私の職場は異世界です その2
「なんだとー❗」
フジキさんが怒って杖を振り上げている。
「ちょっと待ってください、どうしたんですか?」
フジキさんの目の前にはニコニコと微笑んでうんうんうんと頷くだけのイダさん。
「この人が私の事バカって言うのよ!」
興奮するフジキさん。
「どんな話をしていたんでしょう?」
「この本を見せても話さないから、私をバカにしてるでしょって言ったらバカにしてるーって言うのよ!ひどいでしょ。」
私はふぅとため息をつくとイダさんに話しかける。
「イダさん、大丈夫ですか?」
「だいじょーぶー」
ニコニコと微笑んでうんうんと頷くイダさん。イダさんは聞いた言葉をそのまま返すことがある。
つまり「バカにしてるでしょ」といわれたのでそのまま「バカにしてる」と言ってしまったのだ。そんなことが解らないフジキさんは何度もこう怒り出すことがあるのだ。
「それは悲しかったですね、本のどの部分ですか?私にも見せてくださいよ」
「あら、見たいの?」
怒っていた表情がとたんに緩んで笑顔になる。その最中にアイコンタクトを取ったリハビリの先生がイダさんをリハビリに連れ出す。上機嫌に話すフジキさんはさっきの怒りはもう忘れてしまったらしい。
数時間後、またフジキさんが懲りずに花の本を見せている。
「ほーら、これ見て!きれいよねー」
「キレイ」
「でしょ、あーこの花もキレイよ」
「キレイ」
自分の言葉を返されているだけとは気付かないフジキさんは今日もイダさんに話しかける。時には怒り時にはにこやかに。
※ ※ ※
認知症の方を相手にしていると、家族は本当に追い詰められると思う。
真剣に向き合えば向き合うほどキツいものだと思う。
新人の頃は私がやらなきゃと一生懸命だったが、先輩から「あなたは引くことを覚えた方がいい。そうじゃないとあなたが疲れてしまう。」と言われたことがある。
どうしても、伝わらなかったりいやいやのスイッチが入ったらそこで頑張る必要はないんですよね。
その場で解決しようとせずに逃げると言うのも大事だったりします。