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TOJ:インサイド①(text:若杉)

国内最大のステージレース「ツアー・オブ・ジャパン(以下、TOJ)」への出場が4月に正式発表となった。

TOJへの出場は、2014年に佐野淳哉選手(現レバンテフジ静岡)がロード日本チャンピオンの座に着き得たUCIポイントによって招待された2015年以来の6年ぶりのこと。

また、私にとって監督としてTOJへの出場は初めてのことであり、選手達同様、チャレンジャーとして自分自身の胸の高鳴りを感じていた。

コロナ禍の煽りを受け、各大会が中止や延期に追い込まれる中で、TOJの開催判断も非常に難しい情勢下にあった。しかし、国内及びアジア圏に希望をもたらすUCIレースの開催英断は、我々レースに関わる全ての関係者に勇気と希望、エネルギーを与えてくれたと思う。
大会に携わったすべての関係者の皆様に心から感謝申し上げます。

11分の5

JCL開幕戦後からぽっかり空いたスケジュールとモチベーションの行く先の照準はTOJに絞り切った。チームとしても各選手達の思いとしてもひとつにすることが出来たのは非常に良かったと思う。同時に残酷な11分の5という出場メンバーの絞り込みを行わなくてはならなかった。

選手達の前では「贅沢な悩み」とも表現したが、心中は常に穏やかではなかった。今年の那須ブラーゼンは非常に選手層が厚い。11人のフィジカル能力は各選手拮抗しており、日々のトレーニングでも常に前後が入れ替わる接戦状態が続いていた。この切磋琢磨も非常にチームの力を高めてくれた。選手全員から「負けたくない」という気迫が伝わってきた。私としても、どのチームよりも良いトレーニング積み重ねてこれたという自信があった。

最後は、選手達へのメンバー発表日までに確定させることができず、発表を一日延ばし、私のキャリアスタートのきっかけとなった師でありメンターでもある鈴木真理コーチと議論を交わし、TOJ2021のチーム目標設定と共に、谷、柴田、西尾勇人、渡邊、佐藤宇志の5名を選抜した。
メンバー選出に関しては私自身も選手時代に苦い思いをしたことがあるので、選手達の気持ちが痛いほどわかった。今のコンディションなら十分に活躍のチャンスがあったメンバー達全員をこのTOJで走らせてやりたかったが、このメンバー争いにより、斯くして那須ブラーゼンの精鋭メンバーは以下の目標・戦術実行の為に選抜された。

チームの目標
・UCIポイント圏内の総合10位以内に 谷、宇志を送り込む
・各ステージの優勝を狙う

チーム戦術
・1stは谷、宇志をとにかく上位に送り込み総合でも上位へ
・2stでは必ず逆転を狙う大きな動きが生まれるので、自分たちから攻めに出て逆転を狙う
・全ステージ通じて、個人総合を少しでも上位にするために常に攻撃の機を狙う

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クイーンステージ=1st富士山

3ステージの短縮開催となった今TOJは初日に設定された「富士山ステージ」がクイーンステージであり、ここでつくタイム差がほぼ総合を決する。

谷、宇志はこのTOJに集った国内最強の15チームのエース級選手達の中でも十分に登坂能力で渡りあえるだろうと考えていた。しかし、総合優勝に手をかけるステージ優勝までは少し足りない。増田選手(宇都宮ブリッツェン)やトマ・ルバ選手(キナンサイクリングチーム)といった常勝エースクライマー達からは一線遅れをとってしまう。

レース前夜には必ずチームミーティングを行うが、今大会は全ステージのミーティングに鈴木真理コーチがリモートで加わった。
「富士山に突入してからが勝負とはいえ序盤の展開は読み切れない。優勝候補たちよりも先手を打てる先行が決まるならそこに乗ってタイム差を持ったまま富士山に突入できれば上位フィニッシュのチャンスが広がる。」
と会話した。序盤の先行の選別は勇人、渡邊がにらみをきかせ、柴田、宇志がうまく先行できそうな有力集団に乗る。谷は有力勢と動いていくが、チャンスがあれば先行集団に加わる動きで出し抜くのもあり。勇人、渡邊は翌日の攻撃に向けて足を温存したいので登りはゆっくりとこなすことに。

レースでの状況判断は非常に難しい。嗅覚とも呼べる選別能力と判断能力が必要とされる。良いポジションをキープし、有利な集団に常に加わり続けることがロードレースの王道戦術ではあるが、この王道の能力は那須ブラーゼンがチームとして課題としてきた部分でもあり、体は十分に仕上がっていても、この点で遅れをとってすべてを失うこともあり得る。
「今回は無線が使えない。レースの中にいるみんながそれぞれに判断を下し、必要なコミュニケーションをとり、優位にレースを進めよう。今回のTOJでこの弱点を克服する。」
私からはこのように声をかけてミーティングを終えた。

レーススタート

いつもと違うのは選手達を送り出した後にチームカーの運転があること。計器類や安全装置がレース仕様のモードになっているか確認する。前日のくじ引きで車列2番を引き当て良い位置でレースを見守ることができる。同乗してもらう今大会メカニック役の郡山さん(GOKISO)が後部座席に収まったことを確認しサポートカーもスタートさせた。審判からレース情報が共有されるラジオツールが、第1ステージがスタートしたことを告げる。5㎞弱地点でリアルスタートの情報。

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予想に反してかなりスローな立ち上がり。誰も行きたがっていないようだ。後の登りを考えたらアタックに出るのはかなり勇気のいることだ。何名かが出入りを繰り返し、ふと集団が横に広がった。
「逃げが決まった。」と感じた。
同時にラジオツールからゼッケンナンバーが送られてくる。
「5名が先行している。・・・・・・・34番那須ブラーゼン」。

渡邊が逃げに乗ったようだ。スプリント賞争いのメンバー達が先行する動きにチェックに入った動きが逃げにつながった。集団が容認したため、一度硬直状態となる。他の4人は呼吸を整えて富士山勝負となりそうだ。

事前の想定以上に集団有利のコースの様だ。メイン集団は宇都宮ブリッツェンやキナンサイクリングチームのコントロール下におかれ、1分以上のタイム差は容認されない。タイム差が1分以上開くと先行集団に選手を送り込んでいるチームカーは先行集団とプロトンの間に入ることが許されるが、この逃げに大きなタイム差が許されることはなかった。富士山へのアプローチ部分にあたる富士スピードウェイ周囲の周回コース4周の終盤で先行集団も人数を減らし、じきに吸収された。

あざみラインへ

ひとつとなったメイン集団は先頭付近のコントロールにより高速化している。ここで飛び出すのは無謀すぎるので、富士あざみラインの入り口に備えるしかないだろう。登り口は特にポジショニングが重要であるため、チームの連携が非常に気になった。

周回コースを外れて徐々に勾配のある区間に差しかかった為遅れる選手達が出てきた。チームカーは選手達の間にむやみに入れないので一時後方で待機。レース前方はそろそろ登り口に差しかかりそうだ。渡邊は登り口が近づいたところでゆっくりと集団から下がってきた。チームとして渡邊を逃げに送り込めたことは非常に良かったと思う。スプリントポイントも稼ぐことができたので、先のステージの展開に影響を与えることもできるからだ。

「お疲れ!明日の攻撃に備えよう。」と声をかける。
「コーラありますか?」と渡邊から
「ごめん!忘れました!!」(※ごめんなさい。イージーミスです。)と苦し紛れに郡山さんからスポーツドリンクを渡してもらいチームカーを前方に上げる。

レースは富士あざみラインに到達。11.5km,平均勾配約10%(最大勾配22%)の本格的な登坂勝負がはじまる。前方での戦いが非常に気になるが、このあたりはパラパラと選手が遅れていく為審判からの情報もはっきりとした先頭集団の形成後になりそうだ。じりじりと情報の無い時間が続いた。勇人がゆっくりと下がってきたのが見える。

「ごめん!コーラありません!」先手を打って謝った。
ドリンクは追加でいらないようだ。
パスして更にチームカーを前方に上げていく。

点々と遅れていく選手達をパスしていくうちにブラーゼンのユニフォームが見えた。体格からして宇志の様だ。どうやらバッドデイにあたってしまったか。想定では先頭集団に加わって走っていてもおかしくないと思っていた。
「一枚可能性を失ってしまった。柴田がどのあたりにいるだろう・・・」と考えた。

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やっとラジオツールから情報が入った。
「11名が抜け出している。・・・・・31番、32番・・・・」
「ブラーゼンが2名いる!11人に二人はかなり良いですね。」と郡山さんと会話。正直興奮した。TOJという大舞台のクイーンステージで2名の選手がトップ争いの中に加わっているのだ。
「とはいえ、まだまだ先は長い。」と自分に言い聞かせて平静さを保つように務める。

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写真提供 2021ツアー・オブ・ジャパン

まだ選手間のタイム差が開いていないのでチームカーを先頭集団の後ろまで上げることはできない。肉眼で確認ができていないのでそれぞれの選手の余力もわからない状態だ。早く様子を確認したいが中段の選手達をパスするのにはもう少し時間がかかりそうだ。

5㎞看板を通過。馬返しを過ぎたあたりだろうか。
「数名の選手が抜け出しかけている。」
「1名が先行中。追走は2名。その後ろに2名。4名と続いている。」とラジオツールが鳴る。

決着

抜きつ抜かれつの攻防が始まっているようだ。 先行する選手達のゼッケンナンバーが入れ替わっている。情報から谷と柴田が8.9番手のあたりにいると分かった。先頭は増田選手、トマ・ルバ選手2名に絞られた様だ。十分健闘している。後は耐えて少しでも順位を上げてほしい。ここまで登ってくれば順位は大きくは入れ替わらない。失速せず、一つか二つ順位をあげてくれと願う。

4名ほどのパックでおそらく10番手あたりのと思われる位置に柴田の姿が見えた。「このメンバー達と戦っていたのか」という好位置。谷だけでも一桁台に入ってくれればと考えていたが、柴田にも十分にチャンスがあるレベルだ。谷が先をいっているようなので柴田のサポートも良く機能したのだろう。

「前に谷がいるぞ!」と声をかける。
数10メートル前方には確かに谷が見えていた。更に谷の先には2名の選手が見えている。ここは間違いなく10位以内の位置なので2名をパスできれば総合でかなり上位だ。
谷が後ろの柴田を気にしていた。一緒に連れていきたかったのだろうが、逆に柴田は他の選手が谷に追いつけないように抑えに回っている。

「谷!後ろはいい!前の2人を捉えられる!!」と声をかける。
ちょうど良いタイミングで谷と柴田のパックの間にチームカーを入れることができた。チームカーが隔てて柴田のパックで追っている選手達から谷の姿を少し隠せただろう。

残り距離が3kmとなり、少しなだらかな区間で谷と前方の小石選手(チーム右京)、留目選手(日本ナショナルチーム)が近づいてきた。この2名の登坂能力が国内トップクラスであることは既に周知の事実なので、やはりこの位置で谷が戦えていることは大きな進化だ。

柴田パックとの距離は開いたので前の争いに集中できそうだ。
「谷行けるぞ!最後もがけば絶対に勝てる!」

残り1㎞を切り前の二人を捉えた。後方から谷が合流したことで着順争いが意識されたのか少し3人がお見合いとなった。
チームカーは3人の後ろについている。残り500m。谷のパンチ力には自信を持っていたので、この登りに対応するクライマー系の選手達には谷がスプリントで負けることはないだろうと考えていた。

谷が仕掛けた。先行を維持している。そのままゴールに飛び込めるか?逃げ切れそうだ。
3人のパックの先頭でフィニッシュした。間違いなく10位以内だが、前から数えていないので正確な着順がわからない。

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安堵

チームカーを駐車して谷に声をかけに行く。
「よく頑張った。この位置で登れたのは本当にすごい!」
谷は出し切って満身創痍だったが、「良かったです!登り口の位置取りが良くて助かりました。皆が良くやってくれました。」と手ごたえをもってこたえていた。

柴田のフィニッシュの確認のためにフィニッシュラインへ。
同時にライブ配信をさかのぼって谷の順位とタイム差を確認する。谷は先頭から3分弱差の7位であったことがわかる。
柴田も帰ってきた。谷から1分ほど遅れただろうか。それでも好位置で登ってきた。
「少し余力をもって登れました。今日は勇人さんが連れて行ってくれて、入り口で一番良いところに入れました。」と柴田もチームメイトを称えている。

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谷が7位。柴田も総合を睨めるタイム差でフィニッシュできた。確かな成果を掴むことができたと感じた。
そして、ブラーゼンの各選手達がフィニッシュしてきた。
「谷が7位だった。」と声をかけると「すごい!やった!」と返ってきた。

ダウンをしている選手達の表情を見ると、達成感というよりは安堵感といった方が正しい雰囲気が漂っていた。長くこのTOJに向けて準備をしてきて、選ばれたメンバー達がクイーンステージでエースを7位に送り込むことができたのだ。特に、単独でコースの試走や特別な機材調達をして万全を期してきた谷からはその空気を強く感じ取ることができた。

柴田がドーピングコントロール対象者となった為、本隊と分かれて柴田と二人で厚木の宿へと移動となった。道中レース前方での出来事を柴田から聞くことができた。

直近の登り対策トレーニングでも力を示していた柴田だったが、レースごとに浮き沈みもあったりで本人も心配していた部分があった。しかし、それを払拭する走りで、本人自身12位で富士山を越え、途中まで牽制やつなぎ役として谷をアシストした姿は立派だった。

「今日はよく寝れそうだね(笑)」と声をかけた。

~~②につづく~~





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