車に乗ると忍者を走らせたくなる


車での移動。

見慣れた景色。

会話の途切れた車内。

退屈な時間に「ヤツ」は現れる。

シュタタタタタッッ!!!!ヒュッッ!!!

そう。忍者だ。

そう、忍者だ。大事なことなので2回言った。  
そう、忍者だ(3回目)。

NARUTOとか、忍たま乱太郎とかの、忍者だ。

手裏剣を投げ、韻を結び、口寄せをし、水の上を歩く。

誰が何といおうと、忍者だ。


後部座席の車窓から見える景色の中に現れたヤツは、

あの建物の屋上を走り、電信柱を踏み台に、横の車に飛び乗る。

時に高速道路の壁面を横向きで走り、

街灯から街灯へと飛び移る。

その身のこなしは、ただの人間には務まらない。

SASUKEに出れば完全制覇。

体操世界選手権にでれば個人総合一位。

山田克己も内村航平も真っ青な身のこなしで。

車が止まると、ヤツは、いつの間にか身を隠してしまう。

そして、また走り出すと、懲りずに後方から追いかけてくる。


並走して、何を必死に追いかける。

この車なのか。それとも別の何かなのか。

何をそんなに追いかけるのだろう、わき目もふらずに。

そうだ。きっと攫われた自身の主、一国の姫の乗せられた、黒塗りのボックスカーを追いかけているのだ。

そうでもなければ、あんなスピードで、人に見つかるところを走らないだろう。

必死な表情が見えてきた(気がする)。

主君のピンチに、どこの忍者が一体命を賭して追いかけないことがあろうか。

忠誠心、そうだ忠誠心だ。 ヤツを動かすのはレギュラーでもハイオクでもない。

主君を守って生きるヤツにとっては、主君こそが存在意義そのものであり、主君こそが人生の意味なのだ。

そこに悲しみはない。こちらの同情すら不要だ。

ただ見ている僕が、人の為に命を懸けたことのない僕が、

一方的にその人生を薄っぺらいと切り捨てることができるだろうか。

「そんな人生が楽しいのか」と否定する僕の人生を見て、

「命をかけるもの一つもない人生に意義はあるのか」と、ヤツは静かに語るだろう。

ヤツはまた現れる。

運転嫌いで左の後部座席が好きな僕の車窓世界の中に。

主君をさらう、にっくき不届き者を成敗するために。

願わくば、今日こそ主を救いたまえ。

また会おう。


目的地に着いた。定休日だった。

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