#10分で読める小説「田舎で起きた闇バイト強盗事件 後日”犯人逮捕の決め手”となったのは”昔ながらのタンス”だった」
市街地から少し離れた山間の小さな集落に、その家は静かに佇んでいた。周囲にはいくつかの古びた家が並んでいたが、住人は少なく、長年の風雨にさらされて朽ちかけている。住んでいるのは、ひとりの老婦人だけだった。彼女はかつて、この集落に賑わいがあった頃を知る数少ない生き証人だった。近所の人々はみな都会へ移り住み、家々は次第に廃墟と化していったが、彼女はその地を離れることなく、夫と共に暮らしていた一軒家に住み続けていた。
夫が亡くなってからというもの、彼女の生活は静寂そのものであった。窓の外を眺め、かつて子供たちの声が響いていた田畑や小川の風景を思い出す日々。彼女が唯一心を許すのは、隣村の郵便配達人と週に一度話す短い会話だけだった。しかし、その穏やかな日々に突如として暗雲が立ち込めた。
ある晩、老婦人が寝静まっていた頃、家の周囲をうろつく不審な影があった。闇バイトとして雇われた若者たちが、標的として彼女の家を選んだのだ。彼らは金を求め、軽い気持ちでこの強盗計画に参加していた。若者たちはリーダーに指示され、ビデオカメラを使って自分たちの犯行を記録していた。カメラを使って計画通りに進め、後でそれを編集し、依頼者に送ることで報酬を得る手口だった。彼らは「証拠」を依頼者に示すため、撮影が必要だと考えていたのだ。
犯行の夜、彼らは暗闇に紛れて家に忍び込んだ。古びた家の扉は音を立てずに開いたが、家の中は彼らが予想していた以上に荒れ果てていた。家具や装飾は古く、埃が積もり、価値のあるものはほとんど見当たらない。若者たちは焦りを覚えながらも、カメラで自分たちの動きを記録しながら、金目のものを必死に探した。
「これじゃあ、たいした収穫はないな…」リーダー格の男が呟いた。彼らは計画的に、証拠を残さないように気をつけていた。犯行の全貌を記録したビデオは、後で依頼者に提出するが、それが終われば消去するつもりだった。すべてが完璧に進むはずだった。
老婦人は幸いにも、寝室に隠れており、無事だった。しかし、彼女の心には不安と恐怖が染み渡っていた。何もできず、ただ祈るようにして時が過ぎるのを待っていた。
強盗たちは目ぼしいものを見つけられないまま、しびれを切らして家を去った。しかし、家を出る間際、ひとりの若者がふと興味本位で、古びた箪笥の引き出しに手をかけた。それは、見た目に何の変哲もない箪笥だったが、実は「ハーモニカ箪笥」。昔の家々でよく見られた箪笥だが、彼女の箪笥は夫が手作りした特別なものだった。開閉するたびに、内部に仕込まれた小さなハーモニカがかすかに音を鳴らす仕掛けが施されていた。しかし、そのことに気づく者は、もう老婦人しかいなかった。
若者が不用意に引き出しを開けた瞬間、小さな音が家の中に響いた。その音はわずか数秒間で消え去り、若者たちには気にも留められなかった。彼らはそのまま家を後にし、夜の闇に紛れて消えた。
犯行から数日後、警察は老婦人の家に到着した。彼らは依頼者に渡すはずだった犯行ビデオが、若者たちの不注意でインターネット上に漏れたことを発見し、その映像を回収した。犯罪グループの一員がビデオをアップロードした際に使った匿名サービスが破られ、映像が流出したのだ。警察はその映像をもとに捜査を開始した。
警察が映像を分析している際、ひとりの刑事がビデオの中でわずかに聞こえる「音」に気づいた。それはただの雑音ではなく、何か機械的な音のように感じられた。彼は音の正体を調べるため、映像を何度も繰り返し再生した。
「これが何か重要な手がかりになるかもしれない」と刑事は直感的に思い、現場に戻り、家中を調査した。老婦人に詳細を聞くと、彼女はようやく「ハーモニカ箪笥」の存在を思い出した。
ハーモニカ箪笥は引くとハーモニカの音が鳴る仕様になっている。
昭和の家庭で利用されていた。
「その箪笥は、亡くなった主人が作ったもので、引き出しを開けるとハーモニカの音が鳴るんです。でも、長年使っていなかったから、私もすっかり忘れていました」と老婦人は語った。
警察はその箪笥が犯行時に若者によって触られたことを突き止め、音が犯人を追い詰める証拠となった。犯行ビデオに残された音が、犯人が箪笥に触れた瞬間のものであることが確認された。これにより、音が決定的な証拠となり、若者たちが箪笥に触れたことで音が鳴ったと断定できた。
その後、犯行グループの一員が逮捕され、犯行時のビデオに残された音が決定的な証拠となったことで、全員が次々と捕らえられていった。彼らは自らの軽率な行動が、思わぬ形で事件解決の鍵となるとは夢にも思わなかっただろう。
事件が解決し、老婦人は再び静かな日常へと戻っていった。しかし、その日常はどこか新たな意味を帯びていた。彼女は、夫の残した「ハーモニカ箪笥」に改めて手をかけ、その音を聴いた。微かに鳴り響く音色は、どこか懐かしく、そして切ないものだった。それはまるで、亡き夫が彼女を今でも守っているかのように感じられた。
「ありがとう」と、老婦人は心の中でそっと呟いた。
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