち込んだりはないと思うけどなぁ、という言葉は飲み込んだ。
「あはは、まぁ終わってから考えるよ」
「ふん、私が優勝したらひっつれてくからね」
「そうならないように頑張るよー」
「えぇ、負けないわよ」
話が落ち着いたところで、そろそろプリズムストーンというところまで来ていた。
降りる準備とやや大きなカバンをぎゅっと握る。
むらさきちゃんとはこうやって勝負できるからほんと楽しいなぁ。
フラッシュとデュオで一勝一敗、今日で決着がつくかどうか。
うん、頑張るぞ。
「あ、むらさきちゃん雑誌返して」
「え、もうちょっと読みたいんだけど」
「きっと控え室とかにあるって」
「なかったらどうするのよ」
「その時は諦めなよ」
「どうせ昨日読んでたんでしょ、私が寝た後に」
「読んでないよ、一緒に読もうと思ってたのにすぐ寝ちゃうんだもん」
「そ、そうなの。それは、ごめんなさい」
「あ、でもサニさんのページだけ寝る前に読んだ」
「なんで謝ってからそういうこというの」
「えへへ」
「とにかく預かっておくわ、読みたければ控え室に来なさい」
「むらさきちゃんが私の控え室に来ればいいじゃんー」
「あはは、ほら、もう着くから二人とも準備を……」
………………
…………
……
グランドフェスともなると参加者が絞られているので、一人に一つ控え室が当てられている。
あさぎが入れないというのはちょっと予想外だったが仕方ない、私に当てられた控え室に入ると、紅色の髪が見えた。
「なんでくれないがここにいるのよ」
「おはよう、むらさき。部屋、冷やしておいたよ」
確かに部屋は気持ちよく冷えている。
「いやそういう問題じゃ……」
「空調は自分でつけてって話だったから、先回りした」
「うぇっ、そうなんですか。私もつけて来るね」
「来るねっていっと、あんたまたこっちに来る気?」
言い終わる前にいっとは自分の控え室に向かった。
んー、ここに来てくれないと二人切り。部屋は冷えてるのに変な汗かいてる気がする。
「どう、グランドフェスに向けて調子は?」
「ばっちり。むらさきも元気そうでよかった」
「元気なのは間違いないわね」
……話が、続かない!
そうだ、私にはさっきいっとからうば……いや、借りた雑誌がある。
とりあえずいっとが戻るまでこれでしのごう、とカバンから取り出すと。
「あ、むらさきもそれ買ってたんだ」
「ん、くれないも買ってたの?」
私が買ったわけじゃない、というのは説明が面倒なので省く。
しかしくれないがこういう雑誌を読むのはちょっと意外。
「五冊買った」
「いや買いすぎでしょ」
「読む用、保存用、スクラップ用、布教用、お母様用、全部必要」
「いつからそんなオタク趣味になったのよ」
それに私にくれる用はないんかい。
「大丈夫、お母様に言われた通り、領収書ももらった。経費」
「なんの経費よ」
意外と俗な考えだ。
そういえばくれないの私服、思ったよりじゃらじゃらしてるのよね。
家にいる時は和服ばっかだったから気にしてなかったけど。
「なんか、雰囲気変わったわよね、くれない」
「そうかな。そんな気はしないけど」
「……それも、そうかも?」
このひょうひょうと何考えてるか分からない顔は、見方によっては記憶にある無表情で真面目な姉の顔にも見える。
この姉、昔からこんなポンコツだったのか……?
あんな美しいステージをするやつが……?
「……はぁ」
「ため息はしあわせが逃げるよ」
「いいの、今日掴むから」
「ふふ、負けないよ、むらさき」
不敵な笑み。
ある意味絶対的な自信を持ってるのはこの姉だ、一戦一勝とは言っても負け知らずなのだから。実際実力も相当。
だが、私に限らず今日集まったメンツは誰もが強い。
「ま、せいぜい頑張ってね」
「……っ! むらさきが、激励を……!」
「ん、そんなので感動しないでよ」
なんか恥ずかしくなって視線を逸らす。
そういえばいっとまだかなと、扉の方に目をやると、半開きになった隙間から金髪が見えた。
「……いっと?」
「あぁ、いえお気になさらず、どうぞ姉妹水入らずで」
隙間から肩を掴んで引きずり込む。
「あーれー」
「い、いつからそこに!?」
「むらさきが雑誌出した辺りからいたよ?」
「なんで何も言わないのよくれないは!?」
「理由があって入らないのかなって」
「くれないさんは空気が読めますね」
「あんたは読めないようね!」
「いやいや、空気読んでたからあぁやって聞き耳を」
「もっとばれないようにやりなさいよ!」
はぁ、はぁ。
せっかくの冷房の中なのになんでこんな熱くならなきゃならないのよ。
「むらさき、いい友達だね」
「ほんといい性格の友達よ」
「えへへー、それはむらさきちゃんもですよー」
「どういう意味よ!」
「分かるわ」
「やっぱ分かりますか」
ダメだ、突っ込みが追い付かない。
突っ込み、そうだ。
「そ、そういえばばさらはいないの?」
「ばさらなら、私の控え室でいろいろ準備してくれてるはず」
「準備……?」
そこに扉が開き、話題のばさらが現れた。
「くれない様、お茶とお菓子の準備が整いました」
「ありがとうばさら、持ってきてくれる?」
「かしこまりました。それと、サニ殿とにな殿が先ほど到着されたようです」
「お、サニ達も来たのね、挨拶にでも行こうかしら」
「大丈夫よむらさき。二人ともここに呼んで、一緒にお茶しましょう」
「かしこまりました、ではもうしばらくお待ちを」
そういってばさらは静かに扉を閉めて出ていった。
「……ここ、私の控え室よね?」
「もうむらさきったら、当たり前じゃない」
お前が言うな。
………………
…………
……
表世界のプリマジ。
というと、私には少し違和感がある。
生まれてからずっと、プリマジとは家のそれであったからだ。
だから、プリマジは正直あまり楽しいものと思っていなかった。
レッスンの間はむらさきと一緒だから楽しかったけど。
そしてそのむらさきが、プリマジはそれだけでないことも教えてくれた。
みんなで目標を持って挑むプリマジ。
わちゃわちゃしていて、とても騒がしくて、面白いプリマジ。
むらさきと一緒にやったあの時以来、結局こちらでステージをやることはなかったけど、隠れて見に来たことは何回かあった。
あさぎおじさん、ありがとう。
大きなイベントがあって、むらさきと親しい子たちが集うから、せっかくだからとこのお茶会も企画した。
出番まであまり時間はなく、少ししかおしゃべりはできなかったけど、それでもみんないい子だってよく分かった。
むらさきは本当に縁に恵まれている。巻き込まれた方は大変かもしれないけど、同じくらい本人も大変そうだから許してあげて欲しい。
むらさきが家を出ていって、当分帰ってこないと知った時は本当に悲しかった。
誰もどこに行ったのか教えてくれなくて、一時期は病気か何かで、もう会えないんじゃないかなんて考えたこともあった。
そんな私を見かねたのか、お父様が親戚の家にいることは教えてくれた。
そこからばさらを説得して、活動している場所を探し出すまではすぐだったが。結局誰のところにいるかはなかなか分からなかった。
あさぎおじさんが勘当されてて家系図から外されてるなんてね。
でもお母様の兄弟ということで、調べる場所を調べれば情報はすぐに出てきた。
それから家に乗り込んでね。あの日は久しぶりに怒られたっけ。
「くれない様、まもなく始まります」
「えぇ。ばさら、頑張ろう」
「はい、トップバッターとなりますが、くれない様の威光を示し後続へ圧を」
「ふふ、そんなに気張らないで。楽しみましょう?」
「ん、くれない様が、そういわれるなら」
寸分の狂いなく歌い踊ることだけがプリマジではない。
楽しく、その場のノリで、みんなで盛り上がる、そういうプリマジ。
ばさらも昔みたいに砕けた言葉でいいのに、ノリで。
カウントダウンが始まり、エレベーターが上がっていく。
楽しもう、この気持ちを。
むらさきが好きになった、この場所のみんなと。
………………
…………
……
さすが私の姉、さっきのステージはやばいわね。
お茶会なんてしてみんなと仲良くなってからあれはなに、精神攻撃なのかしら。
めちゃくちゃ盛り上がってた。
普段ここでプリマジしてないのにあれよ、どういうことよ。
「むらさきー、笑顔笑顔!」
「そ、そうね」
にーっと指で口を広げるぱたひらを見てちょっと落ち着く。
ぱたひらはいつも私を笑顔にしてくれる。
小さい頃家で迷子になってた、って今考えるとどんだけでかいのよあの家は。まぁ、その時にたまたま出会ったのがぱたひらで、その縁から一緒によく遊ぶようになって。
で、家出するときにくっついてきてくれた、大切な友達。
「ねぇぱたひら」
「なぁに?」
「ぱたひらって、優勝したら叶えたいこととかあるの?」
「ん~~~」
聞いたことないなーって思って聞いてみたが、向こうも考えてなかったらしい。
元々エレメンツフェスに出ようとしたのは、成果を持って実家に帰り私の実力を示すため。ぱたひらからしてみれば特に出る意味はないんじゃないかって。
「また大きな舞台でむらさきとステージしたい、とか?」
「んー、それはたぶん願わなくても叶うわよ」
「そっかー」
いつもにこにこ。
プリマジについては勉強したけど、マナマナについてはぱたひらが勉強する前に飛び出したこともあって全然知らないのよね。
向こうにも義務教育とかあったら不良だなぁ。その内ばさらに確認しなくちゃ。ぺったはあんま当てにならないし。
「むらさきまたー笑顔笑顔!」
とと、また余計なこと考えてた。
よしっ、くれないには負けない! いっとにもになにもサニにも負けない!
私一人だってできるってことを見せてあげなくちゃ!
………………
…………
……
いやぁ、やっぱむらさきちゃんは手ごわそうだなぁ。
いつもながらさ、あんなかっこいいステージ見せつけてからの最後のみんなありがとーとか、あの笑みはみんな落ちるよねぇ。
グランドフェスってこともあって、普段は見に来ない層も多いみたいだし。あのギャップは劇薬すぎる。
結局ぺったと話す時間はなかったなぁ。さっき来たと思ったらすぐドローンで飛んでっちゃったし。
みんなマナマナと楽しそうでいいなぁって思うけど、なんか聞くとみんな法外に出会ってるしずるいよね。
そういう運命的なのはなかったけど、私に合うってことで紹介してもらった子だし、実際干渉が少ないのはありがたいこともあるからいいんだけど。
さて、と。
本気でやっても勝てるか分からない、って勝負は大好き。
何事も全力で楽しまなくちゃ面白くないのに、それだとみんなはあんま楽しくないってことが昔はたくさんあった。
いやだねー天才って。人の痛みが分からないってやつ。
なのに気持ちだけ分かっちゃってさ、嫌なやつになりたくなくて私だけ楽しくないことばかりやって、最終的にそういう競技から遠ざかって。
でも、ここはほんと最高。
今日の感じ、ソロは未知数だったくれないさんが思った以上に手ごわそうだし、それに触発されたむらさきちゃんの出来もすごかった。
サニさんも調子よさそうだし。になさんはいつも通りの強敵だ。
よーし、頑張るぞー!
………………
…………
……
何度きたかも覚えてないくらいに通った場所。
ステージに続くエレベーターの前は、控え室の空気とも、会場の空気とも違い、すごく静かでひんやりとする。
廊下から歩いてくると、少しずつ心が引き締まっていく気がして気持ちいい。
「サニ、緊張してる……?」
「ううん、集中してる」
そういえば、最初はこの髪を戻してもらいたいって思ってたんだっけ。
プリマジは好きだったけど、目立つのはちょっと苦手というか、いるだけでちょっと目立つ身長してるせいでそう思ってたんだけど。
プリマジスタとしてこんな積極的にやってるとは。
きっかけはあれだけど、今では感謝しかない。
「ありがとね、ぽぽふ」
「なにが?」
「私と、プリマジしてくれて」
ぽぽふは、記憶がないという。
優勝したら、記憶を取り戻したいと思うんだろうか。
もしそうなったら、ぽぽふはどうなるんだろう。
私と、まだ一緒にプリマジしてくれるかな。
「どうしたの、急に」
「言いたくなったから、ね」
「こちらこそ、サニのワッチャに助けられてます」
「あぁ、そういう設定だったね」
「設定って」
笑いあえる、友達とも少し違う存在。
今更いなくなるとか、ちょっと考えたくないって言うか。
あれ、いけない、余計なこと考えてるなこれ。
「……サニ、手を出して?」
「ん? いいけど……っ!?」
びりりっ。
「ちょ、ぽぽふ! いたずらしないでよ」
「緊張、ほぐしただけだよー」
「もぅ」
ぷわぷわとつかみどころのない、それでいて優しい、私のパートナー。
そうだ、まずは優勝しないと。
私一人じゃここまで来ることなんて絶対になかった。
偶然でもなんでも、ぽぽふのおかげで私は変われた。
ぽぽふの願いを叶えてあげることが、きっと恩返しになる。
「いくよ、ぽぽふ」
「うん」
………………
…………
……
伝統。
努力。
才能。
信念。
それぞれの持ち味、いやそれ以上のものを出し切ったステージを見た。
観客には当然、溢れんばかりの笑顔が広がっている。
会場だけにとどまっているのがもったいないほどの平和な空間。
それもここで最後なのにな。
「になよ」
「ぷにゃ~?」
普段はとっととステージに飛んで行ってしまうぷにゃであるが、今日は一緒にここに来てくれた。
んー、どういう風の吹き回しだろう。
「になは、我を信じてくれるか」
「どうしたのにな~?」
なんかやけに真面目トーン。
タイミングがタイミングなだけに真面目なんだろうけど、意図がよく分からない。
「答えてくれ」
「んー、状況によるのにな~」
「ほう?」
例えば、家にいるときに急に何も言わず怪しい色の液体を飲んでみてくれと言われたことがあるが、あれは信用できない。自分のことは構わず控え室でゆっくりしていてくれと言われれば、何をしないとも信用できない。というのをになっと説明した。
だってさ、たぶん今回父兄に対しても控え室出禁なのってぷにゃのせいかなって。ずっと隠してたと思われるよからぬカメラでも見つかったのだろう。
「なるほどな、それは確かに信用してはならない」
その声、なんでもスライムなったときに失った声帯の補佐として、モノクルに仕込んだ装置で脳波を読み言語化し感情調整して出してる、とか。
笑ってはいるが、そこに寂しさが乗ってることに気づく程度には、長い付き合いなのにな。
「でも、ステージをよくしようってことなら、信じてあげるのにな~」
ぷにゃはたぶん、いろいろ悪いことをしている。
でもそれは、自分の知識を、自分のステージを、自分の世界を、ちょっとよくするための手段である。
目的の先には私もいるのだと、今の私なら思ってあげられる。
そういう仲だ、私たちは。パートナーというのがとてもしっくりくる。
「……そうか、ありがとう」
「どういたしましてなのにな~」
「では、信じてくれにな。ステージ中、我のやることを」
「それはその時に考えるのにな~」
カウントダウンが聞こえる。
目をつむって、最後の精神統一。
「あぁ、それで構わない」
視線を合わせなくても、きっと気持ちは伝わっただろう。
ドローンに乗り込んだぷにゃが、一緒にエレベーターで上がっていくのがなんとなく分かった。
なんか、こそばゆいのにな~こういうの。
でも、すっごく嬉しいのにな。
………………
…………
……
どんな楽しい出来事も、誰かにとっては悲しいことかも知れない。
どんな大変な出来事も、誰かにとっては楽しいことかも知れない。
大切なことは、みんなが笑顔になれることである。
になは聡い少女だ。
そんな少女が、心の底からそんな願いを持っている。
マナマナがろくに使えず世界を恨み、
人間界の持つ科学技術に興味を持った先で、
魔法界への復讐を願った我とは大違いだ。
頭の出来は良いと自負していたが、どうしようもない愚か者だったのだ。
気付くのは遅かったかもしれない。
それでも、その積み重ねがあったから、今こうして役立てる。
ステージ中央に浮かぶ宝石。
今はあそこから見ているであろうサンシャインエレメンツに合わせた意匠が施され、文字通り太陽のように輝いている。
あそこに、ここの会場で貯めこまれてきたワッチャがある。
一番のサビが始まる。
になはフロートで移動しながら、会場をまだまだ盛り上げていく。
最高潮に達した観客の感情により、ワッチャがどんどん発生しあの宝石に貯まっていく。
本来であれば、あれは全てのステージが終わり、結果が発表され、優勝者にその一部の使い道が委ねられる。
運営は残ったワッチャで担当地域に恵みをもたらすとか。
あの宝石はいうなれば、強力なバッテリー。
コーデメイツやエレメンツは、あくまでそれを正しく制御するための存在でしかなく、バッテリーは使おうとすれば誰だって使えるものだ。
それどころか、あれほどのワッチャを貯めた物質は、何者かが意志を持って触れればそれだけで願いを叶えてしまうだろう。
それが我のようなものでは大変だが、にななら何の問題はない。
二番Aメロの終わり。もうすぐサビに入り、会場の中心からラストステージに向かうためイリュージョンを披露するタイミング。
になが最もあの宝石に近づけるタイミングだ。
いくらかのセキュリティは用意されているようだが、それはもう消える。
───言葉に出さない この気持ち
───このまま伝わらないなら いいのかな
この歌詞を作った時は、伝わってくれるといいと、そういう歌詞にしたつもりであったが。
伝わらなくても。結果だけ残ればよい。
何を言おうと、それがになに傷としてしか残らないのなら。
何も言わず、その傷が浅くなってくれると信じる。
───歌は残ってゆく 人は変わってく
───ねえ一緒に歌おう ほら
「ににな、にな」
になという名前は、口に出せば自然と笑顔になれるのにな~とになは言っていた。
音の都合だろうと切り捨てたが、そうだな。
笑顔になってしまうな。
「にな!」
「ぷにゃ~」
最後の指令をドローンに飛ばす。
ドローンから分身のようなきらめきがいくつか生まれ、それらは渦を巻くように動きながら、空中のいくつかのポイントに留まる。
我の技術では実体を保ち続かせることは難しかったが、それぞれ一度足場にするくらいは十分に保つだろう。
「マナマナ!」
ドローンからカードを射出する。
カードにはイリュージョンの演出に使うマジが込められてじるが、三枚分に入るマジには限りがある。故に演出にも限界がある。
その足りない分を補佐する為のきらめき分身ドローンだ。
「マジパ!」
になに翼を授けるマジ。
足を強くし跳躍力をあげるマジ。
そして。
「チュッピ!」
これからの動きについての簡単な説明と、簡単な挨拶を瞬時に伝えるマジ。
最後のカードを受け取ったになは一瞬表情をこわばらせたが、なに我しか気付かんだろう。
わずかに目つきを凛々しくさせたになが叫ぶ。
「プリマジ、イリュージョン!」
ワッチャのポーズをして白い大きな翼を生やしたになは、フロートから力強く飛び立つ。
普通ならそのままラストステージに向かうのだが、今回はその軌道をいじる。
先ほどのドローンの分身と同様、渦を巻くように旋回していくにな。
「みんなのところに行くのにな~」
我が目論見を汲んでくれたになは、ドローンと接触するたびにそれを足場として次のドローンへ向かい跳ねる。
会場全体をぐるぐるとめぐりながら、徐々に徐々に、高く高く、飛んでいく。
最後の足場は、あの宝石の真下にある。
フェスの結果など知るものか。
触れたものの願いを叶えてしまうような宝石なら、先に触れてしまえばいい。
どうしようもない悪人の思考ですまないが、これで最後のはずだ。許してくれとは言わないが、何をしてでもお前の願いを叶えたいのだ。
さて、カードに込められる文字数には限界があったので、最後の指示だけは我が直接言う必要がある。
先回りしてになの近くに向かい、そして。
「にな、宝石を掴め!」
「に~~~な~~~!」
強い光へと、になは手を伸ばして飛んだ。
美しい。
こんなきれいな、願いの叶う瞬間は今までになかった。
何よりも大切になってしまった、我が光よ。
あぁ、これが永遠に。
ずっと、このまま、になと。
『ズルはダメですよ、ぷにゃ?』
悪寒の走る低音が耳元に響くと、になの翼は砕け散った。
その手が夢に届く前に。