見出し画像

#10分で読める小説「密夜の行列 闇路食堂」

時刻は夜中の2時。西川口の駅から少し外れた場所にある公園の横を、私は一人で歩いていた。仕事帰りの疲れが足に重くのしかかり、普段ならこの時間にはまっすぐ家に帰るところだ。しかし、その夜はなぜか足が勝手に別の方向へ向かっていた。まるで無意識のうちに、何かに引き寄せられているかのようだった。

ふと、公園の脇道に差しかかったとき、不意に目に飛び込んできたのは、暗闇に佇む人々の姿だった。公園横の歩行路に、10人ほどが列を作って並んでいる。時間は夜中の2時半を過ぎたところ。この時間にこんな場所で何をしているのだろう? 疑問を抱きつつも、私はしばらくその場に留まり、彼らを観察することにした。

彼らの顔つきや服装から、どうやらほとんどが外国人のようだった。だが、彼らが一体何を待っているのかはさっぱりわからない。まるで何かの合図を待っているかのように、じっと黙ったまま列を作っているのだ。その静けさがかえって不気味に思えた。しかも、その周囲にはまったく人通りがない。私が唯一の日本人で、夜の暗がりに彼らだけが静かに佇んでいる。何か異様な雰囲気が漂っている。

そしてその時、不意に一人の外国人が列の先頭に現れた。背の高い男性が、数人を連れ立ち、静かに歩き出す。4〜5人の小さなグループを形成し、列を離れて公園の外れへと向かっていく。列に並んでいた者たちは黙ってその後に続き、また、歩き出すグループを見送る人たちも無言だ。まるで暗黙の了解があるかのように、誰も何も言わず、規則的にその動きを繰り返している。

私はさらに不思議に思い、別のグループが次に動き出すのを待った。10分ほど経つと、再び外国人の案内役が現れ、次のグループを同じように案内し始めた。何かの儀式のようでもあり、異様な規律さえ感じられる。私はその奇妙さに惹かれるように、列に加わることに決めた。気づかれないようにそっと最後尾に並んだ。

並んでいると、時間の感覚が不思議と曖昧になっていく。静かな夜の空気に包まれたまま、目の前の光景がどこか遠くの出来事のように感じられた。耳をすませば、微かに公園の木々が風に揺れる音が聞こえるだけだ。背後で遠く鳴り響く救急車のサイレンも、かすかな雑踏の気配も、すべてがぼんやりと消え入りそうだ。

やがて、私の順番が来た。列の前にいた案内役の外国人が軽くうなずき、私を含む4人を連れて歩き始めた。無言で歩道を進み、公園の隅へと向かっていく。私は心の中で何かがざわつくのを感じていた。彼らがどこに向かっているのかも、何を待っているのかもわからない。それでも、私の足は勝手に前へ進んでいた。

道中、彼らは一切の無駄な言葉を発しなかった。周囲に人影はなく、時折通り過ぎる車のライトが遠くから私たちを照らすだけだ。彼らは静かに、しかし確実な目的を持って歩を進めているようだった。その足取りには迷いがなかった。

案内人が歩く速度は決して速くはなかったが、どこか緊張感が漂っていた。少しの隙間風が吹き抜けるたび、私は思わず振り返り、誰かが後を追ってきているのではないかという疑念に駆られた。しかし、振り返っても誰もいない。夜の闇に包まれた静かな街並みだけが広がっていた。

歩き続けること約3分。案内人が突然足を止め、私たちに向かって一言も言わず、ただ目で「ここだ」と示した。見渡す限り、何の看板もない。ただ古びた建物が一軒立っているだけだった。もし自分一人でここを歩いていたら、間違いなく通り過ぎてしまっていただろう。だが、どうやらここが目的地らしい。

扉を開けると、薄暗い店内が私たちを迎えた。狭い空間には数人の外国人が既に席についており、静かに料理を待っていた。店員も全員が外国人で、片言の日本語を話す者もいれば、完全に無言で作業に徹する者もいた。会話のほとんどは異国の言葉で行われており、私は何が話されているのか理解できなかった。店内に流れる異国の空気に包まれ、私は自分が日本にいることを一瞬忘れそうになった。

何も言わずに案内され、空いている席に座らされる。メニューはなく、ただ店員が私の前に料理を無言で置いていく。見たこともない料理だったが、異国情緒あふれるスパイスの香りが漂い、私はその料理に引き込まれるように一口食べた。

その瞬間、口の中に広がったのは、想像を超える味わいだった。強烈なスパイスと甘い香りが絡み合い、日本の食文化では到底味わえない何かがそこにはあった。異国の地でしか出会えないような食材と、独特の調味料が混ざり合い、口の中で弾けるようだった。こんな場所で、こんな料理を食べるとは夢にも思わなかった。

だが、料理の美味しさとは裏腹に、私は心のどこかでこの場所が何か危険なものを孕んでいるのではないかと感じ始めていた。この場所が一見普通の店とは違うことは明らかだった。公園での奇妙な行列、外国人案内人、そしてこの隠された場所。何かが背後で動いていることは間違いなかった。

食事を終え、会計を済ませようとしたとき、隣に座っていた外国人男性がぽつりと話しかけてきた。「ここ、見つからないようにしないとね」と、片言の日本語で言う。

「見つからないように?」と私は問い返した。

彼は意味深な笑みを浮かべた。「警察に、だよ。ここの店は見つかると困るんだ。だから、10分ごとに少人数で案内するんだ。」

その瞬間、すべてがつながった。この店は、ただの飲食店ではない。店員も客も、ほとんどが違法就労の外国人で、ビザが切れた者や難民申請を何度も繰り返して日本に留まっている人たちが集まる場所だった。彼らは警察の目を逃れ、密かにこの場所を運営している。そして、それを支える裏社会の影がここには存在していたのだ。

それから数週間後、私は再びあの場所を訪れようとした。しかし、そこにはもう何の痕跡もなかった。公園横の行列もなく、店の入口も閉ざされていた。まるで最初から存在していなかったかのように、あの場所は消え去っていた。跡形もなく、何の記憶も残されていない。

だが、深夜になると、ふとあの独特な香りが鼻をかすめることがある。それは、夢の中でしか味わえない異国の香り。もしかすると、あの場所は現実ではなく、私の記憶の中だけに存在しているのかもしれない。


大切なお時間を使いお読み頂きありがとうございました。もしよろしければ感想、アカウントフォローをして頂けますと幸いです。
※この小説はフィクションです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?