事業をつくる、加速させるSun*のデザイナー必須スキル「バウンダリーオブジェクト」とは?概念から実例まで解説
Sun Asteriskではクライアントのサービスやプロダクトの支援を行うにあたって、B(Business)、T(Technology)、C(Creative)の3種類の人材でチームを組みます。
当然、BTCそれぞれの人材では、スキルや使う言葉、認識の仕方などが違うため、意思疎通や共通認識の醸成が困難なこともあります。しかし、多様化し不確実性の高い現代の環境では、BTC三者が融合し支援を行うことが最適解であることも多くあります。
では、三者の意思を統一し、共通認識を作って目標に進んでいくためにはどうしたら良いのか?そこで必要になってくるのが「バウンダリーオブジェクト」という概念です。
2021年から、武蔵野美術大学と共同で「デザイン文化とバウンダリーオブジェクト」の研究を行っており、異能のコラボレーションでいかに「共創的なものづくり」を行えるかを追求してきました。
改めて「バウンダリーオブジェクト」とは何なのか。今回はB領域からBusiness Design Pros. Division Managerの井上 一鷹さん、T領域からCTOsの金子 穂積さん、C領域からDesign Pros. Division Managerの南 慶隆さんに語ってもらいました。
そもそもバウンダリーオブジェクトとは?
――まずはじめに、「バウンダリーオブジェクト」とは何ぞや?と伺いたいです。
南:ありふれた言葉で言えば「共通言語」ということで括れると思うんですが、一般的な「共通言語」の中にも様々な形態があるというのが、武蔵野美術大学との共同研究での成果でした。
「共通言語」と一概に言っても、抽象度の高いものから、具体性を帯びているものまで、かなり多様なレイヤーがあります。
まず、なぜバウンダリーオブジェクトが必要なのかという前提ですが、ビジネスをつくり、成長させていくために最低限の構成要素を考えると、ビジネスをビジネスとして成り立たせるB(Business)要素、モノやサービスをつくるT(Technology)要素、どのような体験を届けるべきかをつくるC(Creative)要素に分解できると思います。
ビジネスをとても単純化すると、BTCで括れる脳みそを持った人たちが集まってつくられています。しかし、それぞれのプロフェッショナルとして活躍してきた人材は、それぞれスキルも物事も捉え方も異なり、違う脳みそを持っていので、そもそも「我々って分かり合えているんだっけ?」という前提から入っているんですね。
BTCの差異を埋める共通言語を作るために、どういう形でつなぐ必要があるのか?と考える必要がある。そのオブジェクト――それぞれの中間にある接点のようなものが「バウンダリーオブジェクト」と呼ばれているものかなと認識しています。
井上:武蔵野美術大学とのプロジェクトでも、新規事業など新しいものを作るときのほうが「バウンダリーオブジェクト」がより必要だという話になったんですよね。その背景について面白いことをクラシコムの青木さんがおっしゃっていたんです。
新規事業を進めるときには、BTCという、仕事の手段や脳みその形の違う人たちが集まらないといけない。だからこそ目的すら合わなかったらチームとして瓦解するよねと。手段がバラバラなんだから、目的をひとつに統一しないとチームである意味がなくなってしまう。
逆のことを考えると簡単で、例えば弁護士事務所や会計士事務所だったら、目的を達成するための手段が統一されているからチームとして瓦解しないんです。僕らみたいなBTCで何かをしないといけない場合は、目的レイヤーを揃えて「カナメ」を作らないとチームとしての意味はなくなるよね、と。
その「カナメ」のようなものがバウンダリーオブジェクトであると。そして、事業を創るということは変数が多すぎるので、バウンダリーオブジェクトを一度決めても「日々変えていかないといけないものだ」という概念は、いまの南さんのお話に加えたいなと思いました。
バウンダリーオブジェクトの必要性、どう関係者に説得する?
――新規事業に関するバウンダリーオブジェクトだと、市場環境も目まぐるしく変わっていくし、目的もいまやるべきこともズレやすい。常に変数が大きいので都度目線を合わせていく、共通認識を持ってやることの重要性が特に高いですよね。
ただ、もしかするとお客様になりうる方の中には、「新規事業に関わったことがない」とか「関わったがうまくいかなかった」とか、そうした方が多いと思うんですが、急いで事業を創りたい…という方に対してどのように「バウンダリーオブジェクトが必要だ」と納得してもらうんでしょう?
井上:そもそもお客様の前でバウンダリーオブジェクトという単語すら使わないです(笑)。異能同士の共通認識をつくり、お互いのポテンシャル引き出すモノがバウンダリーオブジェクトなので、聞き慣れない概念をわざわざ提示することはないです。難しく考える必要は無くて、プロジェクトの中でキーとなる、迷ったときに皆が思い出せる1枚のチャートのようなものでも良いんですよね。
たとえばある建設会社に対して、Bの人間が戦略を考えてピッチデックを作ったときに、そこにCの人間――デザイナーを入れるだけでプレゼンが気持ちいいんです。「これはお金を投資したい」と思ってもらえる。これがバウンダリーオブジェクトだと思っていて。
「自分たちがこういうことを成し遂げたい」ということがちゃんとデザインされていて、必要な情報が必要十分に届くように資料化されている状態。
これを作ることだけがデザイナーの本質ではないと理解しているが、お客様には「確かに投資しやすい」「皆の意思を統一しやすい」とバウンダリーオブジェクトの必要性を理解してもらいやすい例のひとつだと思っています。
南:それを作ることの効能として、意思決定スピードにダイレクトに響いてくるんですよね。
事業をどう推進するかの意思決定をしなければならない…となったときに、組織には色々な部署があって、文脈があって、インセンティブがあるから、普通に揉める(笑)
揉めて、検討を繰り返して、結論が先延ばしになっていくのは損失だとすると、デザイナーのアプローチとしてはいかにそこを“三方よし”“四方よし”にしていくのかというのが目的になる。
そうしたときに、最終的にユーザーに使ってもらうサービスを作っているとしたら、エンドユーザーのことを考えて“良くすること”には誰も反対しないよねと。そうして皆の意思を統一していくのも、バウンダリーオブジェクトの形でありデザイナーの仕事なのかなと思います。
――デザインとは、目的に対してそれを形にすることで、コミュニケーションコストを落とすこと。例えばトイレのサインパネルは一瞬で男女用どちらかが分かりやすい形にデザインされていることが多いですよね。
同じように、新規事業を創っていくにあたっても、何らかのデザインを施していくことでコミュニケーションコストが下がり、結果余計なことを考えずにスピードを持って意思決定できるというのはありますよね。
南:結局、民主主義的に皆がパワーを出して、ものづくりできる環境を目指したいとなったら、バウンダリーオブジェクトが無いと、最終的にはパワーバランスによって意思決定が決まってしまう世界観に変わってしまうんですよね。強い人の言いなりになってしまう。
それは民主主義的でもないし、ものづくりの土壌がある組織・集団ではないよね…という前提がある。だから、成し遂げるためにはアイデアをつなぐオブジェクトが必要だよね、という主張だと認識しています。
デザインの本質はポテンシャルを引き出すこと
――ここ10年くらいの感覚なんですかね? もともと日本企業は、プロジェクトオーナーの出自によって、物事の進め方やアプローチが決定されているイメージでした。
ただスタートアップの出現やデジタル化によって、市場環境の不確実性が高まった中で、どのように共通認識を作ってうまく物事を進めていくか?という分野の必要性が高まっているのかもしれないなと。
南:そうだと思います。既存事業の延長線上で新しいものが作れた時代はそれで良かったんですが、昨今のように不確実性が増してくると、ヘッドのケイパビリティだけでは全くカバーできなくなってきている。
であれば、複数の頭を寄せ集めてものごとを考えて進めていかないと、成功確率が上がっていかない。そういう前提になったときに、バウンダリーオブジェクトがないと破綻してしまうということだと思います。
グラフィックデザイン、ワークショップのファシリ、UXデザインの成果…Sun*のデザイナーが行うデザインワークはいろいろありますが、すべてがそこに直結している感じはしますね。
突き詰めると“関わる人たちの意識を揃える”“意思決定をなめらかにする”“これで行ける!と確信を持ってもらう”という、そのためのアウトプット=バウンダリーオブジェクト。それを作っているというところで、デザイナーの仕事は統一されているんじゃないかと思います。
――世に言うC人材、クリエイティブディレクターって、クリエイティブドリブンで何かをすごくジャンプさせるのが仕事。それで解決できる課題も多々あるが、NGだったときにBかTの人材にボールを回さないといけないですよね。
もはやクリエイティブ一点突破で解決できないことのほうが世の中には多いわけで。BとT人材のポテンシャルを発揮させるためのデザインワークというのは、今後も生き延びていくんじゃないかと感じました。
南:Sun*でやっているデザインは、先ほどのクリエイティブディレクターのようなジャンプさせることで価値を増幅させることが主眼ではないんですよね。あくまでジャンプは手段の1つであって、渋谷の街中にバンとグラフィックが出るような仕事ではない。
それを狙って解決できれば気持ち良いストーリーになりますが、世の中の9割の課題は、ジャンプを狙うデザインだけで解決できない。その課題に対してエフェクトする――解決につながるデザインをするというのは、一見地味だけど価値のあるものだし、Sun*のデザイナーが重視しているのはまさにそこなんですよね。
――それはB視点でも、T視点でもそうかもしれないですよね。革命的な技術やアプローチによって上手くいく機会というのは数少なくて、それ以外は全員が意思統一して勝つために地道にやっていかないといけない。
金子:T視点で見ても、往々にしてバウンダリーオブジェクトがないプロジェクトは破綻することが多いと思いますね。意思統一できるものがないと、メンバー自体もただの作業者になってしまって、開発も納品優先でやっつけ仕事になってしまう。
アジャイルなやり方だと「インセプションデッキを作ってからプロジェクトに入ろう」ということがあるんですが、それがバウンダリーオブジェクトになっている。B側、C側が作ってくれたものでも、クライアントが作ったものでも、それがバウンダリーオブジェクトとしての要件がちゃんと揃っていると、それによりT側の意思統一ができて、上手くいくということは多いですね。
実例。異なる企業のポテンシャルを引き出すバウンダリーオブジェクト
――ここまでは少し抽象度の高いバウンダリーオブジェクトについてのディスカッションでしたが、ここからは実例を交えて解像度を上げていきたいです。わかりやすいサンプルのようなものはありますか?
南:MeeTruckのプロジェクトですかね。ソフトバンクと日本通運の合弁で設立された物流DX会社ですが、UXデザインをしながら最終的には開発まで2年に渡って支援させていただきました。
このプロジェクトは最初からデザインで入っていったというのが特徴的で、PoCフェーズでUXデザイナーが参画して、UXデザイン、開発につながる要件定義、レイアウトやワイヤーフレームなど、開発に渡せるように工程を踏んでいきました。
最初に行ったのはユーザーリサーチで、現場に出向いて話を聞いたり、インタビューしながら1日の流れを絵に描いてもらって把握するみたいなことをやったり…、そういう過程を踏んで、ユーザーストーリーマップを作っていったんですが、Sun*ではこの過程を重要視しているんです。
個人がリテラシーや経験則で持っているユーザーシナリオを可視化して、マップにして共通認識を作っていく。そうして、サービスが実現したらどういう世界観になるのかを、イラストレーションで表現していきます。
この過程で、BTCの脳みそ全員が集まって、エンドユーザーの体験軸に沿って、どういう価値を提供すべきなのかを検討できる。なので、これが共通認識になると、「ビジネス側が無茶な要求された」とか「デザイナーが分かんないこと言ってる」という齟齬がなくなるんですよね。
――ユーザーストーリーマップについて、もう少し詳しく教えてください。具体的に何を表現されているんですか?
南:左から右に時間軸が進んでいく中で、ユーザーはどういうアクションを行ってタスクをこなしていくのか?を示していきます。タスクは価値と言い換えても良くて、このタイムラインでどんな価値を享受したらユーザーの利益になるのか?を検討していきます。
上下は優先度です。全部実現できたら素晴らしいんですが、往々にしてリソースもコストも限られているので、どれをマストで提供すべきなのか?という優先度の検討をします。さらにはT視点の実現可能性、B視点のリソースやコストも含めて検討できることになります。
ここから各々の専門作業に入っていって、T人材(技術者)は「どう実現し実装するのか」、C人材(デザイナー)は「どうユーザーに体験してもらうんだろう」、といった形で仕事が分かれていく。共通認識を持ったうえで各自作業に入れるので、ブレが少なくなるんです。
結局、デザイナーのアウトプットであるワイヤーフレームやプロトタイピング、モックアップというのは、それを通じてどういう価値をユーザーに提供するのかを共通言語化していて、それが視覚的に表現されているもの。デザインワークのアウトプットの多くは、バウンダリーオブジェクトと言えるかなと思います。
――B、T、Cそれぞれの人材全員が、わかりやすく目的を共有できて主体性を持てるようなアウトプットを提示するということですね。全員で合意を取りながら進めていくというのは、アウトプットのみならず、その過程も重要な気がします。
南:特にMeeTruckの場合、異なる大企業2社が一緒になるわけで、文化もWayも当然大きく違う。このままでは仕様や方向性を決めることすら難航してしまう…といったときに、CI、VIといったブランドを一緒に作ることから始めませんか?と提案したんです。
最終成果物は「会社名とロゴを作ること」。その制作プロセスの中で、お互いの考えをワークショップで吐き出していって、ここは一緒、ここは差異だとやって共通言語を探っていく。
わかりやすいロゴに結実するので、それ自体もそうなんですが、アウトプットする過程の中で“一緒にすべきもの”“新しく作るべきもの”の共通認識ができたという。まさにこの過程が、バウンダリーオブジェクトを作る成果としては、一番大きなものなんじゃないかと思うんですよね。
皆で朝日を見たらすごく意思が統一された、もう1つのバウンダリーオブジェクト
井上:そういえば、以前武蔵野美術大学のプロジェクトで、南さんがバウンダリーオブジェクトとは何かを洗い出そうとしていた資料を、今見つけたんですよ。こう見るとめちゃくちゃ概念として広いなと。
目的のレベル感として色々あるなと思ったときに、Sun*のデザイナーとしては、何を重視したバウンダリーオブジェクトを作っているのか?というのを言語化できたら良いなと思いながら聞いていました。
南:デザイナーが重要視したいのは、つまるところ文化なんですよね。法律や規範のようなルールではなくて、文化や空気といったもので“自律的に動けるよね”という状態を作れると信じているというか。
ルールで縛ったほうがスピードが上がることもあるので、それ自体に異を唱えるということではもちろん無いんです。ただ、文化や空気によってレバレッジが効いて、クリエイティブが加速すること自体に価値があると思っている。
井上:確かに、「ごみの分別しなさい」って、当たり前のことを言語化するとかっこ悪いもんね(笑)マニュアルや六法全書を見ながら思考を飛ばすのは無理だ。
南:ルールや規範って、1をインプットしたときに1しかアウトプットしない。“安定して1が出る”という仕組みでしかないんですよね。
でも本来なら1を入れたときに、10になる可能性もあると思っていて、その可能性や余白を残した上で、ルールや規範ではない中で、いかに同じ方向を向けるかというのがデザインの焦点だと思っているんです。
井上:確かに、色々な能力がある人に、よりクリエイティブジャンプができる可能性を上げるためにあるもの。それがバウンダリーオブジェクトだというのは、すごく納得感があるなと思います。
金子:さらに言うと、常に未来を向いているというのがありますよね。井上さんも冒頭で、バウンダリーオブジェクトは常にアップデートされるものが良いと言っていたし、南さんもそれを出す目的はあくまで次のステップにいくためと話されていたかと。
あとは、ビジョンやパーパスを文字に落としたり、モックアップやユーザーストーリーマップをビジュアル化したり、色々なバウンダリーオブジェクトがあるので、その特徴を把握した上で使うのがポイントなのかなと思いますね。たとえばビジョンを文字で言語化されると、ある程度意味や解釈が固定化されてしまうし。
――最低限やらないといけないことは言語化していく部分もありつつ、非言語部分のアプローチも大切。そうしたモラルやカルチャーといった非言語部分で包んでいってエンパワメントしていくというのが、Sun*のデザイナーの特徴なのかもしれないですね。
南:厳密さと、解釈の余地のボリュームはすごくある気がしますよね。文字で書かれるとある程度強固な共通認識になっていきますし。反面、関連会社の代表に聞いた話で面白い話があって「合宿に行って皆で朝日を見たらすごく意思が統一された」と(笑)それって究極の非言語コミュニケーションじゃないですか。
定義されていないし、解釈の余地はめちゃくちゃ高い。そんな抽象度の高いものでもバウンダリーオブジェクトになりうるという。同じ体験を共有して、それぞれの思いを胸に帰ってもらうしかないんだけど、そこに意思統一が生まれるとしたら、最高のデザインなのかもしれません。1を入れたときに、10とか100出るデザインとは何か?ということなんです。
プロジェクトに関わっている人なら、1入れたときに100出力できるようにエンパワメントできるデザインを。エンドユーザーに対してだったら、1入れたら100の価値を感じてもらえるような。そういう体験をデザイナー全員が求めていると思っています。