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甥が運んで来た春

母が出席できるかどうかは、本当にギリギリまで分からなかった。

1月の末、甥から結婚の報告を受けて、結婚式への招待を快諾した数日後、気になって、

『婆ちゃんはどうするんや?』

と聞いてみた。

『呼びたいけど、婆ちゃん自身も足が悪いからどうしようかって言ってる…。おっちゃん、レンタカーとか借りて動いてくれる?』

そのつもりで聞いていた。

『お安い御用や』

母は1人で暮らすのが危なっかしくなってきていた。歳を取ってから足が悪いというのはなかなか厄介だ。動かすのが億劫になっていって、どんどんと悪くなってしまう。危ないとは思っていても、兄夫婦も四六時中見ているわけにもいかない。
1月の中頃、母は自ら決意し施設に入所した。足が悪いだけで、頭はまだまだしっかりしている。

そして、孫の結婚式。
共働きの兄夫婦を助けて、孫の面倒を…いやその友達たちの放課後のおやつの面倒まで、毎日のように見てきた母が、その孫の結婚式に出たいのは当たり前の話だった。

しかし、世はコロナ禍。まん延防止等重点措置が延長。
母の入所してる施設も外出禁止が延長された。
兄とも『難しそうやな…』と話していた。

ところが、結婚式の10日ほど前になって、甥から

『婆ちゃんの外出許可が出た!』

とメッセージが飛んで来た。

なんと!

『わかった!あとはこっちでやる!』

レンタカーを手配し、施設のケアマネージャーさんと打ち合わせ。

『いろんな入居者さんがいらっしゃいますので、目立たないように時間に合わせて玄関に待機します。普段着で出て頂いて、着替えは現地でお願いできますか?』

孫の結婚式ということで特別に許可して下さったことは容易に想像できた。

『分かりました。今回は本当にありがとうございます。』

『戻られたら2日間、お部屋で隔離させてもらいます。そして、3日目に検査をさせてもらいます。』

当然の対策だ。他の入居者さんにご迷惑をかけるわけにはいかない。

続いて、結婚披露宴会場の担当の方と打ち合わせ。ずっと車椅子で移動するので、駐車場から会場への移動、そして会場内での移動中に段差などは無いか確認させてもらった。問題無さそうだ。

当日、施設に母を迎えに行って会場まで約1時間のドライブ。施設での生活のことなどいろいろと話した。入所前まで基本的に自分の身の回りのことは自分でやっていたので、施設内での生活はとにかく楽だと言う。
母は今年で85歳になるが、施設では若いほうらしい。お友達もできて、1番のお友達はなんと99歳の方だと言う。しかも、とてもお元気なんだとか。そういう良い刺激もあったりして施設での生活もなかなか良いなぁと思った。少し元気になったようにも思う。

甥の結婚式はつつがなく進んだ。
私も甥の姿を見るのは7〜8年ぶりだろうか。30歳になったという甥は随分と逞しく凛々しくなっていた。結婚式の衣装の効果もあるのかもしれないが、すごくおっとりしたタイプだったので、少し驚いた。社会に出て相当鍛えられたのだろう。

結婚式では、親族は一番前だったので、母も近くで孫と花嫁の姿を見ることができたが、披露宴では当然一番末席。新郎新婦の姿は遠くのほうだった。
それでも、母の隣に座った私は、マスクを付けたり外したりしながら、アクリル板越しに『美味いなぁ』などと料理の話をしたりして、楽しく過ごした。驚いたことに母は、全ての料理を平らげていっている。飯が美味いのは元気な証拠だなと安心しながら見ていた。

披露宴も中盤。
花嫁がお色直しで一時退席する。近年よくある演出で花嫁の指名でエスコート役が決められて、一緒に会場をぐるっと回って退場する。花嫁は実のお兄様を指名し、エスコートされて退場していった。
しばらくして甥もお色直しのため一時退席。エスコート役に指名されたのは、私の娘だ。
甥はひとりっ子で、娘もひとりっ子。そして、義姉もひとりっ子なので、甥からすると我々一家が唯一の親戚であり、娘が唯一の従兄弟なのだ。

…と、ここでサプライズ。

司会の方が、

『ここで、花婿様のたってのご希望により、もうひと方エスコートをお願いしたいと思います。では、花婿様、呼び掛けて頂けますか?』

『お婆ちゃん!』

私と娘は前日に聞かされていたが、母には突然のこと。驚きと嬉しさで母は顔をくしゃくしゃにしてポロポロと泣き出す。
母の近くに歩み寄る2人の孫。甥が母の手を取り、娘が車椅子を押して3人で会場を回る。

ここまでで一番の大きな拍手。

甥もなかなかニクいことをする。というか、やはり本当に感謝しているんだろうと思った。

大役を務め終えて席に戻った母は、

『なんにも聞いてなかってん』

と言いながら、まだ涙を拭っている。

その後も披露宴は和やかに進み、やがて御開きの時間が近づいてきた。最後の新郎の挨拶でも、母への感謝の気持ちが溢れた。

『何も考えて来てなくて…』

と始まった挨拶。

『今日は、死ぬまでお付き合いをしたいと思う人達に集まってもらいました。』

たしかに新郎新婦とも仕事関係の上司らしき人はいなくて友人達ばかりだった。そして、

『何も考えてこなかったので今感じてることをそのまま喋ります。』

と挨拶を続けた。父親への感謝の気持ち、母親への感謝の気持ち、そして、婆ちゃんへの感謝の気持ちを話した。

『毎日、たくさん友達を連れて帰っても、ちゃんとお世話してくれて…、僕はひとりっ子やけど全然寂しくなかった。それはお婆ちゃんのお陰やと思ってます。』

母はまた顔をくしゃくしゃにして泣いている。

そんな母を見ながら、私は、良かったなぁ…と、

本当に良かったなぁと感じていた。

私は21歳の時に家を飛び出して、ろくに親孝行などしてこなかった。今回、母の送迎をやらせてもらって感謝の気持ちしか無かった。

会場の出口で皆んなの見送りをする新郎新婦。

『この人の息子として、オマエに心から感謝するわ。ありがとう。』

甥は、大人らしく穏やかな笑顔を返してくれた。

翌日、改めて甥からお礼のメッセージが届く。

『昨日は色々と気遣いしてくれてありがとう。
帰り際のおっちゃんの一言が1番嬉しかった気がします。また東京行く機会あったら声掛けるわ。』

『必ず。』

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