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#10分で読める小説「シニア集う巣鴨で交わる運命:騙されたアンケート調査」

「金がないなあ、今日も…。」隆也は24歳、売れない芸人。深夜のコンビニの明かりに照らされながら、今日の収入を数える。ほんの数千円。毎日のようにライブに出るが、客はほとんどいない。東京の家賃、食費、交通費が重くのしかかる中で、バイトが命綱だった。そんな彼が偶然目にしたのは、とあるサイトの求人広告。「巣鴨でアンケート調査のアルバイト、時給良し、短期OK!」。迷わず応募し、すぐに採用された。

アンケートの内容は、老人向けに「老後の蓄え」や「将来の不安」について尋ねるものだった。おばあちゃん子の隆也にとって、巣鴨のような場所でお年寄り相手の仕事は、親しみやすかった。おばあちゃんたちの笑顔に触れるたび、彼の中にはどこか懐かしい感覚がよみがえった。


バイトが始まると、隆也の話術が光り始めた。彼は漫才で培った会話術を駆使し、スムーズにおばあちゃんたちと打ち解けた。アンケート用紙には、貯蓄額、どのようにお金をためているか、年齢や住所まで詳細に記載されていたが、誰も疑うことなく答えてくれた。彼の言葉には、安心感があったのだ。

ある日、同じバイト仲間の一人が話しかけてきた。「隆也、やっぱりお前すごいよな。一番成績がいいし、どうしてそんなに上手くやれるんだ?」。隆也は、ただ笑って答えた。「おばあちゃんの扱いは慣れてるんだ。話すのが好きだからさ。」

バイトは順調で、日々の生活も少しずつ楽になっていた。しかし、ある日のニュースが隆也の心に影を落とす。テレビでは連日、強盗殺人事件が報道され、被害者はすべて高齢者だった。彼はそのニュースを見ながら、ふと呟いた。「物騒な世の中だな…。きっと僕らが相手してるようなおばあちゃんたちも狙われるんだろうな。」だが、どこか他人事のように感じていた。


ある日、隆也がいつものようにコンビニの前でコーヒーを飲んでいると、ニュース速報が流れた。画面には、巣鴨で殺害されたおばあちゃんの名前が映し出されていた。隆也の心は一瞬にして凍りついた。その名前は、彼がアンケートを取った記憶に残るおばあちゃんの名前だった。

「まさか…」胸の奥で何かが崩れ落ちる音がした。彼は急いで携帯を手に取り、過去のアンケートのデータを確認した。そこには、住所、名前、貯蓄額、そして彼が信頼を得て引き出した情報がすべて記載されていた。「俺が…」震える手でデータをスクロールする。事件に使われた情報は、まさに彼が集めたものだった。

隆也は茫然と立ち尽くした。自分が行った行動が、誰かの命を奪う手助けをしてしまったのだと気づいた時、彼の中で時間が止まった。

翌日、警察が彼の元を訪れた。捜査が進む中で、アンケート調査が犯罪に使われているという情報が浮上していたのだ。隆也は警察に協力する形で事情聴取を受け、バイト先の実態が徐々に明らかになっていく。その中で彼は、再びおばあちゃんたちの顔を思い出していた。無邪気に答えてくれた彼女たちの笑顔が、今は痛烈な後悔の対象となっていた。

だが、真実を隠すことはできなかった。最後に彼は、アンケートの最初の質問に立ち返る。「あなたの老後の備えは?」。その問いは、皮肉にも自分自身に向けられているように感じた。未来を備えたつもりが、目の前のことにとらわれすぎていた結果、守るべき人々の命を奪う結果となった。

彼は深く息を吸い、静かに目を閉じた。巣鴨の街は変わらず、老人たちのゆったりとした足音が響く。だが、その音は彼の耳にはもう、届かなくなっていた。


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