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もんきりあそび

紋切り遊びをご存知ですか?
折りたたんだ紙を型紙の通りに切り抜いて、開くと形があらわれます。

8月に微熱さんのブックカフェのイベントに出店されたとど&くま書房さんで、本と交換で紋切り遊びセットをお持ち帰りしました。

ゆっくり過ごしたい日、チョキチョキ作って遊んでいます。


日本の紋様には、いろいろな形(デザイン)があって、その一つ一つに意味があります。




紋切り作って、母に持って行ってあげようかな、と迷う。

母は、今年の暑さで体調を崩して、なかなか回復しない。
涼しくなっても気温の変化や、低気圧など気圧の変化などにも影響を受けて、一向に具合が良くならない。

何か元気が出るものを持って行って励ましてあげたいと思うけれど、
「食欲が出ないから食べ物は持ってこないで。頻繁に水換えや手入れが出来ないから、花も持ってこないで」と言われている。
本人が持ってこないでと言うのを持っては行けない。

むしろ「そっとしておいて、何もしないで(欲しい)」と言われる。
私には刺激でも何でも無いことが、病気になってみると些細な感触が不愉快だったりするそうで、身体の不自由さや、身体症状の辛さは本人でないとわからない。
母も辛さで余裕がなくて、キツイ言葉や言い方になるのだと思うけど、言われるこっちも気持ちが削がれちゃうよ。

でも、来るなと言われても、辛くて不安な時は何か励ましてあげたい。

こういう時、紋切りの、和紙の色や素朴な紙の小さいものはどうかしら?

クスって、ちょっとだけ笑えるかな?


今日作ったのは「双瓢 ふたつひさご」と「燕 つばめ」。

解説を読むと、瓢(ひょうたん)は次から次へとぶら下がるから植物の生命力にあやかって、子どもの健やかな成長を願っているそうだけど、6つのひょうたんで「むびょう=無病」と言い、ひょうたん一個は「一病息災」だって。

母はすでに病気を患っていて、その病気は完治しない。
体力的に病気と付き合っていくのも大変だと思う。
それでも、体の辛さに気持ちが閉じてしまわないで、幸せであって欲しい。

そして燕は「良い知らせを運ぶ鳥」だそう。
付いている英語の解説書にはSwallows were regarded as luky birds bringing good news.と書いてある。
ほほう、良い知らせをgood news と訳すのですか。なるほど。

この状態で「良い知らせ」と言うのは、母本人にとっては病気が完治して、心身の辛さや不安が全て無くなることだろう。

一方、私にとって「良い知らせ」とは、病気は治らなくても、症状の辛さは全て消えなくても、病の中にあっても生きる希望を失わないで幸いであって欲しい、ということ。


生老病死から誰も逃れられない。
けど、その中にあって、どう老いて、病んで、死を迎えるかを、(苦しいだろうけど)母らしく生き抜いて欲しいと、ずっと祈っている。



以前、別の人に「病気が良くなるように祈っています。」と言ったら
「祈って病気が良くなることは無い。」
と言われて以来、直接の言葉にして言うのは(人によって)気をつけるようにしている。



「良くなってね」「回復しますように」と言う願いや祈りは、医療でも何でもない。
けれど、誰かの幸いを求めてする祈りの言葉には力があって、見えない働きがあると私は信じている。

医療行為もお薬の処方も出来ない私は無力だけど、祈ることはできる。

それしか出来ないんじゃなくて、祈ることができる。


「回復を一緒に待ってるね」の気持ちと祈りを形に託して、母に渡したいな、と思う。









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