高校合唱部デス・ボイス部化計画の魔手
すんどめはあるとき、偶然、ある人物の手記を入手。
そこに告白されている恐るべき計画の存在に戦慄し、1人でも多くの人にこれを伝えんものと、この手記を筆者の同意の下、以下に掲載するものである。
〇
今、私たちの知らないところで恐ろしい計画が進んでいる。
それは私の知る、とある高校受験生(当時)が隠し持った身の毛もよだつたくらみである。
私は恐怖のあまり、その計画の全貌を記して人々に警鐘を鳴らそうとペンを執った。
その名も「高校合唱部デス・ボイス部化計画」である。
しかもこの危機は、このほど首謀者が高校受験に合格したことで新たな局面を迎えた。
もはや一刻の猶予もならない。
そもそも「高校合唱部デス・ボイス部化計画」とは、ある高校の合唱部を巧妙にも乗っ取り、その活動をことごとくデス・ボイスにしてしまおうという、戦慄すべき悪の計略である。
※
デス・ボイスとは、ハードコア・パンクなどのバンドのボーカリストが発声する、低く枯れてはいるが激しく狂おしい、文字通りゾンビのようなおぞましい歌声のことである。
この計画の首謀者は去る年の夏、その高校の見学会に出席したのだが、恐るべき陰謀はこのときに端を発する。
ここで同校合唱部のヘタクソきわまりないパフォーマンスに接し、同部に対し限りない愛着と憧憬を抱いた首謀者。
「入学したら合唱部に入って、デス・ボイス部に変えちゃいます。そのために頑張るんですよ」
というきわめて残虐な構想を口走り、
「絶対乗っ取りますよ」
受験勉強に熱を入れ始めた。
※
そもそもこの首謀者、
「だってカッコよくないですか?」
という、たったそれだけの理由のために毎日毎日デス・ボイスの練習を欠かさない。
「女には、無理なのかな~」
首謀者は毎日の練習にも関わらず縮まらない理想の声との距離に、真剣に悩んでいる。
しかしそれだけに、 当時はまだ女声デス・ボイスが実在することを知らなかった私から、
「史上初の、女声デス・ボイスになれたらカッコいいんじゃない?」
という言質をも奪ってしまった。
恐るべし。
恐るべしデス・ボイスの拡散。
ああ首謀者は毎日、中学校の授業中に、
「ウ~…、ウ~……」
デス・ボイスの発声練習をつづけ、隣の席の男から、
「お前の声、死にかけのババアみたいだ」
とののしられ、烈火のごとく怒り狂った。
なぜなら、
「死にかけじゃなくて、ほんとに死んでる声を出したいの! 中途半端な褒め方しないでよ!」
というわけだからである。
「ほんとに死んでる声を出すには、ゾンビの声でもまだウルオイがあり過ぎますよ。もっともっと乾いた……そう、ミイラの声を出したいんです」
ミイラに魅入られた人間の妄執には際限がない。
私は恐ろしさのあまり、私のこのか細い声をしぼるようにして、かかる戦慄の計画の進捗をささやきつづけ、高校合唱部のデス・ボイス部化を恐れるすべての人々のために、小さな警鐘を鳴らしつづけることを誓ったのであった。
※
さて……
それからの半年。
首謀者は寝食を忘れて血のにじむような受験勉強を敢行した。
それはそれは凄絶な、何人をも寄せつけぬ血みどろの闘争であった。
結果、首謀者の成績はメキメキと上がり、飛ぶ鳥を落とすとはいかないまでも、飛ぶ鳥をコケさせるぐらいの勢いは軽く誇った。
それにしても、飛ぶ鳥を落とすのと飛ぶ鳥をコケさせるのと、本当に難しいのはどちらだろう。
最後の3週間で30点以上あげるという、背筋も凍らんばかりの悪魔の猛威を見せつけるだけ見せつけた首謀者。
本番当日の英語では、まったく時計を見ず、時間が経つのも忘れて黙々と問題を解き進めていくうち……
「試験時間はあと5分です」
「ウソぉ!!」
思わず大声を発してしまった。
顔から火が出るほど恥ずかしい思いをした首謀者は、のちにこう語っている。
「すっごい恥ずかしくて、あとで友達にもメッチャ笑われて、『あんたやめて! 試験中笑いそうになったじゃん。笑い堪えるの超ヤバかった』とか言われて、ああもう!」
私はこのとき、確信した。
(受かった……!)
※
試験中は私語を禁じるという常識をぶちやぶってしまうこの無茶苦茶さが、かえって勝利に結びつくのでは……
という私の恐怖は、みごと的中。
「けっこう余裕だったはずの友達が何人か落ちた」という中、首謀者は念願の同校への切符を、その手にしっかりと握ってしまった。
あな恐ろしき執念とは、彼女のためにある言葉であろう。
高校合唱部をデス・ボイスにしてしまいたいというその執拗な情熱だけで、みごと本懐を遂げまくっちゃったワケである。
「試験中の、あの『ウソぉ!!』で、ヤバイ、落ちたかな~ってずっと思ってたんですけど、友達にも『落ちたんじゃね?』とか超言われてたんですけど、ほんとにほんとによかったです!」
いや、私は知っている。
その「ウソぉ!!」で、あんたは合格したのだ。
間違いない。
誰がなんと言おうとそうなのだ。
が……
そんな私にも、1つだけ知らないことがある。
例の「ウソぉ!!」は、果たして地声で発せられたものか、それともデス・ボイスで発せられたものか、それは現場にいた人間だけが今も知っている。
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