20230408_出会いの季節
鏡よ鏡よ、鏡さん。
私を大切に思ってくれる人がいる場所は、どこかにありますか?
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四月八日、土曜日。午後一時頃。
桜花爛漫の候 くれない様におかれましては高等部へ進学され新しい春を迎えたのがつい昨日のこと。
今はご自身の学習机に座られ、いつものようにクールな表情でじっと座られています。
素人にはまるで瞑想でもされているかのように思うかもしれませんが、
お仕えする私からすればあれが放心状態、所謂ぼーっとしているのだと見抜けるのです。
理由は明白。
春休みに珍しく帰省されていたむらさき様が、朝義様のあばら家……失敬、お住まいに戻ってしまわれたからです。
お休みの間は、それはそれはずっとむらさき様にくっついていたくれない様です。
隙あらばお風呂もご一緒されておりましたし、機をうかがいご寝室にも招かれておりました。
……うらやましい。
こほん。
私としては日常に戻っただけではあるのですが。
短期間にむらさき様を過剰摂取されていたくれない様にとっては、禁断症状が出ている可能性があります。
このままでは、今後の輝かしい高等部生活に差し支えがあるかもしれません。
何とか元気づけることができればよいのですが。
むー、私としては不本意ではありますが、気分転換にというならここはやはり。
「くれない様、よろしいでしょうか?」
「どうしたの、ばさら?」
どうしたの、が私にしか気づけない程度に間延びしています。
私の読みは当たっていましたね。
「本日はよい天気です、午後は久しぶりにプリズムストーンになどお出かけしてみてはどうでしょうか?」
表のプリマジが楽しめる複合施設、プリズムストーン。
私たち薗頭家が古くから所属する、世間がいうところの裏プリマジに比べ思うところはあるのですが。
たまの気分転換にはよいでしょう。
「んー、どうしようかな」
目をつむって口元にこぶしを持ってくる。
くれない様が考え事をする際のお決まりのポージング。実にビューティフル。
くれない様自身は表のプリマジも楽しんでいたと思いますが、
悩まれるということは気分が前向きでない証拠。
くっ、あの言葉に頼りますか。
耳元に近づき、私はそっと囁きました。
「むらさき様が来てるかもしれませんよ」
「そうだね、行こっか」
予定を決めたくれない様の行動はそれはそれは素早いもので。
あっという間に、プリズムストーン併設の公園のバス停に降り立ちました。
と、そこで私は違和感を覚えました。
「どうかしたばさら?」
「気のせい、でしょうか。この辺りにワッチャが満ちているような……?」
ワッチャとは、簡単に言うと私たちが使う魔法マナマナの力の源です。
一応、プリマジの目的が観客からワッチャを集めるものですから、
会場近くであるこの辺りにワッチャを感じること自体は普通なのですが。
それでも、今日は濃いというか、騒がしいというか。
「誰かがマナマナを使った、とか?」
「どうでしょう、使ったならワッチャは消費されているはずですが」
「じゃあ、使おうとしてる?」
「これから、使う……」
少し集中してワッチャを探ってみますと、
非常に高濃度のワッチャがゆるやかではありますが渦のように動いているのが分かりました。
つまり、どこかにこの濃いワッチャが集まっていっている……?
「くれない様、ワッチャは向こうへ集まっていくように感じます。向かってみてもよろしいでしょうか?」
「うん」
………………
…………
……
ばさらに導かれて公園の端にある芸術的、らしい、オブジェの辺りまで来た。
誰もいないのに、心地よい午後の晴天に似つかわしくないじっとりとした雰囲気を感じる。
「ここが、ちょうどワッチャの渦の中心ですが」
「なにもないね」
「思い過ごしだったのでしょうか。それならそれでよいのですが……」
辺りを見回すばさら。私も習って辺りを歩き回ってみた。
と、何もない場所で違和感を覚えた。
「なにか、ある……?」
弾力とも粘り気とも言えない抵抗を感じた場所があった。
何度か手を通して場所を確認していると。
気が付くと、視界が霧で霞んでいた。
手の先が見えない。
「ば、ばさら、なんか変」
「くれない様、どうされましたか!?」
「霧が、すごい」
「霧……? そんなものは、どこにも」
ばさらとの会話が噛み合わない内に、何かに腕を引っ張られた。
バランスを崩し前のめりになる私をとっさに後ろから掴むばさら。
「くれない様、大丈夫ですか!?」
「う、うん。ちょっと手を引っ張られたみたいで」
「そ、その手の先が、私には見えないのですが……」
「私も霧で見えないんだけど、ばさらにはどんな感じに見えてるの?」
「どんな、と言われましても……ひじの先から急に消えてるように……」
「断面とかどうなってる?」
「み、見えないですし確かめたくもないのですが……!」
んー、見えたら面白いんだけど。
「れ、冷静ですね、くれない様。腕はまだ引かれてますか?」
「ううん。掴まれてる感じも、ないかな……?」
さっきの不思議な手ごたえに包まれてる感じ。
手をぐーぱーしてその感触を確認していると、ぐーにしたとき何かを柔らかいものを捕まえた。
「あ、何か掴んだ」
「えっ」
「引っ張ってみるね」
「えぇ!?」
ぐるんと。
引っ張ってみると、手はあっけなく霧から抜けた。
急に抵抗がなくなったせいで私は尻もちをつきそうに
「マナマナ!」
なったけど、ばさらがとっさに出したクッションでお尻は守られた。
その反動、というわけではないだろうけど、霧が晴れて。
何かを握ったままの右手は空に向かっており、その先には私のではない手が握られていた。
その手は小さく、手首からちょっと先くらいまでしか見えなかった。
ばさらの悲鳴が聞こえた気もした。
「くくくくくれない様! 手、手を離して、ください! ぶっとばしますから!!」
「待って」
大量のカードを両手いっぱいに持ち震えるばさらにひとまずストップ。
あの一枚一枚がかなりの量のワッチャを蓄えている、焦って暴発でもしたら結構大変。
それにこの手からは、悪いものを感じない。
ゆっくり引っ張ると、見えない向こう側からするするっと手首より先が出てきた。
そのままどんどん、出てきて……
小さな女の子が降ってきた。
抱きしめる形で受け止める。
顔を覗き込むと、黒い大きな目と目があった。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
落ちてきたふわふわの白い少女は、とても可愛らしい声で答えてくれた。
よかった、日本語は通じるみたいだ。
「私はくれない。あなた、お名前は?」
「えっと、シャラナ」
シャラナ。綺麗な名前だ。でも日本っぽくない、かな。
華奢な体はまだ小学生も低学年といった感じ。
どことなく西洋風な服装に顔つきもあり、お人形さんといった雰囲気だ。
「シャラナちゃん、今どういう状況か、分かる?」
「んっと。くれないお姉ちゃんに、抱かれてる?」
………………
…………
……
その言葉は、くれない様には刺激が強すぎたのです。
妹に飢えていたくれない様は一瞬でお姉ちゃんスイッチを全開に振り切り、
無から、いえ霧?から零れ落ちた少女を抱きかかえて離そうとしなくなってしまいました。
むぅ。
「シャラナ様、でしたか。あなた、お名前以外に思い出せることはないのですね?」
「う、うん」
「ね、心細いよね」
目を合わせて頂けないのが気になりますが、やや怯えているような、心細いような気持ちが見えるのもまた事実。
さてどうしたものでしょうか。
「よし、プリマジをしよう」
「どうしてそうなるのですか!?」
しまった、ついくれない様にツッコミを。
「表のプリマジは、みんなを元気づける。シャラナちゃんも、きっと元気になる」
「その、プリマジってなに……?」
「プリマジもご存知ありませんか。ではご説明いたしましょう」
「ちゃんと表のでね、ばさら」
「こ、心得ておりますよ」
プリマジとは。時代の最先端を行くエンターテイメント。
煌びやかで色とりどりのコーデ。
それを着こなして様々なパフォーマンスを披露する、プリマジスタと呼ばれる人々。
まるで魔法の様だと形容されるそのステージに熱狂する観客たち。
多くの要素を積み重ね、その場全ての魂を震わせる。
それが。
「プリマジなのです!」
「魔法……そ、そうなんだ……?」
うーむ、イマイチ伝わってなさそうな反応です。
「とにかく、楽しいものだよ。見てみない?」
「ん、お姉ちゃんがそう言うなら」
だからそのワードはくれない様には刺激が強すぎるのです。
ほら、もう小脇に抱えて行ってしまわれた。
くれない様が元気になったなら、当初の目的は達成しているので良いのですが。
あの少女、一体何者なのでしょうか。
「すっごかった! かわいかった! きらきらだった!」
ステージが始まるまでは通されたバルコニー特等席に一人でそわそわしていたシャラナ様でしたが、終わって迎えに来ればそれはそれは明るい笑顔を咲かせていました。
くれない様もそんな笑顔が見られて嬉しそうです。
「そうですよ、くれない様はすごいのです。もっと褒めなさい」
「もう、ばさらったら。でもシャラナちゃんが元気になってくれてよかった」
「うん! あんな魔法の使い方もあるんだね!」
さて、問題はここからですかね。
この正体不明の少女をどうしたものか……
「じゃあ帰ろうか」
「うん!」
「く、くれない様? どちらに連れていくおつもりで?」
「どちらにって、家に」
そんな気はしました。
「くれない様、おそらくその子は魔法界から来てしまった迷子です。しかるべき方法で向こうに送り帰すのが良いかと……」
私が進言すると、シャラナ様はぎゅっとくれない様のスカートを掴みました。
「送り帰すっていっても、まだ保護者や捜索願は出てないんでしょ?」
「そ、それはそうでしたが……」
ステージを行う前にスタッフに話は通しておきましたが、
どうにもその手の情報はまだ得られていないそうです。
「このままじゃ、シャラナちゃんがかわいそう。ねー」
「ねー」
笑顔を向け合うお二人。
くれない様がやや幼児退行している。くっ、かわいいですね。
「仕方ないですね。では事情は説明しておきますので、薗頭家で保護するということで」
「ありがとうばさら!」
ぽんと平手を叩いて笑顔のくれない様。
この顔が見たかった。先に根回ししておいてよかった。
元より、こういった世界を超えてしまう迷子は稀にあることですし、
そうなるとかわいそうですが元の場所に帰るには時間がかかるものです。
その間保護してくれる場所として、事情を理解して財力も十分な薗頭家からの申し出とあれば向こうも願ったりなのですから。
帰り際に改めて伝えていけば問題ないでしょう。
さて。
諸々の説明を終えて無事薗頭家で保護されることになったシャラナ様は今くれない様とお風呂タイムです。うらやましい。
「ばさら、少しお話よろしいですか?」
「縁慈様! はい、なんでしょうか?」
薗頭家現当主にして、くれない様のお母様である縁慈様。
わざわざくれない様がいないタイミングで、何でしょうか。
「あの子、シャラナちゃんと言いましたか。本当に、マナマナなのですか?」
「と、言いますと?」
「確か、マナマナがこちらの世界で向こうと同じ人の姿を保つのは大変だと聞いていましたので」
あぁ、そういうことでしたか。
確かに人の姿を保つには強いマナマナの素質が必要で、普通なら何らかの小さい動物に、ぷにゃ様のような例ではまともな生き物ではないものになってしまいます。
ですが、今は違うのです。
「普通ならそうですね。しかし、この地域にはプリマジスタジオのシステムが導入されております。
普段から活動しやすいよう、元の姿を保つためのマナマナが広域に展開されているのです」
とはいっても、パートナーがいるマナマナは隠れて一緒に暮らす為、未だ小動物の姿になっているのですが。
人の姿のまま活動しているマナマナはどれくらいいるのでしょうか。
「ほほう、今はそんなことになっているのですね」
「はい。ですので、多少なりともマナマナに素質があれば大丈夫なのかと」
「ではあの子が特別強いマナマナ、という訳ではないのですね」
「おそらくは。私も伝聞ではありますが、シャラナ様くらいの年齢ですと魔法学校にもまだ通っていない頃かと」
「そうでしたか」
目をつむって口元にこぶしを持っていくポーズ。
くれない様と同じ、何かを考えている仕草ですね。
「えっと、何かお気になりますか?」
「いえいえ、単なる好奇心です。近頃上の空だったくれないが元気になって、嬉しいですよ」
その割には眉間にしわのよった表情をされていたような。
あぁ、こんなことを考えているのがバレたら怒られてしまいます。
思考よ去れ、縁慈様はまだ心はお若いのです。
「ですね。私も気分転換にと外へ誘ったのですが、まさかこのようなことになるとは」
「くれないへの良い刺激になる内は、私も目をつむります。早く親御さんが見つかるといいですね、シャラナさん」
「そ、そうですね」
それって邪魔になったら追い出すって言ってませんか?
「それでは失礼しますね。おやすみなさい、ばさら」
「はい、おやすみなさいませ縁慈様」
とても良いお母様なのですが、まとっている空気が気高すぎる故、少々気疲れしてしまいます。
私もまだまだ未熟というもの。
いや、普段はくれない様の心根が柔らかすぎて癒されているだけでしょうか。助かります。
さて、そろそろお二人が湯上りになる頃合いでしょうか。
今日は特別に、いちご牛乳でも持って出迎えて差し上げましょう。
これからどんな生活になるのやら、どこか楽しみな私なのでした。