【短編小説】6時間20分後
深夜2時。外に出た。煙草を吸いに。家で吸うのはやめた。匂いが付くから。
10月中旬だが、気温はこの時間ということもあり肌寒い。パーカー1枚で出てきたのはさすがに間違いだった。
近くのコンビニに着き、あたたかい缶コーヒーを一本買ったあと、備え付きの喫煙所に向かう。僕以外に誰もいない喫煙所で、カチッというライターで火をつける音が響いた。意外とこの音って大きいよな。
寒さと眠気を、あたたかいコーヒー1本で吹き飛ばす。
「私は人を助ける」
女性の声だった。左を振り向くと、黒のセーターに黒のロングスカートを履いた女性が立っていた。身長は、かなり高い。175はある。僕は、162。よって、見上げる。
コンビニの明かりでかろうじて見えるが、夜道で会えば、その白く端麗な顔が空間に浮いているように見えるだろう。
綺麗。とても綺麗な女性。夜に1本の白菊が咲いていた。1羽の白鳥がこちらを見ていた。黒を纏った白が、白が、こちらを、見て、白が、白が。
「自殺する人、いるでしょ。事前に止めるの。そう、助けるのよ。私はそういう人を察知できるの。この前は40代のサラリーマンを助けた。会社から出てきたのを見て、この人死ぬなと思ったの。だから後をつけたの。案の定、電車に飛び込もうとしてたわ。私はタックルしてそれを止めた。え?私にけがはなかったわ。だって私、どこも痛くなかったもの。心配してくれたのね。あなた優しいわ。ううん、私は優しくないわ。それは間違っている。これは、偶然。偶然だもの。私が生まれてきたのは。でも、うん、ええ、周りの人とはちょっと違うかもね。誰かが死んでから、助けてあげればよかった。気づけなかった自分が悔しい。僕なら私なら助けられた。と言って後から後悔する人たちとは違うもの。そういう人たちはそのときになっても動かないきっと。私は動けるわ。私は助けるわ。そういう意味では違うの。自殺はだめでしょうね。やってはだめ。君はどう思う?…そう。そう思うのね。え?理由?そんなものはないわ。理屈ではないでしょう。理屈は好き。この世のだいたいのものには理由がある。そのことは大いに納得しているわ。でも、自殺は…理屈じゃ…ない。してはだめ。人それぞれの考えがあるけどね。私は私だから、私の考えで動くの。助けるの、人を。私は助ける。私、カフェで働いているわ。ええそうよ、あの駅の近くの。よかったら今度来て。ブラックコーヒーがおいしいの。自信作よ。タバコも席で吸えるわ。でもあなた吸いすぎね。もう3本目よ。ふふ、ふふふ。じゃあ私は、帰るわ。眠れなくて散歩してたの。今なら、寝られそう。次会うときはカフェでね。さらば、青い色の少年。」
結局、タバコの匂いを纏った服で部屋に入ると、匂いが部屋につく。
仕方ないか。その日は暖房をつけて寝た。
翌朝、いつもはつけないテレビをつけた。朝8時20分。
ニュースが流れる。
僕の住んでいる町の名前が出てきて少し驚く。
今朝、一人の女性が駅のホームから飛び降りたらしい。
その2秒ほど前には一人の男性が駅のホームから飛び降りていたらしい。
男性は命に別状なし。女性は死亡。