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#10分で読める小説「違法路上キャッチ 無意味な出会いが運命を動かした夜の物語」
新宿のネオン街に染まる夜。人々の喧騒が響き、光に照らされる通りの片隅で、俺はただ立ち尽くしていた。メガネの奥に映る世界は、ぼんやりとしていて、何をどうすればいいのか分からない。蝶ネクタイを巻いて数時間が経つが、一人も客を捕まえることができていない。俺はキャッチの仕事に向いていない――そんな感情が、胸の中で渦巻いていた。
「狙いは酔ったリーマン集団と女子会帰りな。金ひっぱれる確率たけーから。逆に話しかけてもあまり意味ねーのは早歩き、イヤホン、ピンの女な。とりあえず的立ち止まったら俺らに渡してくれたらいーから」
先輩の指導を思い出す。言葉の端々に感じる乱暴さが、心に刺さる。俺はこの街に来て、自分が何か変わるはずだと思っていた。だが、現実は違った。キャッチという仕事に、自信を持てない自分がここにいる。
金髪の先輩は、酔っ払ったリーマンに声をかけては、次々と店に誘導していく。その手際の良さは見事で、女子会帰りの女性たちにも愛想よく笑いかけ、立ち止まった瞬間にはもう彼女たちを引き入れている。俺とはまるで違う。何度声をかけても、俺は無視されるか、冷たい視線を返されるだけだ。
思い返せば、俺はずっとこんな風に生きてきた。地方の小さな町で育ち、特別なこともせず、目立つこともなかった。父親は厳しく、俺の選択を褒めることも、認めることもほとんどなかった。進学も就職も、すべて自分で決め、地元を離れて東京に出てきたものの、今こうしてキャッチの仕事に立たされている。何をやってもうまくいかない――そんな人生を、俺はずっと背負ってきた。
「やっぱり、俺には向いていないんだ…」
そんな思いが、頭の中を巡るばかりだ。
「お前、何やってんだよ!もっと声かけろ!」
金髪の先輩が大声で怒鳴ってくる。焦った俺は、目の前を歩く一人の女性に思わず声をかけてしまった。「こんばんは」と、か細い声で。その瞬間、しまった、と思った。先輩の教えでは、このタイプの女性――一人で歩いている、しかも早歩きの女性には、話しかけても意味がないとされていた。だが、咄嗟に体が動いてしまった。
だが、予想外のことが起こった。彼女は立ち止まり、俺をじっと見つめたのだ。その鋭い目に、俺は思わず身をすくませる。
「どこかで会ったことがあるんじゃないかしら?」
彼女の口元が少しほころんだ。俺は驚いた。まさか、こんな風に反応されるとは思ってもいなかった。彼女の顔を見つめているうちに、ふと思い出した。彼女は、俺が地元で参加していたボランティア活動で出会った人だった。昔の記憶が、急に鮮明に蘇ってくる。
「あ、あの時の…」
俺が答えると、彼女は微笑んで小さくうなずいた。
「こんなところで働いているなんて、意外ね。もっといいことができるんじゃない?」
彼女の言葉は、まるで魔法のように俺の心に響いた。こんな出会いがあるなんて、信じられない。俺がこの場所に立っている意味が、突然違って見えてきた。
彼女はバッグから名刺を取り出し、俺に手渡してきた。その名刺には、大企業の名前が印刷されていた。震える手でそれを受け取った俺は、ただ呆然と立ち尽くすばかりだった。
彼女との再会をきっかけに、俺の人生は大きく変わった。彼女の紹介で、大企業のサポートスタッフとして働き始めることができたのだ。新しい職場は、これまでの自分とはまるで違う世界だった。毎日が忙しく、そして充実していた。過去の自分を振り返る暇もないほど、目の前の仕事に夢中になった。自信がなかった俺が、ここで働いていること自体が信じられないほどだった。
あの夜、彼女に声をかけたことが、すべての始まりだった。自分の殻を破るために立った場所で、偶然の出会いが運命を動かした。それまでの自分を否定し続けてきた俺にとって、彼女との再会はまるで救いの手のようだった。
数年後、新宿の同じ通りを歩いていたとき、ふと金髪の先輩の姿を見かけた。彼は変わらず、あの場所でキャッチを続けていた。時折、酔っ払ったリーマンたちに声をかけ、女子会帰りの女性たちを引き入れている。その姿は、かつての俺が見ていたものとまったく変わらなかった。
彼に声をかけることはなかったが、心の中で静かに「ありがとう」と呟いた。あの時の先輩の怒鳴り声がなければ、俺は今もあの場所に立ち尽くしていたかもしれない。偶然の出会いが、こんなにも人生を変えるとは、当時の俺は思いもしなかっただろう。
「あの時、間違えて声をかけたことが、俺の人生を変えた」
そう思いながら、俺は静かに微笑んだ。メガネ越しに見える世界は、あの夜とは違って、少しだけ広がっているように感じた。
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